【インタビュー】谷村新司<後編>何事においても「比べないこと」が、今を楽しく生きる秘訣
「日本が世界に誇る素晴らしい楽曲と歌を、音楽を次の世代に残したい」という想いが形になった番組『地球劇場』
インタビュー前編では“ライヴアーティスト”としての矜持を語ってくれた谷村新司だが、様々な活動でファンを飽きさせることなく引っ張っていき、さらに、日本が世界に誇る素晴らしい楽曲と歌を、音楽を次の世代に残していきたいという、彼の想いが形になった“音楽ドキュメンタリー番組”『地球劇場 ~100年後の君に聴かせたい歌~』(BS日テレ 毎月一回土曜日19時~2時間放送)が好評だ。番組では毎回ゲストのウタビト(アーティスト)とツタエビト・谷村による夢のコラボ―レーション「ドリームソング」が披露される。
2014年にスタートしたこの番組にはこれまで加山雄三、吉田拓郎、さだまさし、南こうせつ、五輪真弓、徳永英明他、70年~80年代を彩ったアーティストが登場し、数々の名曲を披露した。そんなゲストの中でも話題を集めたのが、2014年6月に出演した吉田拓郎だった。実は谷村と吉田は30年以上コラボレーションどころか、ほとんど会ったことがなかったという意外な関係だった。
生で撮るダイナミックスさと、緊張感をスタッフに感じてもらい、良質な音楽番組を続り続けたい
「拓郎は「谷村の歌、嫌いなんだよね」ってずっと言ってたので、なんで嫌いなのって聞いたら「(スケールが)でかすぎるんだよ」って。「なんか俺はわかんない」という感じのノリだった」と谷村自身も不思議がる関係だった。しかし吉田が番組の企画に惚れ込み、出演を快諾。吉田にして「俺がやるとしたら、こういう番組やりたかった」とまで言わせしめた。この言葉について谷村は「すごく嬉しい言葉でした。キャリアの長いスタッフもいますが、こういうに番組に初めて携わる若いスタッフも多くて、そういうスタッフたちにとっても本当に励みになる言葉です。今、テレビ局の音楽番組で、生演奏、生ボーカルで録れる技術がだんだんなくなっていて、カラオケや口パクが多いので生で撮るダイナミックスさと緊張感を知らないスタッフが多いんです。そういうことを、若いスタッフたちはこの番組で勉強しているんです」と、良質の音楽番組を残していく上で、スタッフの育成も大きなテーマだと考えている。
単なる音楽番組ではなく”音楽ドキュメンタリー番組”
もちろん音には徹底的にこだわっている。当然、収録後にゲスト側の担当者も同席してのトラックダウンを行っているが、しかし本番でいい音を作り出せないことにはトラックダウンでもうまくいくはずもなく、本番収録でのミックスがやはり重要になる。「そのままCDにできるくらいのクオリティだと思います」というレベルのものを作り出さなければいけない、そんな緊張感のある現場で、若いスタッフは鍛えられている。トークもこの番組の売りだ。谷村が作り出す雰囲気と話術に、ゲストはついついしゃべりすぎてしまうようだ。「普段はなかなか話せない事を、あの番組では皆さんが快く語ってくれる。音楽をやっている者同士だから喋れることって結構あるんです」。ちなみにこの番組では、リハーサルも含めて、ずっと4台のハンディカメラが回っていて「単なる歌番組ではなくて“ドキュメンタリー音楽番組”というタイトルをつけているのは、リハはもちろん、コラボする前の緊張感とか、裏側を全部観せるからです。初めて声を重ねる前の気持ち、歌い終わった直後の想いを聞かせてもらいます。だから、その日一日のドキュメントとして、本当に貴重な映像がいっぱいあります」と、他の音楽番組とは一線を画す“ドキュメンタリー音楽番組”だと強調する。
「アーティストが今、心を込めて歌ったフルコーラスを高音質で収録、アーカイブにして、100年後に残せるように」がポリシー
丁寧な番組作りゆえ、収録には丸一日かかるという。「スタッフも含めてみんな時間を忘れてのめり込んで、いい作品を創ろうとしているので、歌い手のみなさんも毎回その熱量につられてノッてくるとテンションがグッと上がって、思わずライヴさながらのパフォーマンスが飛び出す。そうやって場の空気を力にして、本番でグッとくるものをしっかり見せることができるというところが、やっぱりアーティストの凄さです。収録が終わると「本当に楽しかった!」って言いながら、皆さんニコニコして帰っていきます」。谷村とスタッフの熱意に、アーティストは最高のパフォーマンスで応え、その結果、素晴らしいコンテンツができあがる。これも全て「アーティストが今、心を込めて歌ったフルコーラスを高音質で収録、アーカイブにして、100年後に残せるように……というのが、番組スタッフも含めた僕らの想いなんです」という谷村とスタッフの共通認識が、全員にしっかり根付いているからだ。
そのこだわりの音を収めたアルバム『DREAM SONGS I[2014-2015]地球劇場~100年後の君に聴かせたい歌~』が3月30日に発売された。谷村×加山雄三「サライ」、谷村×吉田拓郎「襟裳岬」、谷村×さだまさし「案山子」、谷村×徳永英明「レイニーブルー」他、“コラボレーションDREAM SONG”が数多く収録されている。同名の映像作品も同発され、アルバムに入りきらなかったものと、厳選したトークを収録している。
「CD不況というけれど、これまでの波を考えると、またCDに揺れ戻しがくるかもしれない。そう信じ作品を出し続ける」
