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テレ東「ヤバい飯」Pのヤバい話

長谷川朋子テレビ業界ジャーナリスト
『ハイパーハードボイルドグルメリポート』場面写真。「ネットもテレ東」で配信中。

誰でも映像が撮れ、発信できる時代に、テレビ屋にとってモノを作るベースとはいったい何なのか、、、。日頃からテレビのプロデューサーやディレクターの話を聞く機会はあるけれど、そんな話もじっくりと聞いてみたい。シリーズ第2回目はテレビ東京上出遼平(カミデ・リョウヘイ)氏。「テレ東にヤバい番組を作る平成生まれのプロデューサーがいる」と聞きつけ、お会いしたら、やっぱり話もヤバかった。

初プロデュース番組がいきなりギャラクシー賞受賞

ギャラクシー賞月間賞を受賞した『ハイパーハードボイルドグルメリポート』のプロデューサー上出氏に話を伺った。(筆者撮影)
ギャラクシー賞月間賞を受賞した『ハイパーハードボイルドグルメリポート』のプロデューサー上出氏に話を伺った。(筆者撮影)

テレビ東京入社7年目になる上出氏が番組プロデューサーとして初めて企画した番組が「ハイパーハードボイルドグルメリポート」だった。10月3日、10日の深夜枠で2回だけの放送だったが、キャッチコピーの「ヤバい人たちのヤバい飯を通じて、ヤバい世界のリアルを見る番組」という、そのままの内容が映し出されると、ネット上でバズった。

テレビ番組に与えられる賞として知名度の高い、ギャラクシー賞の10月度月間賞にも選ばれるという評価も受けた。「めちゃ×2イケてるッ!ダンシングヒーローでゴイゴイスーペシャル」(フジテレビ)などと並んでの受賞だ。 

上出氏を紹介してくれたのは前回登場した“社内フリー的ふたり”のおひとり、同じテレビ東京の梅崎氏だった。フランス・カンヌの番組見本市MIPCOMで梅崎氏がイギリス、フランスなど欧州のバイヤーたちに番組を見せたところ、上々の反応を得たという。世界市場でトレンドの「バラエティー寄りのドキュメンタリー=ファクチュアル」のニーズにハマる番組という見方だ。私も実際にそのうちのバイヤーに会い、番組演出に対する評価を耳にした。

初プロデュース番組がいきなりネット上でバズり、ギャラクシー賞まで受賞、世界の目利きたちからも興味を示される平成生まれのプロデューサー。今、何を考えているのかアタマの中を覗きたい。ということで、会いにいった。

社内で反対されてもヤバい飯

「ハイパーハードボイルドグルメリポート」で登場した「ヤバい飯」は西アフリカ・リベリア共和国で元人食い少年兵の晩御飯、台湾マフィアの贅沢中華、アメリカ極悪ギャングの家族飯。企画段階で反対されなかったのか?まずは気になったこの質問から答えてもらった。

アメリカ極悪ギャングのヤバい飯。(番組「ハイパーハードボイルドグルメリポート」のワンシーン)
アメリカ極悪ギャングのヤバい飯。(番組「ハイパーハードボイルドグルメリポート」のワンシーン)

普通、止めますよね。こんな企画が通るなんて、テレ東もヤバいです(笑)。安全管理に関して、“どうして大丈夫だと言い切れるんだ”と何度も聞かれました。そのたびに口八丁手八丁で答えていました。でも、海外のヤバい場所でロケをしてきた経験が人よりはあった。入社1年目から「ありえへん∞世界」や「世界ナゼそこに?日本人」などを担当して、海外ロケが多かったんです。これまで行った国の数は30ヵ国ぐらいだと思います。そのほとんどが、普通の旅行者が行かないような変なところやヤバい国ばかり。一度ロケに行くと、現地で2週間は滞在します。夜明け前から深夜まで、国の恥部のその先まで探る気持ちで駆けずり回る。そうすると、その国の空気感みたいなものがわかってきます。リベリアは以前にも一度行ったことがあり、現地ガイドと関係を築いていたから今回の取材も成立したのだと思います。

それでも、プロデューサーを担当したのは今回が初。他局にはないユニーク企画が多いのはテレビ東京の伝統芸でもあるが、どのような経緯で企画が通ったのか?

