「値上げ許容」発言を撤回した黒田日銀総裁 組織的失言か? ミスリード招いたメッセージ戦略
6月6日に黒田東彦日銀総裁が発言した「家計の値上げ許容度が高まってきている」。8日には撤回、17日での記者会見でも改めて釈明したものの尾を引きそうな様相を呈しています。国民感覚から離れた発言であることは明らかですが、ついうっかり言ってしまった失言なのか、追いかけた結果、単なる失言ではく、メッセージ戦略の敗北であることがわかりました。
このところの急速な円安に国民の誰もが不安に思っているのは、各種報道を見れば一目瞭然。その中で「家計の値上げ許容度が高まってきている」は、明らかに失言。一体どんな場面、どのような流れの中でこの失言が出てしまったのか。発言のあった講演会は「共同通信きさらぎ会」。共同通信の加盟社、主要な企業、公共団体のトップや部長級が参加する会合。国民向けではないとの意識もあったかもしれませんが、明らかにパブリックな場所。また、この時の黒田総裁は、講演会で原稿を読んだだけ。つまり、事前によく考え抜かれて作成された原稿にもとづいた発言だったということ。ついうっかり言ってしまった失言ではないのです。この方が事は深刻で、個人の発言ではなく、組織的失言だったことになります。
そもそも、日銀が行っている「生活意識に関するアンケート調査」(四半期ごとに実施)で、景況感について「よくなった」と回答しているのは、2021年12月5.2から2022年3月3.6にポイントは下がり、「悪くなった」は、51から57.4と上がっています。「ゆとりが出てきた」は、5.8から4.8に下がり、「ゆとりがなくなってきた」は、40から41.7と上がっています。数字が読めなくなったのかと混乱している私の目に飛び込んできたのは、時事通信解説。この奇怪な現象をこう説明しています。
日銀としては希望の未来を示すための説明のつもりだったとは。ここは完全にミスリード。メッセージの組み立て方を間違ってしまいました。現状の不安感への寄り添いがごっそり抜け落ちたまま、未来の良い道筋を示してしまったことが根本的な敗北原因。希望の言葉は、現実に向き合い、「不安」に寄り添ってこそ効果があるといったコミュニケーションにおける鉄則が抜けています。
その後、黒田総裁は8日に衆院財務金融委員会で「表現は全く適切ではなかった」と発言を撤回。17日の記者会見においても「家計が自主的に値上げを受け入れているという主旨ではなく、苦渋の選択としてやむを得ず受け入れているということは充分認識している」と回答。「私達の真意が伝わるよう丁寧に説明していきたいと思う」も下を向いたまま。先日の講演については、「デフレ期が続く中、企業が十分に価格転嫁できない状況が続いてきたが、こうした状況が変化する可能性について述べた。そのためには何より賃金の上昇が必要だと繰り返し指摘しており、該当箇所もその文脈の中での発言」と釈明。
撤回は迅速であったものの気になるのは、国民が注視する記者会見でも原稿を読んだだけの態度。常に受け身でレールの上に乗っているだけのように見えてしまう。だから、聞いていてもデフレ脱却、賃金上昇といった希望が持てない。年収3,500万円の方に国民の痛みを共有することが無理であっても、言い方を工夫するのがリーダーの役割。せめてカメラの背後にいる国民に向かって、感情を込めて、今は苦しくても必ずよくなる、といった力強い言葉が発信されていれば未来に希望がもてたはず。危機時のメッセージは、不安に寄り添い、未来の方向性を示す。言葉だけではなく、非言語も含めて構築する必要があるのです。
本記事執筆中の昨日、ロイターから今回の黒田発言について取材がありました。世界から見てもメッセージ戦略に違和感を持たせる状況になってしまいました。たとえ、進む方向性が間違っていなくても、ミスリードで結果は思わぬ形になる怖さを秘めています。日銀は組織としてメッセージ戦略を再構築してほしい。
<参考>
生活意識に関するアンケート調査
https://www.boj.or.jp/research/o_survey/ishiki2204.htm/
時事ドットコムニュース