Yahoo!ニュース

草刈正雄と濱田岳のバディ探偵誕生 あえてのアナログアクションが新鮮な「探偵ロマンス」

木俣冬フリーライター/インタビュアー/ノベライズ職人
『探偵ロマンス」より 写真提供:NHK

江戸川乱歩、作家デビュー100年の2023年、虚実入り交じった“江戸川乱歩誕生秘話”「探偵ロマンス」(NHK)が放送される。制作は、NHK大阪放送局の、朝ドラこと連続テレビ小説「カムカムエヴリバディ」制作チーム。乱歩の生きた大正を活劇浪漫ふうに作り上げた。

放送にあたり、制作統括の櫻井賢チーフプロデューサーと演出の安達もじりさんにドラマの注目ポイントを聞いた。

◯注目ポイントその1 知られざる江戸川乱歩の物語

櫻井「江戸川乱歩さんの自伝(『わが夢と真実』『探偵小説四十年』等)に、かつて乱歩さんが、岩井三郎氏がやっていた当時はまだ珍しかった探偵事務所で働こうと思って面接を受けたことがあるという記述があります。そこから想を得て、乱歩さんが推理作家になるまでに、探偵をやっていたら? という虚実の入り交じった企画が立ち上がりました。乱歩さんの孫にあたる平井憲太郎さんにはどうぞ自由に書いてくださいと快諾をいただき、乱歩になる前、本名の平井太郎(濱田岳)が初老の探偵・白井三郎(草刈正雄)とバディを組んで活躍する探偵活劇です」

『探偵ロマンスより』 写真提供:NHK
『探偵ロマンスより』 写真提供:NHK

◯注目ポイントその2 乱歩が影響を受ける探偵を草刈正雄が華麗に演じる

櫻井「企画当初は、酸いも甘いも噛み分けた中年探偵と、まだ何者にもなれず、世の中に対して不平不満を言っている平井太郎のバディという構想でしたが、脚本家の坪田文さんから“じじい探偵”にしたいという提案がありました。坪田さんが描こうとする太郎のような若い世代の気持ちを受け止めてくれるのは、深みある高齢者であって、4、50代の中年はギラギラしていて仲良くなれないと。そこで、深みがあってギラギラしてないけれどすごく強いというファンタジーを体現してくれるのは誰だ?と考えたとき、草刈正雄さんが浮かびました。想定を遥かに超えたアクションシーンもあって、ずいぶん無茶をしていただきましたが、見せ方ひとつとってもさすが草刈さん、役を見事に演じ抜いてくださいました。太郎役の濱田岳さんとの丁丁発止もとても魅力的で、ふたりのなかに流れる空気感を楽しんでいただけたらと思います」

安達「これまで多くの刑事ものや時代劇などで活躍されてきた草刈さん。最初は『いやもう忘れちゃったよ』と言いながら、いざ動くと、往年の草刈正雄に戻ったようで、ものすごく切れ味のいいアクションで、走る速度もすごく速いんです。構えひとつとっても様になっていて見とれました」

『探偵ロマンス」より 写真提供:NHK
『探偵ロマンス」より 写真提供:NHK

◯注目ポイント3 CGを使わない人間力によるアクション

安達「今回、ハードなアクションというよりは楽しめるアクションをやりたいと思いまして、映画『ザ・ファブル』などのアクション監督・横山誠さんに相談し、小道具を駆使したいろいろなアクションのアイデアを出してもらいました。あえて血を見せないようにもしています。ワイヤーアクションも多く、ワイヤーを消すためにCGを使ってはいますが、ほぼほぼアナログです」

櫻井「実にアナログな現場です。ちょっと笑ってしまう、そんなアホな……とツッコミの入るようなアクションにしたいという意図を草刈さんが理解してくださって、チャーミングにやってくださいました。『なんてじじいだ』というセリフに尽きますが、こういう奇想天外なアクションが、どうせ世の中こんなものだろうとたかをくくっている太郎の心の扉を開けていくきっかけにもなります。草刈さんだけでなく、濱田岳さんも尾上菊之助さんも松本若葉さんにもワイヤーアクションがあります」

◯注目ポイントその4  カムカムチームが集結

櫻井「スタッフは僕と安達もじりを筆頭にたくさんのスタッフ、出演者は濱田岳さん、尾上菊之助さん、近藤芳正さん、土平ドンペイさんが第1話に、市川実日子さん、上白石萌音さんが第2話以降、『カムカム』から参加しています。ほかにも、『カムカム』に出ていた方々がいます。そこに気付いてくれるひとがいたら嬉しいですね。それと、サブタイトルのDearDetective from RANPO with love は『カムカム』でも協力してくださったキャスティング・ディレクターの奈良橋陽子さんのチームからアイデアを頂きました」

(追加:オペラ館の客引きのひとりシンバル担当の方が『カムカム』第94回、算太の回想のダンスシーンに出ている山下桐里さん。安子の和菓子屋の職人を演じた松木賢三さんも出演している)

◯注目ポイントその5  いまの時代と重なる部分がたくさん

安達「富裕層と貧困層の対比をキーポイントにしています。舞台となる大正時代を調べていくと、いまの時代にも似通った空気感があるように思いました。スペイン風邪が流行して、人々がマスクをしていたのもいまの時代と重なります。当時は貧しい人たちはマスクが買えなくて手作りしていたらしく、マスクのあるなしで貧富の差を出そうとしたところも若干あります」

