井上尚弥の4団体統一路線にどう影響するのか。ドネアvsカシメロ締結に暗雲のなぜ
カシメロの背後に問題の人物が
WBCバンタム級王者ノニト・ドネアvs同級WBO王者ジョンリール・カシメロ(ともにフィリピン)の統一戦が8月14日、ロサンゼルス近郊カーソンのディグニティ・ヘルス・スポーツパークで行われる予定だ。当初、同日はカシメロvs同級WBAレギュラー王者ギジェルモ・リゴンドウ(キューバ)がスケジュールに載っていたが、スリルを味わえるのはパンチャー対決の方に違いない。せっかく「楽しみなカードが見られる」と期待していたら、締結が危うくなっているという。早くも「OFF(中止)になった」と発信する記者もいる。
原因は薬物検査に関して「カシメロと陣営が実施を躊躇している」とドネア陣営が訴えているためだ。ドネアは以前からドーピング違反に対し厳しい姿勢を貫いている。もちろん自身が違反したことは一度もない。同胞に疑惑の目を向けるのは、ただのけん制かとも思えるが、カシメロの周辺をチェックすると、ある人物が浮かび上がってきた。
昨年4月ラスベガスでWBAスーパー・IBF統一バンタム級王者井上尚弥(大橋)との統一戦が組まれたカシメロだが、パンデミックの影響で流れてしまった。その後9月にデューク・ミカー(ガーナ)に3回TKO勝ちで防衛に成功した。井上戦が実現に向かっていた時、カシメロはマイアミでトレーニングに入った。彼をサポートした一人が「ドーピングの影の帝王」と一部で呼ばれるアンヘル“メモ”エレディア氏だった。
ドーピングの達人
トレーナーとしての腕は一流。メキシコ系のエレディア氏は業界では裏の顔の方が有名だ。彼の代表的な“作品”の一人がマニー・パッキアオとの4戦、名勝負で一世を風靡した4階級制覇王者フアン・マヌエル・マルケス(メキシコ)ではないかと言われる。最近でもドーピング違反で防衛戦がキャンセルされたWBAライトヘビー級レギュラー王者ジャン・パスカル(ハイチ=カナダ)に関与したと噂される。
以前からスキャンダルの噂が絶えない同氏だが、公にペナルティやサスペンド処分が下ることはなかった。それでも業界では「限りなくクロに近い灰色」という存在と見られ、今回もカシメロにも手を差しのべたのではないかと推測される。
今のところドネアはエレディア氏の名前を出して抗議しているわけではない。マネジャーでもあるレイチェル・ドネア夫人はソーシャルメディアを通じて、試合まで7週間だというのにカシメロ陣営がドラッグテストのプロセスを守らず、ペーパーワークも不備だと指摘し批判しているだけだ。だが同時にカシメロがVADA(ボランティア・アンチドーピング協会)の検査やWBCが促進するドーピング防止の「クリーン・ボクシング・プログラム」に忠実に従わなければ「試合から降りる」と明言してはばからない。
見違えるほど強くなったカシメロ
当然、疑惑を着せられたかたちのカシメロ側は立腹している。WBO王者のマネジャーでマニー・パッキアオ・プロモーションズ社長のショーン・ギボンズ氏は「1年中、いついかなる時でもVADAやWBCのテストに応じられる。キャンセルになったけど去年カシメロがナオヤ・イノウエと試合が決まった時点でもVADAの検査に登録したし、ちゃんとテストも受けた」と反論する。
ではなぜカシメロ陣営が今回、検査に従順でないかという疑問が生じる。これは推測だがやはりエレディア氏が絡んでいるからではないだろうか。同氏はボクシング専門サイト、ボクシングシーン・ドットコムの取材で「カシメロといっしょに3回目の仕事ができるのでうれしい」と明言している。コンビの1回目はタイトルを奪取した2019年11月のゾラニ・テテ(南アフリカ)戦、2度目がミカー戦。今回も相手がリゴンドウ、ドネアのどちらでもサポートを惜しまないと言っている。立場はコンディショニング・コーチ。同氏は「私とタッグを組んでからカシメロはパワーアップが顕著だ。よりストロングになっている」とアピール。なるほどテテ、ミカーとも3ラウンドで粉砕されてしまった。
ドネア夫人のアシスト
エレディア氏によるとフィリピンで始動したカシメロは7月初めから同氏と合流する予定になっている。ちょうどこの時期、移動も関係してカシメロ陣営はドラッグテストの報告が遅れているのかもしれない。とはいえ、そこへ鋭くツッコミを入れるドネア陣営、とりわけレイチェル夫人はしたたかだ。ドネアは「カシメロ戦が成立に向かったのは彼女のおかげだ」と公言している。夫のマネジャーとして仕事を完結させる意味でも夫人は今回のクレームが必要なのかもしれない。
薬物検査に対する真摯な態度、そして38歳になりながらバンタム級で比類なきチャンピオンを目指すドネア。その野望に向けてカシメロとの決戦はファンの観戦意欲を刺激してやまない。すでにスケジュールに載っているし、正式に試合が中止されたというニュースも流れていない。当事者のカシメロは「もしノニトが何かの理由でビビっているなら、それは彼自身のことで私の知ったことではない。ジョンリール・カシメロはクリーンなボクシングを目指し、規則にはいつでも従う」とメディアに打ち明けている。
復権の旗手バンタム級4銃士
一連の流れで割を食ったのは一旦カシメロとの試合が発表されたリゴンドウだ。40歳のキューバ人は負傷したわけではなく、自分から譲歩したわけでもない。イベントを主催するPBC(プレミア・ボクシング・チャンピオンズ)の総帥アル・ヘイモン氏が「ドネアvsカシメロの方が断然おもしろい」と決断したため敬遠されてしまったのだ。
さぞやリゴンドウは落胆していることだろう。それでも現状ではドネアvsカシメロの勝者と優先的に対戦できる見込みだ。彼ら同様、比類なきチャンピオンを目標に掲げる井上としても今後の動向は大いに気になるところ。井上を米国でプロモートするボブ・アラム氏はドネアがカシメロ戦を拒否すれば、次戦で井上をダイレクトにドネアと対戦させるプランを持っているという。
だが、まずドネアvsカシメロあるいはカシメロvsリゴンドウを観たいと念じるのは私だけだろうか。他のスポーツのトーナメントのように段階があった方が興味がわく。井上を含めた4人のカードはどれもゾクゾクさせられ、まさに「お楽しみはこれからだ」と言いたくなる。スーパーフライ級のフアン・フランシスコ・エストラーダ、ローマン・ゴンサレスらと同様、軽量級の復権は彼らの活躍なくして実現しない。