世良公則の歌にしびれた 「カムカムエヴリバディ」それぞれの「日なたの道」はどこに
安子(上白石萌音)が英会話を、定一(世良公則)が歌を、それぞれが堂々と披露してすてきなクリスマスが描かれた“朝ドラ”こと連続テレビ小説『カムカムエヴリバディ』(NHK)。夫・稔を戦争で亡くしたとはいえ、彼が与えてくれた英語を支えに生きる安子の自立を着々と描く第6週。演出担当の二見大輔さんと制作統括の堀之内礼二郎さんに裏話を伺いました。
――第6週は、第27回の勇の野球に仕事を例えるところ、第29回で安子が英会話を実践するところ、第30回で定一が『オン・ザ・サニーサイド・オブ・ザ・ストリート』を歌うところと、戦後うちひしがれていた人たちがそれでも自分の好きなものによってアイデンティティを取り戻そうとしていることを感じて心打たれました。演出的にはどう考えていましたか。
二見大輔(以下 二見) まさにそういう狙いがありました。第6週は登場人物のそれぞれの「日なたの道とは何か」がテーマと思って撮りました。基本的には安子にフォーカスしていますが、周りの人たちも悶々としながら生きています。戦争が終わっても物資が少ないし、アメリカに占領されているといったら語弊がありますが、そんなふうに感じていた人もいるであろう時代に、みんなが自分の幸せを模索する。それが『カムカム〜』では「日なたの道」です。安子をはじめとして勇も定一も日なたの道を模索していく週でした。
――それにしても英語を話す時間が長かったですね(笑)。英語がわからないという声が出ないか気にならなかったですか。
堀之内礼二郎(以下 堀之内) “朝ドラ”を耳で聞いて楽しんでくださるかたも多いので、少し心配ではありましたが、安子がこれまで積み上げてきたものをしっかり出す場面を描いた藤本有紀さんの脚本をリスペクトしてやってみようと思いました。そもそも、『カムカム〜』は英語をテーマにしたドラマですから、英語のシーンを堂々とやろうと。また、日本人は洋画の字幕版に親しんでいますから大丈夫であろうと覚悟を決めました。
二見 撮影では、上白石萌音さんの英語が堪能だったので、逆にどうレベルを落としていくかに苦心しました。英語指導の先生とも相談して、毎日毎日ラジオ英語講座を聞きながら必死の思いで勉強したらどこまでたどり着けるか、ということを検討した上で、上白石さんと相談して安子の英語表現を作っていきました。毎日15分、ラジオ講座を聞けばこうなるかもしれないよという希望も感じていただければと思います。
堀之内 海外旅行などで経験ある方もいらっしゃると思いますが、本当にしゃべらないといけないときには、なんとか思いを伝えようと自分の普段以上の力が出てしまうようなことってありますよね。そういうことでもあるのかなと(笑)
二見 たとえ、意味がわからなくても、安子やロバートの感情が言葉以上に伝わった気がしています。英語が堪能な上白石さんは、英語でも言葉に気持ちを載せることができるので、それは本当にすごいと思います。
――上白石さんを起用したとき、英語能力も加味されたのでしょうか。
堀之内 安子役の候補を考えたときは英語がマストではありませんでした。下手なかたでも下手なりでいいと考えていました。でも、第28回の英語のシーンは圧巻で、英語が堪能な上白石さんでよかったと思いました。
――世良公則さんは歌えることが前提での起用ですか。
堀之内 定一は歌う場面があることがわかっていたので、歌えることを前提にしました。『オン・ザ・サニーサイド・オブ・ザ・ストリート』を最も気持ちよく歌える方は誰だろうとチームで検討し、世良さんのお名前があがりました。
二見 歌のある場面は、あらかじめ音だけ録って当て振りするやり方もありますが、今回は世良さんの熱量をワンテイク目で撮りたかったので、事前にご本人に相談し、本番でライブのように歌っていただき、安子が定一の歌の熱量をどう感じるか、そこに勝負を賭けました。上白石さんは本番前のドライリハーサルからすでに泣いていて。僕もドライで泣くというはじめての経験をしました。
――レコードで聞く『オン・ザ・サニーサイド〜』とはまた雰囲気が違っていますがあのアレンジはどういうふうに作ったのでしょうか。
二見 『オン・ザ・サニーサイド〜』を進駐軍のライブハウスで歌うので、進駐軍パーティーのライブ仕様に金子隆博さんに編曲してもらいました。曲のグルーブ感によって芝居の音頭やリズムも変わるので前奏や間奏の長さも変えています。それを世良さんに事前にお渡しして、微調整しました。
――定一はジャズ喫茶を経営するくらい音楽好きだと思いますが、あんなに歌がうまくて、過去、何かやっていたという裏設定があったりするのでしょうか。
二見 (笑) それはないと思います。世良さんが「オン・ザ・サニーサイド〜」を歌ったことで物語が非常に豊かになりました。
――第5週では安子の望んだ稔とるいの姿を、第4週では金太が亡くなる時、回想かと思わせて幻の家族団らんを描いています。朝ドラは、よく幽霊が出てきてそれも良いのですが、『カムカム』では単なる回想ではないあり得たかもしれない場面がいくつも出てくることがステキだなと思います。
堀之内 そこが藤本節といいましょうか、技とか味だと思います。『ちりとてちん』でもヒロインの妄想シーンや落語を映像化したシーンなどがあり、夢や妄想や物語の世界を出すことで飽きさせない藤本さん流の手法だと思います。一方で、リアリズムを大事にしていて、幽霊ではなくあくまでもリアリズムの世界で、また違う世界を見せたいというか、リアリズムもファンタジーもあるエンタメとしての見せ方を大事にしているのではないかと思います。第6週では、稔が「メリークリスマス」と安子に語りかける場面を新規で撮影しました。そこで安子の戦後が終わった。稔が亡くなったことにある種のけりをつけたと解釈しています。
二見 第30回で『サイレントナイト』に合わせての回想シーンは編集段階で入れました。戦争が終わっても彼女のなかでは終わらせることのできなかった稔さんや家族への想いを成仏させていく―、という意味になっています。
●取材を終えて
安子にとっての英語、勇にとっての野球、定一にとっての音楽……のように人には元気をくれたり慰めてくれたり生きる支えになる大切なものがある。妄想というか空想というか頭のなかで想像する、こんなことがあったらいいなあという夢の世界を思い浮かべることーーすなわち物語も、英語や野球や音楽と同じで生きるために大事なものである。そんなことを『カムカムエヴリバディ』を見ていると感じるのだ。『カムカム〜』の登場人物がみんな、日なたの道を歩いていけるといいなと願いながら見ている。
連続テレビ小説『カムカムエヴリバディ』
毎週月曜~土曜 NHK総合 午前8時~(土曜は一週間の振り返り)
制作統括:堀之内礼二郎 櫻井賢
作:藤本有紀
プロデューサー:葛西勇也 橋本果奈 齋藤明日香
演出:安達もじり 橋爪紳一朗 深川貴志 松岡一史
音楽:金子隆博
主演:上白石萌音 深津絵里 川栄李奈
語り:城田優
主題歌:AI「アルデバラン」