音楽シーンでは、CD不況が叫ばれて久しいが、谷村はCDにこだわり続けている。音楽配信が幅を利かせてきているこの状況も、キャリア44年選手の谷村からしてみれば、“想定内”ということになるようだ。「CDが売れすぎていた時代と比べるからいけない。あの頃はあの頃の社会状況があって、今は今の状況があるのでそうなっていくのは当然。PC、コンピュータも発達して、どんどん変わっていくのは当たり前。だからといって、今までやってきた形をすぐになくしてしまうのではなくて、そういう形で聴きたい人のためにちゃんと残しておく必要がある。あと5年くらい経ったら、もう1回CDの方に揺り戻しがくるかもしれない。これまでのことを考えたら当然の波です」と、レコード、CD、MD、音楽配信と、あらゆる音楽メディアの登場を経験し、対応してきたからこそわかることがある。谷村のファンの多くがCD世代ということもあり、これからもパッケージに愚直にこだわっていきたいという。それは体にいい音で聴いて欲しいという谷村の想いでもある。「今CDは、CDが登場した時のアナログ盤の感覚に近づいてきていると思いますが、僕は出し続けます。ダウンロードして、スマホやPCで聴いている人も多いのですが、そうするとエッジのすごく立ったデジタルな音がメインになってしまう。どちらにしても、バランスのとれた音を聴いていると、体も良い状態になると思うんです。それを心がけて『地球劇場~』のミックスをするときも、聴感上、低音部の質感は極力生に聴こえるように気をつけています。聴いていて心地良い音を目指す。ボーカル、歌声と合わせて考えると究極は音数の多いシンフォニーとのコラボ、そしてもう一つの究極としてはピアノ一本で歌うということがある。僕は幸いにも両方経験できたので、全体のバランスをとる為にバンドのツアーがあるんですね。3つのスタイルで、全く違う楽しみ方ができるって…贅沢ですよね(笑)」と、これからも体にいい音にこだわり、ファンに届けたいと考えている。
「ラジオは”粋”。これからまたラジオの時代がクる」
谷村といえばラジオの申し子と言っていいほど、これまで「セイ!ヤング」「青春キャンパス」「MBSヤングタウン」ほか、数多くの人気番組を抱え、ラジオには今も特別な感情を抱いている。「ラジオってこれからのメディアですよ。もうすぐまたキますよ、ラジオの時代が。ラジオを聴いていた世代のほうが、イマジネーション力が強いんです。テレビ世代は見たものが全てになっちゃう。でもラジオって言葉から映像を頭の中で想像して、言葉と結びつけないといけないんです。そういう意味でひとつ次元が高いんですよ。それが実は体にすごくいいんです。ラジオから「ごめんね、今日は裸で」って聴こえてきた瞬間に、えっ裸なんだ!って想像しますよね(笑)。これで脳が活性化されるんです。テレビだと洋服を着てそんなトークはできないので、野暮な世界です。でもラジオって粋なんです、遊べるので」とコミュニケーションが取れ、さらに聴き手の想像を掻き立てるイマジネーション力が自然につくラジオの大切さを語る。
「渋谷のラジオ」にCEOならぬOSA(長=おさ)として参加
そんな谷村を、ラジオ業界が放っておくはずもなく、4月1日に本放送がスタートした、注目のコミュニティラジオステーション「渋谷のラジオ」の立ち上げに参加している。「渋谷のラジオ」は、『風とロック』箭内道彦を理事長に、福山雅治らがファウンダーに名前を連ね、渋谷区の商店会連合会と連携恊働するメディアだ。様々なアーティストやタレント、文化人がパーソナリティを務める。中でも“ラジオの申し子”谷村の存在は、大きい。「“理事長”の箭内(道彦)さんにかかわってくださいと言われて、会社でいうとCEOみたいな感じでって言われましたが、でもピンとこなくて。そうしたら、長(おさ)はどうですか、OSAにしましょうって、新しいポジション作ってくれました。ああいう風にラジオを立ち上げようというムーブメント、素晴らしいですよね」と新しいスタイルのラジオへの参画を楽しんでいる。
今をどう楽しむかが大切。そのためには「比べない」こと
「毎日好奇心旺盛に楽しみながらやっているので元気ですよ」と穏やかに語るその姿は、今がまさに充実の時という感じで、エネルギーに満ち溢れている。何事においても「比べない」ことが楽しく生きる秘訣だという。「今をどう楽しむか。30年前は体力はあったけど、知識がない。でも年を重ねると知識が増えて、色々な事が見えてきて面白くなっていくという変化が人にはみんなある。だから比べることが一番意味のないこと」。心から、今という時を楽しみながら、その先に待っている45周年というひとつの節目をより楽しむために、今から色々な仕掛けを考えている。楽しみがありすぎて止まっていられない、そんな勢いとハッピーオーラを感じた。
<Profile>
1948年、大阪府生まれ。'71年アリス結成。「冬の稲妻」や「チャンピオン」などヒット曲を量産。81年アリス活動停止(のちに再開)。ソロ曲「昴」('80年)は国内のみならず海外でも愛される、代表曲に。積極的にライヴ活動を行い、海外公演も度々行う。2002年、日中国交正常化30周年を記念した音楽イベント(北京)、'05年愛知万博のポップスフェスティバルではプロデュースも手がける。中国・上海音楽学院のほか、東京音楽大学で教鞭をとる一方で、2012年からは、国内各地に出かけて自ら「校長」として、トークと音楽で子どもや父母らとふれ合うライヴイベント「ココロの学校」を行っている。2015年には、その長年に渡る活動の功績が認められ、紫綬褒章を受章。来年デビュー45周年を迎える。