企画を選んでくれたのは制作局の二人の先輩でした。『YOUは何しに日本へ?』の村上徹夫プロデューサーと『家、ついて行ってイイですか?』の高橋弘樹プロデューサーです。高橋さんの下でADをやり、いろいろ教えてもらってきました。叩き上げのドキュメンタリー体質がある先輩二人が推薦してくれたことが大きかったです。

なるほど。素人を追ったリアルドキュメンタリー的バラエティーの『YOUは何しに~』『家、ついて~」』の系譜を受け継ぐ番組とも言える。でもこれって深夜枠。限られた予算のなかで、海外ロケをどのように成立させたのか。

通常、海外ロケにはカメラマン、コーディネーター、通訳も必要になり、その分、予算がかさむ。でも今回、自分がロケに行ったリベリアは自分と現地人ガイドだけの最小限のクルーで敢行。右手にハンディカム、左手にGoPro、首に一眼レフのカメラ3台で撮影しました。僕の左手が担当したGoProは、GoPro社さんに直談判しに行ったら、機材提供して頂きました。他2台は自前で用意したもの。それから、通訳もいらなかった。小学生の時に、NHKのラジオの基礎英語を聞いて覚えたので、レベルは低めですが(笑)、母さんがラジカセで録音してくれたテープを繰り返し聞いて英語を覚えました。エリック・クラプトンの曲を何度も歌って楽しんで。それがなかったら、今回の企画が成立しなかったかも。母さんに感謝です。墓場で元少女兵の娼婦に出会った時、「prostitute=娼婦」という単語を知っていて良かったって思いましたよ。いつどこで覚えたのか自分でもわかりませんが。そんなことで、リベリアは予算を最小限に抑え、アメリカは通訳も入れながら他の超優秀なディレクターにお願いし、台湾も含めた3か国の取材を成立させました。ロケだけじゃなく、編集の段でも音楽をなくしたり、CGをなくしたり、ナレーションをなくしたり。テロップの出し方ひとつとっても、普通はいろんな動きとか特殊な効果をつけて出されるものなんですが、今回はそういうのも一つもない。予算がないから工夫した結果、新しい番組がでてくる。いわゆるテレ東あるあるです。

演出もヤバいが、「ナスD」を目指しているわけじゃない

グルメ番組であって、グルメ番組に終わらないリアルにこだわった演出が散りばめられている。上出氏を紹介してくれた時、ドキュメンタリーを撮り続けている梅崎氏は「リベリアで墓場の撮影を交渉する場面は通常カットするところ。一端、カメラを切って、再スタートという演出がテレビにはよくありますが、そこを敢えて端折らないあたりにもこだわりを感じますよ」と解説してくれた。

娼婦ラフテーの飯は安いのか、安くないのか。(番組「ハイパーハードボイルドグルメリポート」のワンシーン)
娼婦ラフテーの飯は安いのか、安くないのか。(番組「ハイパーハードボイルドグルメリポート」のワンシーン)

テレビの編集は基本、落とす作業とも言えます。捨てていく作業の方が多いんです。語弊を恐れず言えば、作り手が描いた筋書きに沿わないものを捨てていくのが通常のテレビのやり方です。素材をこねくり回し、面白く見せる。この“こねくり回す作業”が編集における演出と呼ばれるのだと思います。違ったらすいません。でも、それだとリアルじゃない。現実はわかりづらいものじゃないですか。そんな部分こそが面白いのに。だから、普通はそぎ落とす部分を今回は片っ端から使った。

ある意味、わかりやすく作られた番組と比べると、視聴者を突き放した印象さえもある。テロップのシーンの音は無機質な印象を与える「カホン」という南米のリズム楽器を使い、シンプルな演出。この辺りの意図は?

強いて言うなら、今回は頭じゃなくて体で番組を作ったような感覚です。ロケで撮ったものをそのまま流して、無解釈、無演出を意識して作った。音楽もつけていないのはそんな理由からです。“ここは感動するところ”だとか“驚くところですよ”という誘導をしたくなかったんです。例えば、番組で登場した娼婦のラフテーが体を売って200円を得た後、食べる飯は150円というシーン。結果的に、ここに「体が安いのか」それとも「飯が高いのか」といった、議論の余地が残った。ネット上で話題にしてもらえたのは、「語りたくなる」コンテンツだったからかもしれません。「面白かったね」だけで終わらない、「これはどういうことだったのか」と思わせることをひとつぐらい残すと、「語りたくなる」のかと。

話題の「ナスD」こと友寄ディレクターのような、自ら出演し、顔を売るディレクターも多い。危険な場所に行くという共通点はあるかもしれないが、スタイルは違う。

友寄さんはスゴいと思っています。一発目の「陸海空〜」を見た時、ヤラレタと思いました。なんてことを言うのも憚られる大先輩ですが…。「こんな企画を通すテレ朝」に強く嫉妬しました。ただ、今回の僕の番組では、基本的には僕が写り込む必要がないと思ったのでスタッフがあまり出てこない作りになっています。主役は僕じゃないから。そして視聴者が現地を歩いているような感覚になって欲しかったというのが大きな理由です。

次の企画は「ヤバくない場所のヤバい飯」?

