国民審査で夫婦同姓合憲派の最高裁判事全員に「×」を付けるのが不可能なワケ
夫婦同姓に基づく現行法を合憲とした最高裁判所の決定を踏まえ、衆議院議員総選挙の際に実施される国民審査で合憲派の裁判官全員に「×」を付けようという動きも見られる。しかし、制度の欠陥から、これは不可能だ。
国民審査制度のポイント
最高裁の裁判官に対する国民審査は、司法に民意を直接反映させる貴重な手段として、憲法や関係する法令に基づいて行われている。ポイントを挙げると、次のようなものだ。
(1) 最高裁の裁判官は、任命後、初めて行われる衆議院議員総選挙の際に国民審査を受ける。
(2) それから10年経過後、初めて行われる衆議院議員総選挙の際に再審査を受ける。
(3) 定年は70歳だが、実務経験を経て60歳超で就任する慣例なので、定年まで10年を超えることはなく、現実には(2)の再審査はない。
(4) 辞めさせたいと思う裁判官がいれば、投票用紙に印刷された裁判官名の上部の空欄に「×」を書く。
(5) 辞めさせたくない裁判官に「○」を書いたり、よく分からないということで「?」や「△」などを書けば、その投票用紙全体が無効となる。
(6) 空欄の裁判官は「信任した」とみなされる。
(7) 「○」や「△」など余計な記載がない有効票のうち、「×」が50%超となった裁判官のみ辞めさせられる。
(8) 実際の不信任率は約6~8%、過去最高でも約15%にとどまり、国民審査制度が始まった1949年以降、誰ひとりとして辞めさせられた裁判官はいない。
(9) 投票所の受付で棄権すると伝えて国民審査用の投票用紙を受け取らないか、いったん受け取った投票用紙を投票箱に入れずに担当者に返せば、「棄権」も可能。
(10) 全裁判官に関して一括して棄権できるだけで、A裁判官は不信任、B裁判官は棄権といったやり方は不可能。
夫婦同姓に対する裁判官の立場は?
最高裁の決定書によると、今回の判断に関与した裁判官は次のとおりだ。「●」が夫婦同姓違憲派になる。
裁判長 大谷直人(元大阪高裁長官)
裁判官 池上政幸(元大阪高検検事長)
裁判官 小池 裕(元東京高裁長官)
裁判官 木澤克之(弁護士)
裁判官 菅野博之(元大阪高裁長官)
裁判官 山口 厚(刑法学者・弁護士)
裁判官 戸倉三郎(元東京高裁長官)
裁判官 宮崎裕子(弁護士)●
裁判官 深山卓也(元東京高裁長官)
裁判官 三浦 守(元大阪高検検事長)●
裁判官 草野耕一(弁護士)●
裁判官 宇賀克也(行政法学者)●
裁判官 林 道晴(元東京高裁長官)
裁判官 岡村和美(元消費者庁長官・元最高検検事)
裁判官 長嶺安政(元外交官)
抗告棄却という結論は15人の裁判官のうち12人の賛成によるものだった。ただし、このうちの1人である三浦裁判官は、夫婦同姓を違憲とする立場だ。
また、残り3人である宮崎、草野、宇賀裁判官は、夫婦同姓を違憲とし、別姓の婚姻届を受理すべきという立場だった。
国民審査の対象者は?
しかし、合憲派のうち、池上裁判官は2014年に、大谷裁判長、小池、木澤、菅野、山口、戸倉裁判官は2017年に国民審査を受け、既に信任されている。10年以内に定年で退官するから、再審査によって彼らに「×」を付けることは不可能だ。
一方、違憲派の宮崎裁判官は、7月8日に定年を迎える。衆議院議員の任期は10月21日までだし、今の段階で解散があっても選挙まで1ヶ月を要するから、結局はそれまでに退官してしまう。
過去にも、退官や死亡に至るまで衆院選がなく、一度も国民審査を受けないで終わった裁判官が2人いた。
そうすると、次の国民審査の対象者は、合憲派の深山、林、岡村、長嶺裁判官と、違憲派の三浦、草野、宇賀裁判官の7人になる。ただし、三浦裁判官は違憲派でも抗告棄却という多数意見に賛成の立場だから、草野、宇賀裁判官とはやや毛色が異なる。
また、合憲派による多数意見も、この種の制度の在り方は国会で論ぜられ、判断されるべき事柄だとしており、逆に夫婦別姓を違憲だと判断したわけではない。夫婦同姓を合憲とした2015年の最高裁判決と同様に、立法府である国会にボールを投げ返したものだ。
国民審査に向けて情報収集を
しかも、ある裁判官がある事件では関係者を失望させ、別の事件だと歓喜させるといったことも多々ある。
5月に限っても、例えば建設アスベスト賠償訴訟では、夫婦同姓合憲派の深山裁判官は国やメーカーの責任を認め、建設作業員らを救済する結論に賛成している。
また、飲食店で飲酒酩酊のため抗拒不能の状態にある女性と性交に及んだとして準強姦罪に問われ、一審で無罪となって「フラワーデモ」のきっかけとなった男の事件でも、深山裁判官は控訴審における逆転有罪を是とし、男の上告を棄却する結論に賛成した。
一方、徳島県知事が観客として演奏会の観覧に行った際、公用車を使用したことが違法ではないかと争われた裁判では、夫婦同姓違憲派の三浦、草野裁判官は合憲派の岡村裁判官とともに「公務に該当する」と判断し、違法ではないと結論づけている。
国民審査の前には、各裁判官の氏名や顔写真、略歴、心構え、最高裁で関与した主要な裁判などを掲載した「審査公報」と呼ばれる新聞紙大の文書が全戸に配布される。
ただ、これだけでは判断材料として不十分だ。普段から最高裁の動向に関心を持ち、各裁判官の氏名をネット検索してみるなど、十分な情報収集を行い、有意義な国民審査にすることが望ましい。(了)