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【3.11を前に】国内初の乳児用液体ミルク 被災地取材で考える、災害時だけでなく日常使用を勧める理由

井出留美食品ロス問題ジャーナリスト・博士(栄養学)
イタリアで販売されている500ml入り乳児用液体ミルク(筆者撮影)

2019年3月5日、江崎グリコは自社の通販サイトで、国内初となる乳児用液体ミルクの販売を始めた。お湯で溶かす必要がなく、未開封の状態で、常温で6ヶ月保存できる。東日本大震災から8年となる3月11日以降は、全国のドラッグストアやベビー用品店でも順次販売する。

これまで普及を望んで活動してきた団体、乳児用液体ミルクプロジェクトや、野田聖子議員が代表呼びかけ人となっている「乳児用液体ミルクの普及を考える会」にとっても、国内での販売実現は、待ちに待った朗報だろう。

災害時のみならず日頃から飲用するのが推奨される理由とは

お湯で溶かす必要がなく、常温で6ヶ月保存可能、となると、災害食としての期待が高まる。だが、「いざ」というときだけでなく、普段から飲み慣れて(使い慣れて)おく必要があると考える。

1、被災地では液体ミルクが取り残されていた

筆者は2011年の東日本大震災発生後、被災地へ食料支援に複数回出向いていた。

当時、支援物資の倉庫には、たくさんの「余剰食品」があった。

その1つが「乳児用液体ミルク」だった。

2011年に発生した東日本大震災後、被災地の支援物資に取り残されていた液体ミルク(筆者撮影)
2011年に発生した東日本大震災後、被災地の支援物資に取り残されていた液体ミルク(筆者撮影)

北欧のフィンランドでは、粉ミルクより液体ミルクが普及しており、両者の割合は液体ミルクが90%以上を占める。筆者がイタリア取材へ行った際も、小さなスーパーで液体ミルクが販売されていた。だが、日本の状況はヨーロッパとは異なる。

イタリアのスーパーで販売されていた液体ミルク(筆者撮影)
イタリアのスーパーで販売されていた液体ミルク(筆者撮影)

2、西日本豪雨や北海道地震の被災地でも期待通りの活用ではなかった

2018年9月の北海道地震の後、筆者は、支援物資としての液体ミルクの記事を2つ書いた。

「北海道支援で未使用の液体ミルク、東日本大震災でも使われず 2016年熊本や2018年岡山・愛媛で活用」

「情報が錯綜する支援物資の液体ミルク 使われたのか?使われなかったのか?北海道と岡山県に直接伺った」

2本目の記事は、西日本豪雨の被災地となった岡山県と、北海道地震の被災地となった北海道、それぞれの自治体に直接問い合わせた内容だ。

どちらの回答からも感じられたのは、被災者は、普段から食べ慣れた(飲み慣れた)「いつもの(食べ物・飲み物)」を好む、ということ。液体ミルクは、現時点では「いつもの」ではない。

2018年9月に被災地の自治体から直接得た回答と、マスメディアが報じている内容にはズレがあった。液体ミルクの使用に関する情報が錯綜していた。ただ、それら複数の情報を総体的に見ると、液体ミルクは「多くの人に広く活用された」という状況ではなかったようだ。

3.11後の被災地の支援物資倉庫では、海外から提供された支援物資も「とても辛いもの」や「日本では食べられていないもの」は余る傾向にあった(筆者撮影)
3.11後の被災地の支援物資倉庫では、海外から提供された支援物資も「とても辛いもの」や「日本では食べられていないもの」は余る傾向にあった(筆者撮影)

災害食の専門家は「食べ慣れているものを」

災害食の専門家で甲南女子大学名誉教授の奥田和子氏は、災害食として、普段から食べ慣れたものを勧めている。

ふだん食べ慣れたもの、好物、ふだんよりおいしいものを備蓄するように勧めます。

東日本大震災の記録に、興味深い文章を見つけました。「災害がおこった当日夜、備蓄してあったクラッカーと水が配られました。しかし、精神的ショックや興奮や疲労からか、それを食べる人はあまりいませんでした」と山田町の栄養士さんが記録されています。食べ物がその場のニーズに合わなかった1例です。ふだんならおいしく食べられるものが、非常事態では受け入れられない。

自助の大切さとは、自分を奮い立たせる食べ物は自分しかわからない、個人で違うということです。自分が選び抜いたおいしいものこそ、○○さん固有の備蓄食品といえましょう。

出典:奥田和子氏の記事「災害は突然に!カンチガイ、場違いの備蓄をしていませんか。」

被災時は、ただでさえ精神的に不安な状況なので、普段から食べたり飲んだりしているものが落ち着くと言う。

【2019年最新版】防災のプロが選ぶ!おすすめ非常食ランキングでも、缶詰のパンや、少しの水で食べられるアルファ米などが上位に入っている。

静岡県は災害時の備蓄食品は「食べ慣れた食品」も活用しようというパンフレットを制作している。

支援物資の液体ミルクが食品ロスになってしまわないために

語弊はあるが、災害のない常時は、災害対策の上での「練習」、災害の起きた非常時は「本番」とも言える。普段から「練習」しておかないと、いざ「本番」が来たときだけやろうとしても、できないだろう。

