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フィンランドが変える「地獄のように古い」医療、新時代の血液検査とは?

鐙麻樹北欧・国際比較文化ジャーナリスト|ノルウェー国際報道協会理事
時間と手間がかかりすぎていた従来の血液検査(提供:イメージマート)

フィンランドの予防医療では、次世代リスク予測ツールはどのように現場で利用されているのだろうか?

「Terveystalo(テルヴェウスタロ)」はフィンランド最大の民間医療機関であり、フィンランドの労働年齢人口の30%をカバーしている。職員がリスク分析の知識を備えていることを徹底し、効果的な予防的統合医療に力を入れている。

Terveystaloは、2024年1月、すべての定期健康診断において、従来の検査室検査を「ナイチンゲール・ヘルス」(Nightingale Health)社の血液検査と疾病リスク予測に置き換えた。

それは何を意味し、社会や現場にどのような変化をもたらすのだろうか?

従来の血液検査は、手間と時間がかかりすぎた

筆者撮影
筆者撮影

「これまでのリスク評価法では、専門家が多くの時間を割いていました」と語るのはTerveystaloの労働衛生プロセス責任者であるイルセ・ラウハニエミさんだ。

1回の血液サンプルから生活習慣病リスクを算出する「ナイチンゲール・テスト」を取り入れたことで、現場の効率や関係者の満足度は大幅に上がった。

1回の血液サンプルで血液健康スコアをわかりやすく提供する。これは従来の血液検査の「当たり前」をくつがえす、世界的にみても画期的な新技術だ。

従来必要だった時間のかかる複数回のサンプリング、煩雑な測定、そして長いインタビューも、これからは不要になる。

ナイチンゲールの血液検査は何がすごいの?

  • 疾病リスクの算出に必要なのは、1回の血液サンプル、年齢、性別だけ
  • リソースを消費する臨床測定、複数の血液検査、面接は必要ない
  • リスク予測検査の改善により、医療従事者の時間をより適切に配分できる
  • クライアントと専門家は共に、わかりやすいフォーマットのリスク報告書を受け取り、その内容を簡単に理解することができる
  • 視覚的なリスク報告書によって、医療専門家と顧客との対話を容易にする
  • 健康と労働能力を促進するライフスタイルの変更を行うように、顧客のやる気を呼び起こしやすくなる
  • これから病気にかかるリスクと、クライアントの生物学的性別と年齢に基づく比較群とのリスクレベルを示す。そのため、恒久的なライフスタイルの変化を行う動機付けができる
  • 分析には心臓発作やアルコール性肝疾患など、主な生活習慣病のリスクが含まれている
  • 病気休業の主な原因である生活習慣病、メンタルヘルス、筋骨格系障害などの全体的なリスクを特定できるため、雇用主にとってのメリットも大きい
  • 生活習慣病のリスクに関するデータが増えれば、雇用主に対して、従業員がグループレベルでどのような状態にあるかを伝えることができる。生産性を向上させるために今後何をすべきかを共に評価することも可能になる
  • 市民の苦痛、労働障害、医療の必要性が減少するために、社会にとってのメリットも大きい
  • 限られた医療資源を、予防可能性の低い病気の治療に充てることができる

Terveystaloでは、検査結果が出ると、クライアントはまず看護師と結果について話し合う。高リスクのクライアントや、リスクが1つ以上上昇したクライアントは、必ず医師に紹介される。必要に応じて、理学療法士、心理学者、栄養士といった他の医療専門家にも相談することができる。

ナイチンゲールの血液検査の革命によって、効果的で予防的な統合ケアへと、フィンランドは大きな前進を果たしたというわけだ。

医療DXの祭典「ラディカル・ヘルス・フェスティバル・ヘルシンキ」では、ナイチンゲール社の創業者であるテーム・スナCEOをインタビューした。

医療制度はすでに負担が大きく、医師には時間がない

スナCEOは従来の血液検査がいかに「面倒」なものだったかを説明する 筆者撮影
スナCEOは従来の血液検査がいかに「面倒」なものだったかを説明する 筆者撮影

「今日の医療では、どこの医療機関に行っても、心血管系疾患のリスクを評価してくださいと言われます。そして、医師か看護師が血圧を測り、家族歴を尋ねます。親戚に心血管疾患を患った人がいるかどうか、肥満度を測り、体重計に乗せ、身長と体重を測り、血液を採取してコレステロールを測る」

「家族歴について話し始めると、さらに時間がかかります。つまり、リスクを発見するために、医療従事者が要する時間は15~30分ということになります。これが世界標準です」

