パナマに快勝も、コロナ禍で顕在化したマッチメイクの難しさ。五輪決勝の地でなでしこが見つめ直したもの
【パナマに快勝】
なでしこジャパンは4月11日、東京・国立競技場にパナマ女子代表を迎え、7−0で快勝。ユアテックスタジアム仙台で8日に行われたパラグアイ戦に続き、テストマッチ2連戦を連勝で締めくくった。国立競技場は東京五輪の決勝の舞台でもあり、男女通じて、代表チームが試合をするのは初めて。本番に向けたイメージを高める上では最高の舞台となった。
ただし、対戦相手のパナマはFIFAランキング59位(日本は10位)で、W杯、五輪出場経験はない。メキシコ人のイグナシオ・キンタナ監督が今年から女子代表チームの指揮を執り、2023年のW杯出場を目指している。世界一になった経験を持つ日本との対戦を成長の好機と捉え、厳しい防疫措置の中での来日ではあったが、「私たちはどんな状況に置かれていても、日本と対戦するチャンスは絶対に逃したくありませんでした」と、1カ月前から選手の各チームでのコンディションを把握するなど、高いモチベーションで試合に臨んでいた。パナマの選手は過半数がスペインやアルゼンチン、コスタリカなどのリーグでプレーしており、長身の選手やスピードのある選手もいた。だが、パラグアイ戦同様、組織力や個々のスキルにおいては日本と力の差があった。
日本は8日のパラグアイ戦から5人を入れ替えた。GK山下杏也加、最終ラインは左からDF北村菜々美、DF高橋はな、DF宝田沙織、DF清水梨紗。ダブルボランチは主軸のMF中島依美と代表初先発のMF林穂之香が組み、左サイドには2日前にイタリアから合流したMF長谷川唯、右サイドには同じくアメリカでプレーするFW籾木結花が入り、イングランドでプレーするFW岩渕真奈とFW菅澤優衣香がパラグアイ戦に続き2トップを組んだ。
そして、この試合も早い時間帯のゴールが日本の優位を決定づける。前半8分、岩渕がディフェンダー2人の間をこじ開けてシュート。GKがブロックし、相手に当たったこぼれ球を菅澤が押し込んだ。16分には、清水が代表初ゴール。菅澤のパスにスライディングで食らいついた相手DFの勢いを利用して逆を取り、ペナルティエリア右から右足で豪快なシュートを突き刺した。
その後も攻撃の手を緩めず、前線が流動的に動いて相手を振り回す。32分には岩渕のクロスに菅澤が飛び込み、GKがこぼしたボールに反応した長谷川が左足で鮮やかなループシュート。「コースが上しか空いていないなと思ったので、ゴールにパスをするような感覚で打ちました」と、真骨頂とも言える技ありのゴールでリードを広げた。
42分には、その長谷川が相手3人を引きつけてパス。岩渕がワンタッチで前に送ると、菅澤が飛び出してきたGKとDFのタックルをかわして押し込む。さらに、その3分後には、長谷川が再び3人をかわしてペナルティエリア左に走った岩渕にスルーパス。岩渕のシュートは右ポストにはじかれたが、右から走り込んでいた籾木が押し込み、5-0で前半を折り返した。
後半に入り、56分、再び長谷川のドリブルから、左のスペースに走った岩渕がフリーでボールを受け、ピンポイントクロスを中央で菅澤が頭で決めてハットトリックを達成した。その後、高倉麻子監督は前線の3枚を替えて、MF杉田妃和、DF宮川麻都、MF木下桃香の3選手を投入。直後の61分には、杉田が代表初ゴールを記録する。ペナルティエリア手前からのミドルシュートが決まり、7-0。
さらに得点を重ねたい日本は、残り20分でDF三宅史織、FW田中美南、FW浜田遥と交代選手を次々送り出す。しかし、点差が開いた状況でパナマも反撃の余力を残しておらず、ゴール前を固める相手に追加点を奪えず。このまま7-0で試合は終了した。
【五輪に向けて加速する各国の強化】
試合後に高倉監督や選手がまず口にしたのは、コロナ禍で試合ができることや、厳しい制限の中で来日したパラグアイとパナマへの感謝の想いだった。
一方で、相手の守備の圧力や攻撃の迫力など、五輪で対戦する強豪国を想定した内容をイメージするのは難しかった。中2日で次の試合に備える感覚も、本番は炎天下が予想される7月で、対戦相手が違えば疲労度も変わるだろう。高倉監督は、「五輪のメダルを懸けて戦うことを考えると、もう少しFIFAランクが上のチームとも試合をしていかなければいけないので、お願いをして交渉していますが、こういった状況で、ヨーロッパのチームが日本に来るとか、私たちが行くのは本当に厳しいものがあります」と、コロナ禍でマッチメイクがままならない状況を吐露した。国によってコロナ対策が功を奏して対外試合を積極的に組んでいる国もあるが、日本の対策は政治的な兼ね合いもあって遅れをとっている。そのためにマッチメイクが難しくなっている現実がある。
