藤井聡太七段(17)公式戦30連勝を阻止された佐々木勇気七段(25)に雪辱 そして順位戦30勝1敗
6月25日。東京・将棋会館においてB級2組1回戦▲佐々木勇気七段(25歳)-△藤井聡太七段(17歳)戦がおこなわれました。
10時に始まった対局は23時19分に終局。結果は110手で藤井七段の勝ちとなりました。
藤井七段は3年前、佐々木七段に30連勝を阻止された雪辱を果たした格好となりました。これでB級2組も白星でスタート。順位戦通算成績は30勝1敗となりました。
番勝負を戦う4人が将棋会館に揃う
本局は藤井七段の30連勝を阻止した佐々木七段との対局という点でも注目されました。
藤井「大変強い相手なのでこちらもしっかりとした将棋が指したいと思っていました」
「以前の敗戦について思い出しましたか?」という問いには「それは特に」と答え、困ったような笑いを見せていました。
藤井七段が住んでいるのは愛知県瀬戸市。本局がおこなわれるのは東京・将棋会館。東京での対局の際には、前日までに東京にいないと間に合いません。藤井七段は一昨日、やはり将棋会館で王位戦挑決を戦ったばかり。東京にとどまったままでの中1日の対局は「連戦」と言ってよさそうです。
対局当日未明の4時51分、東京では震度3の地震がありました。
藤井「地震で目が覚めて(笑)ただ時間が5時前ぐらいだったので、少し、うとうとしながらという感じで」
ちなみに藤井七段は2012年、小4の時、文集に「最近関心があること」として「電王戦の結果、尖閣しょ島問題、南海トラフ地しん、名人戦の結果、げん発について」と答えています。また「将来の夢」については一番大きな字で「名人をこす」と書いています。
将棋会館の対局室には、すべて格がつけられています。もっとも格の高い特別対局室では、名人戦第3局▲豊島将之名人-△渡辺明三冠戦、1日目の対局がおこなわれていました。
特別対局室に次いで格の高い高雄の間では、2つの対局がおこなわれています。
窓側には竜王戦1組出場者決定戦(4位決定戦)▲永瀬拓矢二冠-△佐藤康光九段戦。勝者が竜王戦決勝トーナメント(本戦)に出場するという大きな一番です。
そして入口側が本局▲佐々木勇気七段-△藤井聡太七段戦です。
6月に入って多くの対局がおこなわれるようになり、現在は名人戦七番勝負、叡王戦七番勝負、棋聖戦五番勝負がおこなわれています。
今日の将棋会館にはそれらの番勝負をタイトな日程で戦う、現在もっとも忙しい4人、すなわち豊島竜王・名人、渡辺三冠、永瀬二冠、藤井七段が集結したことになります。
名人戦第3局は朝9時に始まりました。
一方、他の対局は10時に始まります。
佐々木-藤井戦の映像中継が始まるのは9時30分。藤井七段は早くもその前に対局室に入り、下座に着いていました。この早さは先日の王位戦挑決と同様です。
盤上の技術だけではなく、対局室に入るのが早いという点においても、藤井七段のしっかりした性格が表れているようです。
10時が定刻とは、10時までに対局室に入れば遅刻にはならない、ということです。定刻ギリギリに対局者が駆け込んできて、数分遅れて対局が始まるという光景はしばしば見られます。
しかし藤井七段が朝「ちこくちこくー」と駆け込んでくるシーンは、まだ誰も目にしたことがないと思われます。
9時47分頃、佐々木七段登場。こちらも余裕をもって、早めの入室です。佐々木七段は上座に着いたあと、かばんからお盆とグラスを取ります。どちらも将棋会館の備品にあるものですが、自分のものを持参するのが佐々木流です。
佐々木七段は目を閉じ、紺無地の扇子でしばらくあおぎます。そしてペットボトルからグラスに水をそそぎ、白いマスクを口元からずらして、水を一口飲みます。
上位者である佐々木七段が「王将」、下位者の藤井七段が「玉将」をもって所定の位置に置きます。駒を並べ始め終わった後は、両者ともに黙坐。順位戦の先後は抽選時にあらかじめ決められているため、振り駒はありません。
「それでは時間になりましたので、佐々木先生の先手番でお願いします」
定刻10時、両者一礼して、対局が始まりました。
藤井七段、角換わりの課題図を突きつける
佐々木七段は初手、飛車先の歩を突きます。3年前の▲佐々木五段-△藤井四段戦では、佐々木五段先手で相掛かりでした。
藤井七段はグラスから冷たいお茶を飲んだ後、やはり飛車先の歩を一つ進めます。相手がどう来ようとも、後手番の際には必ずこう指すのが藤井王道流です。
本局で佐々木七段が選んだ作戦は、相掛かりではなく角換わりでした。そして腰掛銀へと進みます。
佐々木七段は端9筋の歩を突き越せる形となりました。そして今期名人戦第1局▲豊島名人-△渡辺三冠戦と同じ進行となります。
名人戦では、渡辺三冠は△3一玉と深く囲いました。一方で藤井七段はバランス重視で△5二玉と中央へと構えます。
45手目。佐々木七段が腰掛銀にかまえたところで、昼食休憩に入りました。
藤井七段は昼休みの少しの時間、隣室でおこなわれている名人戦の盤面をのぞきにいっていたようです。
藤井七段は本日の対局から中2日、渡辺棋聖(三冠)は明日に終わる名人戦第3局から中1日をおいて、28日に棋聖戦第2局を戦います。
12時40分、再開。中段で本格的な戦いが始まり、ここから局面は大きく動きます。