使い慣れておくことが、「いざ」の時にも役立つ。だからこそ、液体ミルクは、普段から使い、「いつもの(食品)」にしておく必要がある。

食生活ジャーナリストの佐藤達夫氏は、液体ミルク使用の注意点として、哺乳瓶を殺菌しておくことと、飲み残しは処分することの2点を挙げている。

液体ミルクのメーカーに期待すること

日本初の発売を果たした江崎グリコに続き、明治も3月13日に液体ミルクを発表するそうだ。

液体ミルクのメーカーに期待することは主に3つある。

1、自治体との連携

災害時には市区町村が支援物資の要(かなめ)となる。自治体と連携し、一般市民が懸念する点を払拭するような、使い方やメリットなどの啓発が望まれる。

ちなみに、総務省統計局の家計調査(*)によれば、粉ミルクの消費金額上位の市町村は次のようになっている。

  • 総務省統計局家計調査(二人以上の世帯) 品目別都道府県庁所在市及び政令指定都市(※)ランキング(平成27年(2015年)~29年(2017年)平均)

粉ミルク消費金額(円)

1、熊本市 1,605

2、鳥取市 1,553

3、那覇市 1,418

4、川崎市 1,407

5、高松市 1,334

6、盛岡市 1,061

7、高知市 1,028

8、福岡市 1,004

9、山形市  925

10、岐阜市  921

全国平均 677

消費数量のランキングは、1、熊本市 2、那覇市 3、川崎市 4、高松市 5、鳥取市 6、福岡市 7、前橋市 8、山形市 9、高知市 10、津市 となっている。これら粉ミルクの使用量や消費金額が多い自治体と共に連携し、モデルケースとするのも一案かもしれない。

2、備蓄利用の場合、循環させるシステムの組み込み

備蓄として利用する場合、循環させるシステムが必要だ。家庭の場合、それは、使っては買い足していくローリングストック法が望ましい。非常時だけの「非常袋」に入れっぱなしにするのではなく、非常食を「日常食」として日頃から取り入れていく方法だ。

自治体の場合、入れ替えの頻度が少ない方(賞味期限の長いもの)が好まれる。予算の制限もあるため、大量に備蓄するのは難しいかもしれない。

参考になるのは栃木県那須塩原市の「パン・アキモト」だ、。パンの缶詰を備蓄として買った事業者や個人に対し、再度購入する場合、賞味期限の切れる手前に回収し、国内の被災地や国外の戦闘地へ寄付する仕組みを構築している。

パン・アキモトの「PANCAN」(パン・アキモト提供)
パン・アキモトの「PANCAN」(パン・アキモト提供)

3、パッケージは日本国籍でない人にも「液体ミルク」がわかるとよい

江崎グリコの液体ミルクを見ると、おもて面は全て日本語標記になっている。だが、在日の方や、観光で来日した外国籍の人など、海外の人も使う可能性がある。実際、熊本地震の後、海外から来日している人が災害食の内容がわからなくて困った、という話を聞いた。

食品のパッケージも、表面積が限られる中で、日本の法律に定められた内容を全て網羅しなければならないので、メーカーにとってはなかなか大変だろう。が、たとえば、"Infant Formula"あるいはReady To Use Formula (液体ミルク)という文字をどこかに入れるだけでも、外国籍の人にはわかりやすいのでは、と感じた。

以上、日本は、液体ミルクに関しては先進国ではなく、今がスタートだ。せっかく長年かけてメーカー各社や支援者たちが努力し、ようやく実現した液体ミルクの販売。災害時に食品ロスとして廃棄になることのないよう、日常的に利用され、普及が少しずつ進んでいくことを、長い目で期待したい。

食品ロス問題ジャーナリスト・博士(栄養学)

奈良女子大学食物学科卒、博士(栄養学/女子栄養大学大学院)、修士(農学/東京大学大学院農学生命科学研究科)。ライオン、青年海外協力隊を経て日本ケロッグ広報室長等歴任。3.11食料支援で廃棄に衝撃を受け、誕生日を冠した(株)office3.11設立。食品ロス削減推進法成立に協力した。著書に『食料危機』『あるものでまかなう生活』『賞味期限のウソ』『捨てないパン屋の挑戦』他。食品ロスを全国的に注目させたとして食生活ジャーナリスト大賞食文化部門/Yahoo!ニュース個人オーサーアワード2018/食品ロス削減推進大賞消費者庁長官賞受賞。https://iderumi.theletter.jp/about

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