敗れたパラグアイのキャプテン、FWグロリア・ビジャマジョルは試合後、「いつの日か日本のようなチームになれればと思います」と、意志的な眼差しで語り、パナマのキンタナ監督は、「選手たち自身に、ピッチ上で判断する力を持ち続けてもらいたい」と、チームが直面した課題を口にした。そして、両国が今回の来日で得た、格上相手に浮かび上がる課題こそ、今の日本が求めているものだ。
日本のFIFAランキング(10位)は世界的に見れば上位だが、五輪の出場国12カ国の中では8番目だ。その中で優勝を目指している。高倉監督は2016年の就任以来、海外遠征を積極的に組み、強豪国の胸を借りてきた。欧米は4-3-3のフォーメーションを採用するチームが多く、4-4-2の日本とのミスマッチをうまく利用して、立ち上がりの15分で猛攻を仕掛けてくる。少ないチャンスを生かす決定力のあるFWも多い。日本は、そうした相手の強烈なプレッシャーの中でもパスワークが乱れないようにすることや、カウンター攻撃に晒されないための連動した守備やフィジカル面のパワーアップにも磨きをかけてきた。コロナ禍では男子選手の力を借りてシミュレーションし、今回の2連戦の前に鹿児島で行われた2週間の合宿では守備面で成長の手応えを掴んでいた。その成果が強豪国にどれだけ通用するのかを、五輪の前に確認しておきたい。
この国際Aマッチデー期間は、日本以外の五輪出場国も強化試合をこなしている。結果は、オランダ(4位)がスペイン(13位/五輪不出場)に0-1、イングランド(6位)がフランス(3位/五輪不出場)に1-3、オーストラリア(7位)はドイツ(2位/五輪不出場)に2-5で敗れた。そして、優勝候補のアメリカ(FIFAランキング1位)は、アウェーでスウェーデン(FIFAランキング5位)に1-1のドロー。試合はアメリカ優勢だったが、スウェーデンは粘り強く守り、素早い切り替えから精度の高いカウンターで先制。アメリカは国際舞台で7試合ぶりの失点を喫したが、終盤にFWメーガン・ラピノーのPKで同点に追いついた。脚ごと削り取るようなタックルやスライディングは、国内リーグとは激しさの質が違う。経験に裏打ちされた勝負強さと圧倒的な選手層の厚さを誇るアメリカ、個々の身体能力と組織力を融合させて鉄壁の守備を築くスウェーデン。五輪で優勝を目指す日本が戦うのは、そういう国だ。
【チーム作りはラストスパートへ】
それでも、与えられた環境で最善を尽くしたこの2連戦で得たものはたしかにあった。今回選ばれた25名は、五輪の18枠に必要とされる「複数ポジションができる」条件を満たした選手が多く、戦術理解度も高い。
中でもこの2試合では、菅澤、岩渕、籾木、長谷川、杉田ら前線に加え、ボランチの中島、両サイドバックのDF鮫島彩、清水ら主軸が、ピッチ全体で流動的にポジションを変えながら積極的に攻撃参加をしたことで、攻め方のバリエーションがより多彩になり、見応えが増した。その理由について、高倉監督は手応えを口にする。
「サイドバックの動き方についてはアプローチしましたし、同時にボランチやインサイドハーフがサイドに抜けて行くような、(そういう)動き方の仕組みは、選手と話をしながら進めてきました。その仕組みを理解して、行動に移せるインテリジェンスを持った選手が増えてきたと捉えています。これが強豪国相手になった時にどう作用するのかは楽しみですし、強いチームに対しても先手を取っていけるように作っていきたいなと思います」
菅澤が2014年のアジア競技大会以来となる代表でのハットトリックを決め、清水と杉田が代表初ゴールを記録したことも、チームに勢いを与える。パラグアイ戦に比べて、パナマ戦は、長谷川が入ったことで攻撃がさらにテンポアップした。
長谷川は今年2月からセリエAのACミランに移籍し、デビュー戦で2ゴールを決めるなど、レギュラーとして活躍している。試合前のオンラインインタビューで、「久しぶりの日本人選手とのプレーはしっくりくるものがありましたし、技術が高い選手や、昔からプレーしてきた選手とやれる楽しさを改めて感じました。イタリアでは、スピードの部分では置いていかれることがそこまで多くないのですが、フィジカルの強い選手が多く、当たりの強さがあります。試合では技術だけでなく強さも見せていきたいです」と話していた長谷川は、体格で上回るパナマの選手たちのアプローチを時に軽やかに、時に力強いドリブルでかわしてチャンスを作った。そうした技術とパワーの融合は、チームとして目指すところでもある。