「もし、フィンランドのような国で、健康な人全員に主治医の診察を受けるよう呼びかけたとしたら、どれほどの時間がかかるでしょう?そう、不可能なのです。医療制度はすでに負担が大きく、医師には時間がない」

「でも、市民の健康診断をしないということは、国として予防医療ができていないということです」

「ナイチンゲールの血液検査で必要なのは、血液、年齢、性別だけそれだけで病気のリスクを検出できます」

これまでの現場は『地獄のように古かった』

世界的に技術の発達で医療現場は常に「改善されていそう」だが、「プライマリ・ケアで使われている技術は70年代のもので、『地獄のように古い』」のだとスナCEOは説明した。

「この50年間、プライマリーケアに投資した人は誰もいなかった。誰もが専門医療に投資しているからです」

基本的なヘルスケアニーズの大半に対応する、初期診療や一時診療のような医療サービスは「プライマリ・ケア」と呼ばれる。つまり、ナイチンゲールの血液検査はこの「プライマリ・ケア」に革命を起こしていることになる。

フィンランド最大の民間医療機関Terveystaloが、同社の血液検査を採用したことで、フィンランド全土の労働者の30%が、すでにこの技術による日常的にスクリーニング(ふるいわけ、選別検査)を受けていることになる。全国的な予防医療の構築に、フィンランドは着手し始めた。

「これは医療を完全に変革する」

医療DXに祭典「ラディカル・ヘルス・フェスティバル・ヘルシンキ」の立ち上げ人のひとりでもあるアレッシ医学博士 筆者撮影
医療DXに祭典「ラディカル・ヘルス・フェスティバル・ヘルシンキ」の立ち上げ人のひとりでもあるアレッシ医学博士 筆者撮影

医療業界のオピニオンリーダーとして活躍するチャールズ・アレッシ医学博士は、フィンランド最大の民間医療でナイチンゲールの血液検査が導入されたことが、「どれだけすごいことか」を話してくれた。

「これは私の知る限り、推計なしに集団の健康状態を評価できる世界初の試みなのです。この血液検査が広がれば、1年間の集団における病気の有病率を知ることができます。そうすれば、これからの医療システムをどのように設計するかをおおよそ決めるのではなく、そこからすべての個人を治療するための医療システムを設計することができます」

「これは医療を完全に変革するものです。とても大きなことです!このようなことは今までどこにもありませんでした。つまり、技術が存在しなかったので、誰もやったことがなかったのです」

執筆後記

実は、同フェスを取材に来た世界各地からの医療記者たちをはじめとして、報道チームの私たちは、ナイチンゲールの名前を知らなかった。「とにかく、会ってほしい」とフェス主催者側にどうしてもと言われ、よくわからないままナイチンゲールのCEOの話を聞いているうちに、記者たちの目は驚きで丸くなり始めた。

「すごくない?」「こんなこと、できるの?」「ナイチンゲールの株を今から買ったほうがいいかも」と、話を聞いた後に記者たちは興奮を隠せずにいた。

「プライマリーケアに投資した人は誰もいなかった。誰もが専門医療に投資しているから」というスナCEOの言葉が筆者の中では心に残った。

現場の「当たり前」に誰も疑問を持たなかった、それを変えようとは思っても動く人は今までいなかった。ノキアの失敗の遺産や、国ぐるみでスタートアップを盛り上げようというエコシステムがこれほど育っていたからこそ、フィンランドからナイチンゲールは生まれたのではなかろうか。

「未来は医療従事者が不足している」ことを前提に、フィンランドはあせり、危機感を持ち、急いで現場の当たり前を変えようとしている。

北欧・国際比較文化ジャーナリスト|ノルウェー国際報道協会理事

あぶみあさき。オスロ在16年目。ノルウェー・フィンランド・デンマーク・スウェーデン・アイスランド情報発信。写真家。上智大学フランス語学科卒、オスロ大学大学院メディア学修士課程修了(副専攻:ジェンダー平等学)。2022年 同大学院サマースクール「北欧のジェンダー平等」修了。多言語学習者/ポリグロット(8か国語)。ノルウェー政府の産業推進機関イノベーション・ノルウェーより活動実績表彰。北欧のAI倫理とガバナンス動向。著書『北欧の幸せな社会のつくり方: 10代からの政治と選挙』『ハイヒールを履かない女たち: 北欧・ジェンダー平等先進国の現場から』SNS、note @asakikiki

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