話を聞いていると、今のテレビに対する反骨精神を感じる節もある。平成元年生まれの上出氏はユーチューバーでもなく、既存のテレビ屋でもない、どのような番組作りを目指しているのか?

台湾マフィアの贅沢中華。(番組『ハイパーハードボイルドグルメリポート』のワンシーン)
台湾マフィアの贅沢中華。(番組『ハイパーハードボイルドグルメリポート』のワンシーン)

平成世代はテレビのウソなんて手にとるようにわかる。なのに、テレビは未だに小さな嘘をたくさんついているようにみえます。そんな状況で「テレビ離れ」を嘆いていることが滑稽にもみえる。そりゃ離れるよと。YouTubeの方がずっとリアルだから。じゃあ、どんな番組だったらみてくれるのか。なんとなくイチゴに例えてみると、そこら辺のスーパーで買った100円のイチゴをいろいろな材料や調理法を駆使して美味しいデザートにして、1000円で提供しているのが今のテレビの大部分。でもこれだと、元のイチゴの素材が大したことないと見透かされる。そうじゃなくて、労力の全てを費やして、あらゆるリスクを負って、世界で最高のイチゴを採りにいって、その最高のイチゴを、席に座っているお客さんの口に放り投げる。イチゴに999円、調理に0円、放り投げる労力に1円で作れる。今回の僕のやり方はこれです。今の時代、受け手はこれを求めているんじゃないかと思う。多少粗くても、新鮮で強烈な素材の味を求めているはず。

では、次の企画もヤバい人のヤバい飯?

次の企画はヤバくない場所のヤバい飯かもしれない。というか、“ヤバい”は決して“危険”と同義ではないんです。僕がやりたいのは、コペ転(コペルニクス的転回)のような、思い込みをひっくり返される瞬間がある番組。これってめちゃくちゃ気持ちいいんです。東海テレビのドキュメンタリー『ヤクザと憲法』を見た時に、「自分の思い込みがくるんとひっくり返る」感覚を確かに覚えたことが衝撃的で。「悪」だと思っていたものが必ずしも「真っ黒ではないかもしれない」という発見でした。森達也監督の『A』シリーズにもそれはあったし、ハイネマン監督の『カルテル・ランド』にも近いものがあった。これをテレビでやりたかった。そして、この番組を作った動機の根底には、世の中にはびこる善悪二元論にほとほと嫌気がさしていたこともありました。その片棒をテレビが担いでいることにも気が付いていました。「悪」と決めたら徹底的に叩く世の中の在り方。でも全ての事物は、じんわり溶け合って、淡いグラデーションになっている。そのグラデーションの部分に焦点を当てる番組をテレビはやるべきだと思っていて。そんなことを生きること、死ぬことに繋がる「飯」を食う瞬間に見せていきたい…。もっともらしいことをつらつらと話しましたけど、本当はあれこれあまり考えずにテレビ作りしているんです。

気づくとインタビューは2時間近くにも及んでいた。時代に敏感な平成生まれのテレビ屋にとって、番組づくりのベースには理屈がある。そんなことがわかった。元人食いの少年兵、娼婦、台湾マフィア、極悪ギャングの「ヤバい飯」のシーンで“コペ転”をまだ確かめていない人は11月30日(木)までだが、「ネットもテレ東」で公式配信されている。

http://video.tv-tokyo.co.jp/hyperhard/

テレビ業界ジャーナリスト

1975年生まれ。放送ジャーナル社取締役。国内外のドラマ、バラエティー、ドキュメンタリー番組制作事情をテーマに、テレビビジネスの仕組みについて独自の視点で解説した執筆記事多数。得意分野は番組コンテンツの海外流通ビジネス。仏カンヌの番組見本市MIP取材を約10年続け、日本人ジャーナリストとしてはこの分野におけるオーソリティとして活動。業界で権威あるATP賞テレビグランプリの総務大臣賞審査員や、業界セミナー講師、行政支援プロジェクトのファシリテーターも務める。著書に「Netflix戦略と流儀」(中公新書ラクレ)、「放送コンテンツの海外展開―デジタル変革期におけるパラダイム」(共著、中央経済社)。

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