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岸田首相「政策活動費」答弁に表れた、政治資金規正法の規定と「収支報告書の記載」の乖離

郷原信郎郷原総合コンプライアンス法律事務所 代表弁護士
(写真:つのだよしお/アフロ)

 「自民党派閥政治資金パーティ問題」に関連して国会で、過去に自民党が幹事長に渡した巨額の政策活動費について野党から再三にわたって追及されている。2月5日の衆議院予算委員会で、岸田首相は、

「政策活動費というのは党のために党勢拡大、政策立案、調査研究のために支出するもの」
「党のために使ってくださいと言って渡すのは支出、あなたのために使ってくださいというのは寄附」

と述べて、幹事長に渡った政策活動費は「支出」であって「寄附」ではないと説明した。

 しかし、この岸田首相答弁には重大な疑問がある。

 政治資金規正法第4条の定義規定では、「支出」は

「金銭物品その他の財産上の利益の供与または交付」(同法8条の3が規定する「運用」の場合を除く)

とされ、「寄附」についても同様に

「金銭物品その他の財産上の利益の供与または交付で、党費又は会費その他債務の履行としてされるもの以外のものをいう。」

とされている。

 「支出」も「寄附」も、基本的に「財産上の利益の供与または交付」である点では同じであり、(「運用」を除く)「支出」から「債務の履行としてされるもの」を除外したものが「寄附」なのである。

 政治資金規正法の定義では、「寄附」ではない「支出」は、「債務の履行に当たるもの」だけであり、岸田首相が答弁するように「党のために使ってくださいと言って渡す支出」も、「債務の履行としてなされるもの」に当たらない限り、「寄附」に当たるのである。

 「債務の履行としてされるもの」というのは、「党費又は会費」と例示されているように、金額や使途が事前に具体的に定まっている場合である。

 【逐条解説政治資金規正法(二次改訂版:2002年)】においても、

「債務の履行」とは、党費又は会費のように団体への加入行為とともにあらかじめ定まっているものの支払い、売買契約に基づく物品の購入等、債務者が債務の本旨に従って債務内容を実現する行為をいう。なお、贈与契約に基づく金銭、物品等の授受は債務の履行ではあるが、贈与契約は一般に無償契約であるため、これを寄附ではないとすると、本法の趣旨を没却してしまうことになりかねない。

とされており、「債務の履行」というのは、契約等によりその「債務」が具体化されていることが必要であることは明らかだ。

 「党勢拡大のための支出」であるからと言って、「債務の履行のためになされるもの」に当たるものではない。党勢拡大というのは、選挙で勝利し、党員を増やすなどして、所属議員や党員などの政党の勢力を拡大することであり、政党としての恒常的な活動そのものだ。「党勢拡大のための支出」というのは、使途が限定されることにすらならない。

幹事長に渡す政策活動費が、「党勢拡大のための債務の履行のためになされるもの」だから「寄附に当たらない」という理屈が成り立つ余地はない。 

 上記の首相答弁直前の2月2日、令和国民会議(「令和臨調」)が「政治資金委員会構想」とともに「信頼される政治のインフラとしての政治資金制度の構築」と題する解説を公表した。その中で、

岸田首相は政策活動費を党勢拡大、政策立案、調査研究のためと国会で答弁しており、そのように用途が定まっていれば政治資金規正法上、「財産上の利益の供与」(第4条第3号)と定義される寄附にあたると考えるのは困難である(受けた幹事長が財産上の利益を受けているとは考え難い)

と述べている。「幹事長に渡った政策活動費は寄附に当たらない」とする点で、岸田首相答弁と共通している。

 同解説は「受けた幹事長が財産上の利益を受けているとは考え難い」という理由で「寄附」ではないとしているが、その点も、「党のために使ってくださいと言って渡すのは支出、あなたのために使ってくださいというのは寄附」との岸田首相答弁と同趣旨のように思える。

 同解説では、「政治資金規正法上、『財産上の利益の供与』と定義される寄附」としているが、「寄附」の定義規定の「金銭、物品その他の財産上の利益の供与または交付」から「または交付」を意図的に除外した上で、「受けた幹事長が財産上の利益を受けているとは考え難い」という理由で政策活動費が「寄附」であることを否定している。

 しかし、定義からすると、「財産上の利益の供与または交付」であれば、「債務の履行のためになされるもの」以外は「寄附」に当たるのであり、幹事長自身のために使うために渡したものでなく、幹事長からさらに誰かに渡す予定であった場合(交付した場合)でも、「寄附」であることは否定できない。「受けた幹事長が財産上の利益を受けていないこと」は、幹事長に渡した政策活動費が「寄附」であることを否定する理由にはならない。

 自民党が政策活動費として幹事長に渡した金銭も、「寄附」に当たることは明らかだ。

 ところが、令和臨調解説は、「寄附」を「財産上の利益の供与」と狭くとらえ、「受けた幹事長が財産上の利益を受けているとは考え難い」との理由で、幹事長に渡った政策活動費が、「寄附」に当たることを否定しているのである。