櫻井「乱歩さんの自伝を今回、はじめて読みましたら、最初から大作家だったわけではなく、就職して給料をもらったら放蕩三昧してしまったり、会社に行くのがいやで押入れに閉じこもって出社拒否したり、ようやく連載デビューしたものの連載を引き受け過ぎてあまりにひどい内容になって世間に出すのは憚られるからと1年半ほど姿をくらましたりと実に人間的な姿に出会いました。乱歩さんが探偵事務所で働きたいと門を叩いたものの、多分、門前払いだったのだと思うんですよ。それといまの若い人たちの気持ちと重なるものがあるのではないかと感じました。また、乱歩が好きな脚本家の方は昭和生まれの方には少なくないと思いますが、今回、そういう方ではなく、あえて乱歩に熱心に触れた世代ではない坪田さんに頼みました(坪田さんは、私よりはるかにたくさんの乱歩作品に通じてらっしゃいましたが)。坪田さんは『マッサン』のスピンオフなどをやっていただきましたが、いまや民放でも活躍されています。ただ、今はなかなかオリジナルドラマに挑戦する機会が少なく、表現の場に飢えているであろう坪田さんに書いてもらったら、なかなか作家デビューできない乱歩さんとシンクロするんじゃないかとも考えました。そもそも、乱歩が探偵事務所に入ろうとしていたという記述を発見して企画を出してくれたのは、三十代のディレクター・大嶋慧介くんです。若い人たちの思いのこもったドラマになっています」

安達「太郎は、この時代に嫌気がさしていて、そのくすぶった気持ちを強い言葉で言うところもあります。いやなやつに見えないさじ加減で濱田岳さんがみごとに演じてくれました」

『探偵ロマンス」より 写真提供:NHK
『探偵ロマンス」より 写真提供:NHK

◯注目ポイントその6  乱歩ファンにはうれしい小ネタも

安達「乱歩の小説に出てくるいろいろなものをいろんなところにこっそり忍ばせてあり、乱歩ファンにも喜んでもらえると思います。予告編にも出てくるトンネルは乱歩の脳内のイメージです」

~取材を終えて

不景気による超格差社会、スラム化した街では、犯罪や強盗がはびこり、スペイン風邪がまん延していて、若者には希望がない。『探偵ロマンス』の世界はまるでいまの日本のようである。そんな世界で、平井太郎こと江戸川乱歩が白井と出会ってはじまる犯罪を追う大冒険はわくわくする。全4回じゃ短くないかと思えるほど盛りだくさんなオリジナルドラマになっている。

安達さんはNHKに入局する前、探偵ものの人気作『私立探偵 濱マイクシリーズ』の林海象監督の書生というか付き人(本人いわく)のようなことをしていたそうだ。日本の探偵ものというと、明智小五郎、金田一耕助、濱マイク……というほど鮮烈なシリーズで、今回、いよいよ探偵ものをやることになって「ついに来たか」と身構えたが「濱マイク」に引っ張られないようにしたと語る。師匠・林監督にも今年に入るまでやると言わずにいたそうだ。「カムカム」でも論理的かつ情緒ある画づくりや鋭い編集が光った安達さんの作り出す探偵の世界、アナログアクションのカットの割り方が小気味よくて、楽しめた。注目作である。

「探偵ロマンス」より 写真提供:NHK
「探偵ロマンス」より 写真提供:NHK

土曜ドラマ「探偵ロマンス」

【放送予定】

2023年1月21日(土)スタート 毎週土曜 総合 夜10:00~10:49 <全4話>

【脚本】坪田文

【音楽・主題歌】大橋トリオ

【出演】濱田岳 石橋静河

泉澤祐希 森本慎太郎 世古口凌 杏花 原田龍二 本上まなみ 浅香航大 浜田学

/ 松本若菜 近藤芳正 大友康平 / 岸部一徳 尾上菊之助 草刈正雄 ほか

【制作統括】櫻井賢

【プロデューサー】葛西勇也

【演出】安達もじり 大嶋慧介

物語

20世紀初頭、帝都では、世界大戦による好景気の終えんにより超格差社会が生まれ、犯罪や強盗がはびこるうえに、スペイン風邪がまん延していた。のちに江戸川乱歩となる平井太郎(濱田岳)は初老の名探偵・白井三郎(草刈正雄)とバディを組み探偵稼業をはじめる。やがて太郎は明智小五郎や怪人二十面相などの登場人物を思いつき傑作ミステリーを生み出していく。上海帰りの魅惑の貿易商・住良木(尾上菊之助)、秘密倶楽部の妖艶な女主人・美摩子(松本若菜)、太郎を見下す新聞記者の潤二(森本慎太郎)、鬼警部・狭間(大友康平)、バーのマスター伝兵衛(岸部一徳)などクセの強い登場人物が帝都に出現する。

フリーライター/インタビュアー/ノベライズ職人

角川書店(現KADOKAWA)で書籍編集、TBSドラマのウェブディレクター、映画や演劇のパンフレット編集などの経験を生かし、ドラマ、映画、演劇、アニメ、漫画など文化、芸術、娯楽に関する原稿、ノベライズなどを手がける。日本ペンクラブ会員。 著書『ネットと朝ドラ』『みんなの朝ドラ』『ケイゾク、SPEC、カイドク』『挑戦者たち トップアクターズ・ルポルタージュ』、ノベライズ『連続テレビ小説 なつぞら』『小説嵐電』『ちょっと思い出しただけ』『大河ドラマ どうする家康』ほか、『堤幸彦  堤っ』『庵野秀明のフタリシバイ』『蜷川幸雄 身体的物語論』の企画構成、『宮村優子 アスカライソジ」構成などがある

木俣冬の最近の記事