守備での見せ場はパラグアイ戦同様、今回もほとんどなかった。その中でも、初めてセンターバックを組んだ高橋と宝田の21歳コンビは試合中に周囲とコミュニケーションを取りながら、落ち着いたプレーを見せた。代表初先発の高橋は、高さ、強さ、速さを三拍子で兼ね備え、FWでもプレーできる。センターバックとしてデビューした宝田は、2試合フル出場で、キック力とビルドアップ能力の高さを示した。一発のサイドチェンジや相手の裏を取るロングボールは、チームの戦い方に幅をもたらす。今回、センターバックは大黒柱のDF熊谷紗希がチーム状況で招集できなかったが、レギュラー候補のDF南萌華や、W杯メンバーのDF三宅史織とともに、最終ラインの競争力は増している。
また、パラグアイ戦では右サイドハーフで代表デビューを果たしたDF北村菜々美は、この試合は本職の左サイドバックで出場し、卒なくプレー。サイドバックはレギュラーのDF鮫島彩とDF清水梨紗のほか、宮川やDF遠藤純(今回はケガのため招集外となった)らが有力候補だが、北村も可能性を感じさせる。
ボランチは中島とMF三浦成美と杉田が不動の存在だが、林も候補に加わる。球際に強く、予測を生かしたボール奪取や90分間、ハードワークできる運動量があり、ケガが少ない。
林は2月からスウェーデンのAIKフットボールでプレーしており、「スウェーデンでは少ないタッチでチェンジサイドすることを求められたり、長いボールでの展開も求められているので、そこをもっとできるようにして、代表でも発揮していきたいです」と、海外勢相手にプレーの幅を広げている。中島や杉田はサイドハーフでもプレーするため、中盤に計算できる選手が加われば、交代のオプションは増える。
年下の選手たちが伸び伸びプレーできるのは、それぞれの能力の高さもあるが、経験のある選手たちが中心となってオープンな雰囲気を作り、新しい選手や若い選手たちが自由に発言できる雰囲気を作っていることが大きいだろう。ただし、新しい選手たちが国際舞台でどれだけ力を発揮できるかという点では、守備の時間が多くなる強豪国との対戦でなければ、正確には見極められない部分もある。
懸念されるのは、交代で入る前線の選手たちの組み合わせだろう。東京五輪の交代枠は、コロナ禍での特例が適用され、「5」になることが濃厚だ。真夏の日本の気温の高さが有利に働くと言われるが、他国も交代枠をフルに使って最後までギアを落とさず、結果的に選手層の厚みが明暗を分ける可能性がある。
パナマ戦の後半、勝敗がほぼ決した中で相手がゴール前を固めていたため、途中出場の選手にとって限られた時間でのアピールは図らずも難易度が高いものとなった。田中は慣れない右サイドハーフで途中出場したが、「試合が落ち着いてくる時間帯だったので、ゴールを目指してどんどん仕掛けることを意識しました」と、貪欲な姿勢を見せたが、パラグアイ戦に続くゴールはならず、悔しそうな表情を見せた。
トップで出場した浜田も得点はなし。だが、2試合を通じて得たものもあったようだ。「(守備で)ボールを追いかけ回したり、背後への抜け出しでチームに勢いをもたらすことが自分にできることだと思います。最後まで諦めずにボールを追う姿勢や泥臭さは、負けたくないと思っています」と、激戦区である前線で生き残りにかける強い意志を口にした。
高倉監督は、「代表なので、その時に力のある選手を呼ぶスタンスは変わらないですし、伸びしろを考えた上で、可能性のある選手を呼び続けてきました」と、5年間のチーム作りを振り返っている。また、18名への絞り込みについて、「青写真は少しずつ出来上がってきています」と明かした。
これまで60名近い候補を招集し、選手の見極めにも時間をかけてきた中で、チームとしての成熟度を高めるのには時間がかかった。その一方、誰が入ってもある程度日本のサッカーを表現できる土台は整った。ここからはメンバーを絞ってよりチームの輪郭をはっきりさせ、限られた時間で一気に完成度を高めていくことが必要になる。本大会までに残されたテストマッチは、6/10(エディオンスタジアム広島)、6/13(カンセキスタジアムとちぎ)、7/14(サンガスタジアムby KYOCERA)の3試合だ。
コロナ禍で五輪開催も不透明さが残るが、出場するからには、開催国として恥ずかしい試合をするわけにはいかない。2019年のW杯の悔しさを晴らすためにも、残り3カ月間が勝負となる。
選手たちは13日の午後に解散し、各チームに戻った。4月24日から始まるWEリーグのプレシーズンマッチで、好アピールを見せるのは誰か。3カ月後の五輪に向けて、サバイバルは続く。