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WBCと東京五輪、記録映画で大きく分かれた明暗

武井保之ライター, 編集者
筆者作成

 2023年の上半期映画興行で注目される邦画の好調ぶり。邦画と洋画それぞれのTOP5作品の最終興収見込みを累計すると、邦画419.1億円、洋画273億円。昨年の年間興収では邦洋比率が「7:3」ほどであったが、上半期の興収上位作で見ると、今年も大ヒット本数、ヒット規模ともに邦画が洋画を大きく上回っているのがわかる。

 そんななか、邦画実写の20億円台ヒットが増えているのが今年上半期の特徴になる。なかでも興味深いのが、TOP5圏外ではあるが『憧れを超えた侍たち 世界一への記録』の17億円に迫るヒット。栗山英樹監督が率いる野球日本代表チーム・侍ジャパンが、ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)で優勝するまでの軌跡を辿ったドキュメンタリーだ。

 その数字を見て思い起こすのが、2021年開催の東京2020オリンピックの公式映画として製作され、昨年公開されたドキュメンタリー2部作『東京2020オリンピック SIDE:A』と『〜 SIDE:B』。こちらは2部作あわせて数億円ほど(推定)という対照的な結果に終わっている。

 同じスポーツ国際大会の記録映画でここまで興収の差が生じた背景には何があるのか考えてみたい。

開催前の空気も大会そのものも対照的だった

 WBCは、大会そのものが日本チームを主人公にした筋書きがあったかのようなドラマチックで劇的な展開になった。連日の日本選手たちの奮闘が生み出す好プレー、チームの団結があり、日替わりでヒーローが生まれながら、連勝街道をひた走る。大逆転劇を見せたセミファイナルに熱狂し、大谷翔平選手がマイク・トラウト選手から三振を奪って優勝を決めた瞬間には日本中が歓喜した。

 そんなWBCの余韻に誰もが浸り、あの感動が心のなかに入り込んでいたなか、記録映画は追体験ニーズをすくい上げた。もともとヒットする要素が揃っていたうえ、大谷翔平選手ファンの女性層などふだん映画館にあまり行かないような人たちを多く動かしたことで、近年のハリウッド大作なみのヒット規模になった。

 一方、東京オリンピックはというと、そもそも大会自体が日本人にわだかまりを抱かせていた。開催前からのエンブレム騒動、関係者の問題発言、ハラスメントなどいろいろな問題が噴出していただけでなく、コロナで2020年から延期になり、翌年も終息しないなか中止を求める声もあふれた。そんなモヤモヤした空気のなか無観客で開催されたものの、そこにはいつものオリンピックの高揚感はなかった。

 本来は国民的イベントであるはずのオリンピックへの意識が国民の間で分かれ、一体となって盛り上がる機運が失われていた。そして、開幕してからも大会を象徴するようなヒーローがいなかった。

 また、開催前から大会期間を通したメディアの取り上げ方も、宮崎キャンプから世間の期待値を高めていたWBCとは対照的だったこともある。そうした結果、心に残る要素が少なかったから、あっという間に忘れさられてしまう。そこがもうひとつの東京オリンピックとWBCの大きな違いだ。

1964年東京オリンピックと今回のWBCの共通点

 東京オリンピックは、誰がどう撮っても難しい記録映画であったのは間違いない。また、河瀬直美監督のメッセージ性の強い作風も、国民的イベントであるオリンピックに一般層が求めるものとの反作用があったかもしれない。

 映画ジャーナリストの大高宏雄氏は、市川崑監督の1964年東京オリンピックの公式記録映画『東京オリンピック』と今回のWBCの『憧れを超えた侍たち 世界一への記録』を比較する。

「市川崑監督の記録映画は、高度経済成長のなかで日本人の気持ちを大いに盛り上げてくれた東京オリンピックが土台にある。その高揚感がほぼ同等に追体験できる作品だったから、ものすごい数の観客が見に行って国民的映画になった。それは、スポーツのもつ高揚感とともに、日本人意識を強烈に鼓舞する意味合いも強かった。今回のWBCにもそれに似た感じがあり、記録映画はそのエッセンスを非常にうまく取り入れていた」

 東京2020オリンピックはコロナというパンデミック下の特殊な大会であった。WBCとの記録映画の明暗の根底にそこが大きく影響しているのは確かだが、一方で“日本人としての気持ちの鼓舞”というポイントで両作は異なる。

 そこにつながるのは競技の勝ち負けや、選手たちのプレイであったり、シンプルなわかりやすさが求められる部分は大きい。もちろんいろいろなスタイルの記録映画があるべきだろう。ただ、2作の明暗からはそんなことを考えさせられた。

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映画興行を分析する大高宏雄氏Twitter

ライター, 編集者

音楽ビジネス週刊誌、芸能ニュースWEBメディア、米映画専門紙日本版WEBメディア、通信ネットワーク専門誌などの編集者を経てフリーランスの編集者、ライターとして活動中。映画、テレビ、音楽、お笑い、エンタメビジネスを中心にエンタテインメントシーンのトレンドを取材、分析、執筆する。takeiy@ymail.ne.jp

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