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米国フェニックス映画祭でホロコースト生存者のドキュメンタリー映画上映

佐藤仁学術研究員・著述家

「周囲の人々の小さな優しさが私の命を救ってくれました」

米国アリゾナ州フェニックスで2021年8月にフェニックス映画祭が開催されていた。そのフェニックス映画祭でホロコースト生存者のルース・ラヴィナ氏のホロコーストの体験を語ったドキュメンタリー映画「An Inconvenient Time: The Story of Ruth Ravina」が出展されていた。デニー・クライン監督は「ラヴィナ氏のホロコースト時代の話を聞いて、若い世代に伝えるために映画にしないといけないと思いました。アリゾナ州だけでなく、全米のホロコースト教育で彼女のホロコースト時代の体験と記憶を学ぶことによって、ホロコーストやジェノサイドに対する意識を高めてほしいです。そして、将来の世代に伝えていってほしいです」と語っている。

ラヴィナ氏は1937年にポーランドで生まれた。そして2歳の時にナチスドイツがポーランドに侵攻してきて、ユダヤ人のあらゆる人権が奪われた。ラヴィナ氏は映画の中でも「ホロコーストの時代で、差別迫害されていましたが、それでも私たちを救ってくれた人々の優しさがありました。周囲の人々の小さな優しさの積み重ねが私の命を救ってくれました」と語っている。

ラヴィナ氏は戦後も学校やシナゴーグでホロコースト時代の体験を語ってきた。デジタル化された動画でも経験を伝えている。

アリゾナ州ではホロコースト教育が必須になっている。今まではラヴィナ氏は学校などで直接、学生らに語っていたが、現在ではオンライン学習としてZoomで学生たちにホロコースト時代の体験を伝えている。

▼ホロコースト生存者のルース・ラヴィナ氏

毎年制作されるホロコースト映画と記憶のデジタル化

ホロコーストを題材にした映画やドラマはほぼ毎年制作されている。今でも欧米では多くの人に観られているテーマで、多くの賞にノミネートもしている。日本では馴染みのないテーマなので収益にならないことや、残虐なシーンも多いことから配信されない映画やドラマも多い。今回の本編映像のようにたしかに見ていて気持ちよいものではない。

ホロコースト映画は史実を元にしたドキュメンタリーやノンフィクションなども多い。実在の人物でユダヤ人を工場で雇って結果としてユダヤ人を救ったシンドラー氏の話を元に制作され1994年に公開された『シンドラーのリスト』やユダヤ系ポーランド人のピアニスト、ウワディスワフ・シュピルマン氏の体験を元に2002年に公開された『戦場のピアニスト』などが有名だ。今回の「An Inconvenient Time: The Story of Ruth Ravina」もノンフィクションでこちらだ。史実を元にした映画は欧米やイスラエルではホロコースト教育の授業で視聴することも多い。

一方で、フィクションで明らかに「作り話」といったホロコーストを題材にしたドラマや映画も多い。1997年に公開された『ライフ・イズ・ビューティフル』や2008年に公開された『縞模様のパジャマの少年』などはホロコースト時代の収容所が舞台になっているが、明らかにフィクションであることがわかり、実話ではない。

戦後75年が経ち、ホロコースト生存者らの高齢化が進み、記憶も体力も衰退しており、当時の様子や真実を伝えられる人は近い将来にゼロになる。当時の記憶や経験を後世に伝えようとしてホロコースト生存者らの証言を動画や3Dなどで記録して保存している、いわゆる記憶のデジタル化は積極的に進められている。デジタル化された証言や動画は欧米やイスラエルではホロコースト教育の教材としても活用されている。

そしてホロコースト映画をクラスで視聴して議論やディベートなどを行ったり、レポートを書いている。そのためホロコースト映画の視聴には慣れてる人も多く、成人になってからもホロコースト映画を観に行くという人も多い。またホロコースト時代の差別や迫害から懸命に生きようとするユダヤ人から生きる勇気をもらえるという理由でホロコースト映画をよく見るという大人も多い。

そして世界中の多くの人にとってホロコーストは本や映画、ドラマの世界であり、当時の様子を再現してイメージ形成をしているのは映画やドラマである。その映画やドラマがノンフィクションかフィクションかに関係なく、人々は映像とストーリーの中からホロコーストの記憶を印象付けることになる。

Photo courtesy of Denny Klein
Photo courtesy of Denny Klein

学術研究員・著述家

グローバルガバナンスにおけるデジタルやメディアの果たす役割に関して研究。科学技術の発展とメディアの多様化によって世界は大きく進化してきました。それらが国際秩序をどう変化させたのか、また人間の行動と文化現象はどのように変容してきたのかを解明していきたいです。国際政治学(科学技術と戦争/平和・国家と人間の安全保障)歴史情報学(ホロコーストの記憶と表象のデジタル化)。修士(国際政治学)修士(社会デザイン学)。近著「情報通信アウトルック:ICTの浸透が変える未来」(NTT出版・共著)「情報通信アウトルック:ビッグデータが社会を変える」(同)「徹底研究!GAFA」(洋泉社・共著)など多数。

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