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小池知事のエゴか、文科の無策か~23区私大・定員抑制を考える

石渡嶺司大学ジャーナリスト
東京の大学に進学するかどうか地方高校生にも大きく影響(著者撮影/写真はイメージ)

文科省「18年は定員抑制、19年は新設を認可せず」

9月29日、文部科学省は東京23区内の私大に対して定員抑制策を告示しました。

2018年度は定員増を、19年度は大学・短大の新設を原則として認めない内容。東京の一極集中を緩和するために安倍政権が打ち出した措置の一環だが、小池百合子・東京都知事は反対を表明しており、総選挙の争点にもなる可能性がある。

朝日新聞9月29日朝刊記事「23区の私大定員増、文科省認めず 小池知事は反発」より引用

なぜ東京23区の私大の定員を抑制するのか。これは地方創生策・人口政策の一環です。

若年層が東京に一極集中しており、それを是正し、地方創生を図るためにも、定員抑制が必要とのこと。

第1回 地方大学の振興及び若者雇用等に関する有識者会議の資料には、学校基本調査のデータから、「東京都に所在する大学への出身地別入学者数について、東京圏の出身者が増加 傾向にある一方、地方圏(東京圏以外の道府県)の出身者は若干の減少傾向にあるが、30%を占める」とまとめています。

出典:有識者会議における、まち・ひと・しごと創生本部事務局作成の基本資料41P
出典:有識者会議における、まち・ひと・しごと創生本部事務局作成の基本資料41P

小池知事は批判、林文科相はけん制

これに対して、小池知事は批判しています。

 小池氏は以前からこうした方針に反対を表明しており、29日も「到底納得できるものではない」「地方創生や大学のあり方について本質的な議論を喚起すべく、必要な主張をしていく」とコメントを発表。今後も選挙を通じてアピールするとみられる。

※朝日新聞9月29日記事より引用

一方、定員抑制を進める文部科学省のトップ、林芳正・文部科学相は「国政という立場になると東京都23区だけではなく、全国レベルで政策がつくられるもの」(9月30日朝日新聞朝刊記事より引用)と29日の記者会見で述べ、けん制しています。

進める側は自民党、批判する側は希望の党。総選挙間近のさや当てという気がしないでもありません。

当然ながら、というべきか、小池知事の定員抑制批判には、「東京のエゴ」との意見もあるようです。

地方出身者は若干どころか大幅な減少傾向

小池知事の政治手法などについては、政治解説記事ではない本稿ではおくとします。

この定員抑制問題に限ってみると、分が悪いのは、文部科学省側。

まず、有識者会議の基本資料でも、東京の大学への出身地は2002年の36%から2016年は30%に減少しています。6ポイントの減少、というのはそれなりの数値と思うのですが、基本資料では「若干」。

それこそ、若干、無理がある表現のような。

百歩譲って、6ポイント減少が「若干」だったとしても、さらに長期で見ると、若干どころではありません。大幅に減少しています。

この基本資料の出典は、文部科学省・学校基本調査の「出身高校の所在地県別大学入学者数」です。

「e-Stat 政府統計の総合窓口」には学校基本調査の年次統計や昭和23年度からの詳細データまで全部、閲覧できます。

確認したところ、「出身高校」項目ができたのは、1970(昭和46)年度から。

そこで、1970年度から最新の2017年度(有識者会議の基本資料は2016年度が最新)まで7年を抽出してまとめてみました。

それがこちらの表です。

1976年からの地方出身者割合の変化(学校基本調査から著者が作成)
1976年からの地方出身者割合の変化(学校基本調査から著者が作成)

