【体操】シライ3、ヤマムロ、ツカハラ3…新技ブームなぜ?
■「シライ3」は男子最高H難度
国際体操連盟(FIG)は2月13日にスイスで男子技術委員会を開き、白井健三(日体大)が昨年12月の豊田国際競技会のゆかで成功させた「後方伸身2回宙返り3回ひねり(伸身リ・ジョンソン)」をH難度の新技として認定し「シライ3」と名付けた。
同時に、山室光史(コナミスポーツクラブ)が昨夏のアジア選手権で成功させた平行棒の「棒下宙返りからひねり倒立、軸手を換えてのひねり支持(棒下マクーツ)」をG難度の「ヤマムロ」と命名。そして、現在オーストラリア代表として活動中のアテネ五輪金メダリスト、塚原直也(朝日生命)が昨秋の世界選手権のつり輪で披露した十字懸垂の新技をD難度の「ツカハラ3」と認定した。
白井は13年世界選手権のゆかで2つ、跳馬で1つ、「シライ」の名の付く技が認定されており、自らの名のつく技はこれで4つ目となった。また、13年世界選手権つり輪では加藤凌平(順大)、14年世界選手権つり輪では田中佑典(コナミスポーツクラブ)が新技を成功させ、それぞれ「カトウ(D難度)」「タナカ(E難度)」と命名されている。
塚原も含めると、日本関連の選手がここ3年間で10個の新技を認定されるという盛況ぶりであり、この現象はかつて体操が日本のお家芸として隆盛を誇った時代と共通するものだ。日本勢に“新技ブーム”が起きているのはなぜか。
■白井の登場が火付け役に
13年世界選手権に高校2年生で初出場初優勝した白井のインパクトは絶大だった。まずはゆかで「シライ/ニュエン(後方伸身宙返り4回ひねり)=F難度」と「シライ2(前方伸身宙返り3回ひねり)=F難度」、そして跳馬で「シライ/キムヒフン(伸身ユルチェンコ3回ひねり)=価値点6・0」を成功させた。
白井の驚異的な“ひねり”は大会前から世界の体操界で話題になっており、公式練習の際には周りを各国選手やコーチ陣がズラリと取り囲んで見学。その数は100人近くに及び、スマホで動画撮影する関係者が多く見られた。メディアの関心も非常に高く、17歳にしてひねりの新次元を切り拓く姿は世界中で称賛された。
体操選手にとって自身の名のつく技を持つことは夢であり、あこがれである。かつて跳馬の「ツカハラ跳び」や鉄棒の「ムーンサルト」を編み出し、五輪の金メダル5個を持つ塚原光男氏はこのように話す。
「新技も含めて自分のできない技ができるようになることが、体操選手にとって一番の楽しみだ。できない技に挑戦して、苦労の末にやっとできるときの感動が体操競技の原点。そんな中、新技というのは、できない技を習得していく過程で、ちょっとした工夫をすることによって生まれたりするものだ」
日本勢の相次ぐ新技発表については、白井の登場が火付け役となったと指摘する。「しばらくの間、新技の誕生をリードしてきたのはアメリカで、日本からはほとんど新技が出てこなかった。けれども最近は活性化されている」と現在の状況を好ましく見ている。
■新技開発の背景
では実際のところ、選手たちはどういう動機で新技を開発しているのだろうか。
田中は「体操を始めた頃からひとつの目標というか、夢ではあった」と言い、加藤も「父(裕之氏)が名前のつく技を持っているということもあり、自分も作りたいという気持ちはあった」と話した。山室も、「学生時代から作りたいと思っていた」と言う。
技を編み出したのは、塚原氏も言うように、選手個々の創意工夫によるところが大きい。
田中は「腹筋、腸腰筋の柔らかさ、強さを生かした」と話す。
加藤は「僕の場合はつり輪のD難度で減点されにくい技をやろうと考えてたどり着いたやり方。それまでやっていた十字倒立よりも減点が少なく、いわばその場しのぎで変えた技なので、誇らしいという気持ちはない。(田中)佑典さんの技や“シライ”は本当にセンスのあるトップの数少ない選手しかできないけど、僕のはやろうと思えば多分みんな出来ると思う」と謙遜するが、少しでも上を目指そうという意欲が細部の可能性をくまなくあぶり出したという好例だろう。
山室は「今のルール(2013-2016年版)では棒下ハーフと棒下4分の3ひねり倒立を両方使うことができなくなった。そこで、棒下4分の3ひねり倒立をどうにか生かせないかと考え、棒下マクーツにたどりついた」と新技習得のプロセスを明かす。
時系列を振り返れば、山室は12年ロンドン五輪での左足骨折による戦線離脱中に、着地を伴わない練習に力を注ぎながら平行棒の「ヤマムロ」を習得していったということだ。大けがにも心を折らずに、次なる戦いを見据えて這い上がってきた男は、「自分の名前がついた技がG難度という高難度に認定されたことを光栄に思う。この先も格下げにならずに高難度のまま残って欲しい」と力強く言った。
一方、白井だけは経緯がやや異なり、「僕の場合は、できる技を追求していったら自然とそれが誰もやっていない技だった。技に自分の名がつくことにはあまり興味がない」と淡々としている。とはいえ、塚原氏の見解通り、多くの選手が技に自身の名を残したいと思ってきたことが新技開発につながっているのは間違いない。
■認定対象の条件を満たす大会が増加
新技申請が活性化された背景には、申請および認定の対象となる大会が増えたことも大きな要因として存在する。
古くは五輪や世界選手権で成功させた場合のみ新技として認定されていたが、その後、対象となる試合がW杯シリーズや各大陸選手権などの主要国際大会に拡大。さらに昨年からは、「FIGに申請されている国際大会であり、なおかつその場にFIG技術委員会のメンバーが大会役員として参加していれば認定の対象になる」と規約が改正された。
日本では冨田洋之氏がFIG技術委員会のメンバーになっている。シライ3が豊田国際の演技で認定されたのは冨田委員が大会役員として携わっていたからだった。
次々と誕生する新技。この状況を、自らの名のつく技を持っていない史上最高ジムナスト・内村航平(コナミスポーツクラブ)はどのようにとらえているのだろうか。聞いてみると、「考えていない」と話していた数年前とは違う答えが返ってきた。
「名前の付いた技は羨ましいですよ。僕も欲しい。僕が(白井)健三だったらもっと自慢するのに(笑)」
体操ファンの中ではよく知られたことだが、跳馬の「シライ/キムヒフン」は内村も以前に国内大会で成功させたことがあり、先に国際大会で使って申請していれば「ウチムラ」として認定されていたかもしれない。「今はそれどころじゃない」とリオデジャネイロ五輪に向けて現在の演技構成の精度を高めることに集中しているが、いずれ「ウチムラ」という名の新技ができる日が来ることは十分に期待できる。
新技に対しての世の中の関心度も上がっており、リオデジャネイロ五輪の後は、現在を超える新技誕生ブームが起こるかもしれない。「美しい体操」というベースにオリジナル技のフレッシュさ、華やかさが加われば、体操ニッポンはますます魅力を増していくはずだ。