 さらに、上記記述に続いて、

寄附だとすると受けた後は個人の金になり、その先で幹事長等が個々の議員に金銭を渡すことは個人の寄附規制に違反しているということになる。政策活動費は幹事長等に渡った後も党の資金と考えるのが合理的であり、実態にも適っている。

と述べているが、幹事長に渡された政策活動費は、「その先で幹事長等が個々の議員に金銭を渡す場合」であっても、少なくとも「交付」として「寄附」に当たる。そうである以上、幹事長から個々の議員にわたった金銭も「寄附」に当たり、同解説がいみじくも述べているように、「個人の寄附規制に違反している」ということは否定できないのである。

 野党側の国会での追及に対して、岸田首相が「幹事長に渡った政策活動費は寄附ではない」との答弁を続けているのも、政策活動費が幹事長から個々の議員に渡されていることが「政治資金規正法に違反しない」と説明するためであろう。幹事長に「支出」され、幹事長の裁量で、党の資金として個々の議員に渡った「寄附」だとすれば、単に幹事長を経由しているだけで、「政党から政治家個人への寄附」(21条の2第2項)となり合法だという説明が可能になる。

 しかし、前述したように「政策活動費は寄附ではない」との岸田首相答弁は、「党勢拡大のための支出」が「債務の履行にあたるもの」に該当しない以上、定義規定からすると明らかに間違っており、「『財産上の利益の供与』(第4条第3号)と定義される寄附にあたらない」とする令和臨調解説も誤っている。

 政策活動費は「党から幹事長に対する寄附」であり、幹事長から個々の議員に渡ったとすれば、「幹事長という政治家個人」から「所属議員という政治家個人」への違法寄附になることは否定できない。

 しかし、ここで疑問になるのは、なぜ、政治資金規正法の「寄附」「支出」などの定義からすると明らかに誤った答弁が堂々と行われ、それが今も罷り通っているのか、である。

 そこには、政治資金規正法の改正の経緯と、同法の基本概念と実際の政治資金収支報告の実務とのズレなどの構造的な問題があり、総務省も、岸田首相の説明を事実上容認しているからであろう。それが端的に表れているのが、総務省の見解をもとに各自治体が公表している「政治資金収支報告書作成要領」だ。

 それによると、政治資金の支出項目には、人件費、事務所費、光熱水費等の「経常経費」と「政治活動費」があり、「政治活動費」には、機関紙の発行等の事業費、調査研究費の他に、組織活動費、選挙関係費、寄附・交付金が記載されている。

 前記のとおり、「支出」と「寄附」の定義の違いは「債務の履行としてされるもの」しかない。しかし、「寄附・交付金」以外の項目にも、「寄附」に当たると思えるものが含まれている。

 「組織活動費」の中に「組織対策費」が含まれ(「政策活動費」は、その一つである)、選挙対策費の中に「陣中見舞い」が含まれているが、これらは、どう考えても「債務の履行としてされるもの」に当たるものではなく、政治資金規正法の定義上は「寄附」に当たるものと考えざるを得ない。しかし、このようなものも、政治資金収支報告書の記載要領では、「寄附・交付金」とは別の項目で記載することが認められている。

 つまり、本来の「寄附」の定義とは異なっていても、政治資金収支報告書上は、かなり緩やかに「寄附」ではない「支出」であるかのように記載することが認められているのが実情なのである。

 政治資金規正法の定義上は、「幹事長にわたった政策活動費」が寄附であることは明らかであり、岸田首相の「寄附ではない」という答弁は誤っている。しかし、政治資金収支報告書の記載の実務上は、そのような考え方が否定されているようには思えない。議員立法で法改正が繰り返される中で、もともとの法律上の定義と実務運用との乖離が生じているということであろう。

 2022年10月、岸田首相は、宗教法人法の解散命令についての答弁を一日でひっくり返し「法令違反には民法の不法行為も入りうる」と答弁した。それがブレイクスルーとなって、その後、文化庁による旧統一教会に対する報告徴収・質問権の行使が行われ、その結果に基づいて、最終的には、2023年10月13日に旧統一教会に対する解散命令請求が出されることになった。

 岸田首相の「幹事長に渡った政策活動費は『寄附』ではない」という答弁は、法律の規定上は誤っている。岸田首相は、政策活動費が実際には「寄附」であるのに、そうではないように扱われてきたことを率直に認めた上、問題を整理し、そのような法律と実務の乖離も含め、政治資金規正法の抜本的改正の議論に臨むべきだ。

郷原総合コンプライアンス法律事務所 代表弁護士

1955年、島根県生まれ。東京大学理学部卒。東京地検特捜部、長崎地検次席検事、法務省法務総合研究所総括研究官などを経て、2006年に弁護士登録。08年、郷原総合コンプライアンス法律事務所開設。これまで、名城大学教授、関西大学客員教授、総務省顧問、日本郵政ガバナンス検証委員会委員長、総務省年金業務監視委員会委員長などを歴任。著書に『歪んだ法に壊される日本』(KADOKAWA)『単純化という病』(朝日新書)『告発の正義』『検察の正義』(ちくま新書)、『「法令遵守」が日本を滅ぼす』(新潮新書)、『思考停止社会─「遵守」に蝕まれる日本』(講談社現代新書)など多数。

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