1970年代から1990年代にかけては、東京都の大学は地方出身者が40~50%台で多数を占めていました。

それが直近の2017年度では31.8%まで減少しています。

10~20ポイントもの減少を「若干」とみるのであれば、それは、国語辞書の改訂が必要となることでしょう。

客観的には、大幅な下落、または長期低落傾向にあると言えます。

その理由は複数考えられます。

1:千葉・埼玉・神奈川の私立高校が進学実績を伸ばした。

2:地方の進学校生徒(とその保護者)が早慶志望から国公立志望に変わった。

3:地方の高校生(とその保護者)がそう簡単に上京して進学、というルートを選択できる経済的な余裕がなくなった。

4:地方の高校生(とその保護者)が上京して進学、というルートを選択できる経済的な余裕があっても、地方での就職に不安があり、地元大学を選択するしかなかった。

5:高校の進学指導で、国公立志向が強くなり、その影響で私大進学者自体が減った。

6:地方によっては魅力ある大学が増加したので東京の大学に進学する必然性が減った。

7:東京以外の都市部(神奈川、千葉、埼玉、愛知、京都、大阪など)に魅力ある大学が増加したので、東京の大学に進学する必然性が減った。

8:地元以外の大学を選ぶにしても地元に近い地域の大学を選ぶようになった。

経年変化を見る限りでは、大きいのは1。首都圏で私立の中高一貫校が1970年代以降、設立されました。その後、進学実績を大きく伸ばしています。

地方関連では2~5の4点がそれぞれ絡まってのもの、と思われます。

そのほか、6~8も考えられます。特に8については、例えば九州・中国・四国なら東京・首都圏ではなく、大阪・関西圏を選ぶ、といった具合です。

大阪や関西の大学というルートも(著者撮影/写真はイメージ)
大阪や関西の大学というルートも(著者撮影/写真はイメージ)

様々な要因があるにせよ、東京の大学進学者に占める地方からの出身者は「約3割もいる」というのはちょっと無理やり感があります。「かつては半数を占めていたが、今は約3割まで低下した」が正しい、と言えるでしょう。

そもそも選択肢が少ない地方大学

データが違うにしても、「東京の大学に地方出身者が3割もいるのはやはりおかしい」と言い張る方もいるでしょう。

この主張を是とした場合、今度は別の問題が出てきます。

すなわち、適当な進学先があるかどうか。

中京圏、関西圏などの都市部であれば、医療系だけでなく、文系、理工系も含めて国公立大学、私立大学がそろっています。

難易度も高低織り交ぜてあるので、受験生が選択に困る、ということはまずありません。

ところが地方だと、国立大学、公立大学はあっても、私立大学、それも高校生の志望・難易度にあった大学・学部は極端に減ります。

そのため、同じ国公立志望でも、地元の国公立大学で自分にあった大学がない場合、志望・難易度にあった他の地方大学に進学します。

この影響で、地方国公立大学によっては地元出身者は3割程度で、残りは他地域出身という逆転現象すら起きています。

それから、科目選択の問題もあります。マーチクラス(明治・青山学院・立教クラス)か、日東駒専(日本・東洋・駒澤・専修)以下の大学を考える高校生、さらに文系志望者だと、数学、理科が苦手な生徒が大半、という事情があります。数学、理科が苦手だからこそ、私立・文系志望になっているわけです。いくら、「地方創生のために!」と言われても、「すみません、国公立だと合格できそうにない」という理由で私立大文系学部志望から国公立志望に変わることはありません。

東京の私大の定員抑制をしたところで、首都圏や中京圏・関西圏の都市部の私大に流れるだけです。地方の定員割れ私大が救われるわけではなく、まして、地方創生につながるとは到底思えません。

地方に仕事はあるのか

それから、地方の大学にしろ、東京の大学にしろ、それ以外の大学にしろ、地方の高校生にとって、大学進学後のキャリアが地方では描きづらくなっている、という事情も大きいでしょう。

かつては地方企業だけでなく、自治体・教員採用は一定のボリュームがありました。それが今ではどうでしょうか。

政府が言うほど、地方の経済は回復していません。何よりも自治体は財政難から、正規採用を減らし、非正規採用を増やしています。非正規採用で雇用されても不安定なままであり、それをよしとする高校生は少ないのではないでしょうか。

地方創生と大学教育は別、切り分けた議論を

私は地方創生という政策自体は賛成です。ただ、それを東京の私大定員抑制に結び付けるのは無理があると考えます。

地方創生というのであれば、地方での雇用、それも正規採用を増やす方が先決でしょう。

あるいは、魅力ある地方大学を増やすために巨費を投じるか。

いずれにしても、東京の私大の定員抑制策は無理のある政策、と考える次第です。(石渡嶺司)。

大学ジャーナリスト

1975年札幌生まれ。北嶺高校、東洋大学社会学部卒業。編集プロダクションなどを経て2003年から現職。扱うテーマは大学を含む教育、ならびに就職・キャリアなど。 大学・就活などで何かあればメディア出演が急増しやすい。 就活・高校生進路などで大学・短大や高校での講演も多い。 ボランティアベースで就活生のエントリーシート添削も実施中。 主な著書に『改訂版 大学の学部図鑑』(ソフトバンククリエイティブ/累計7万部)など累計33冊・66万部。 2024年7月に『夢も金もない高校生が知ると得する進路ガイド』を刊行予定。

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