藤井「常に玉が薄いまま戦いになっていたんで・・・。一局を通して非常に判断が難しい将棋だったな、と思います。ずっとわからなかったです」
佐々木「藤井さんの課題図(△5二玉)っていうのを突きつけられた格好で・・・。それをこちらの研究で対応するという将棋だったんですけど・・・。うーん、ちょっと本譜、途中で研究がはずれてから、読みにない手が多く指されて」
「不撓」の棋士の系譜
14時頃、ABEMAの中継では藤井七段が扇子を開いている様子が映されました。そこに書かれている文字は「不撓不屈」。師匠の杉本昌隆八段の揮毫でした。
杉本八段と藤井七段は、竜王戦では3組、順位戦ではB級2組と、同じクラスに所属しています。
竜王戦では師弟がそろって勝ち進み、決勝で相まみえるという劇的な展開となりました。
B級2組順位戦では、師弟は対局しません。
杉本八段は前日おこなわれたB級2組1回戦で野月浩貴八段に勝ち、幸先よいスタートを飾っています。順位戦では師弟の直接対決はないものの、一昨年のC級1組順位戦のように、師弟が昇級を争うという展開は十分に考えられます。
杉本八段揮毫の「不撓不屈」の扇子は、かつて里見香奈女流四冠が藤井七段との対局の際にも手にしていました。
木村一基王位は「百折不撓」とよく揮毫します。「不撓」とは、粘り強い杉本八段、木村王位の棋風とともに、その生き様をよく表している言葉と思われます。
その木村王位に、藤井七段は挑むことになりました。
藤井七段、佐々木七段に読み勝つ
佐々木七段は▲4四飛と攻めの主力の飛車を前線に振り回し、銀桂交換の駒得の戦果を得ました。
一方、藤井七段はその飛車を△4三歩で追い返し、さらに飛車取りで△1三角とカウンターを放ちます。
佐々木七段は飛車をどこに逃げるか。
18時、佐々木七段の手番で夕食休憩に入りました。名人戦は豊島名人が優位に立ち、1日目の対局が終わっています。
18時40分、対局再開。65手目、佐々木七段が飛車を一段目まで引いて逃げ、夜戦が始まりました。
佐々木「(64手目)△1三角▲2九飛△3六歩あたりから読みのない手を多く指されていて・・・。うーん・・・。そうですね、いやなんか新しい感覚というか・・・。▲4四飛に△4三歩っていう組み立ても気づかなかったですし」
70手目。藤井七段はがつんと佐々木陣三段目に銀を打ち込みます。このタイミングで決行するのは怖いようにも見えます。しかし読みに読んで、いけると判断したのでしょう。
対して佐々木七段も藤井陣二段目に銀を打ちます。どちらも飛車取り。そして互いに飛車を取り合って、一気に勝敗不明の終盤戦に突入しました。
映像には盤におおいかぶさるように、しきりと佐々木七段の頭が映ります。思わず前傾姿勢となってしまうのでしょう。
一手争いの寄せ合い。先に飛車を打ち込んで相手玉に迫る形を作ったのは、藤井七段でした。
80手目。藤井七段は佐々木陣の重要な守備駒である銀を桂で取って迫ります。持ち時間6時間のうち、残り時間は佐々木49分。藤井24分。形勢は藤井七段優勢ではっきりしてきたようです。
佐々木七段はここで時間を使って考えます。
隣でおこなわれている竜王戦1組4位決定戦▲永瀬二冠-△佐藤康光九段戦(持ち時間各5時間)からは、記録係の秒読みの声も聞こえてきます。ちょうどこの時、永瀬二冠は持ち時間5時間を使い切って、一分将棋に入っていました。
佐々木七段は16分を使い、藤井七段の成桂を金で取りました。
対して藤井七段は寄せの網をしぼっていきます。形勢は藤井七段がよさそうです。しかし勝ちまで読み切るとなれば、そう簡単でもなさそうに見えます。
藤井七段が見せた攻防の手順は、なんとも複雑なものでした。読みが入っていなければ指せない順のようにも見えます。しかし残り時間はほとんどない。そんな切迫した状況の中で、藤井七段は恐ろしく早く正確に読み進めていきます。
佐々木七段は何度も読みにない手を指されたと振り返っています。
佐々木「特に終盤、余されて負けるとは思いませんでした。詰むか詰まないか、ギリギリの勝負だなと思ってたんですけど、そこに踏み込んで・・・。勝ちか負けかわからなかったところ、ああいうふうに指されるんだな、っていうのが印象的でした」
佐々木七段は一手の余裕を得て、藤井玉に詰めろをかけます。
96手目。藤井七段は歩頭に桂を打ち捨て、遊んでいた角を世に出しながら王手をかけます。そしてまた、自陣に手を入れて受けます。
6時間の持ち時間を使い切り、先に一分将棋となったのは佐々木七段でした。
103手目。佐々木七段は藤井陣の桂頭に歩を打ちます。この瞬間、佐々木玉には二十手近い詰みが生じています。
藤井七段の残り時間は8分あります。しかし藤井七段はほとんど時間を使わずに、銀を打って王手をかけました。
108手目。藤井七段は三段目に桂を打って、一段目の佐々木玉に王手をかけます。
佐々木七段は身体を右に傾け、右手にハンカチを持ち、そこにあごをのせて、藤井七段が打った桂を見つめていました。
そして気を取り直したように玉を一つ右に寄せます。
藤井七段はグラスを手にして、お茶を飲みました。
そして110手目。藤井七段はもう一枚の桂を横に並べ、佐々木玉に王手をかけました。この桂を金で取らせ、あとは強力な龍(成り飛車)でぐるぐると玉を追いかけていけば、きれいに詰みとなります。
「30秒」
記録係の秒読みの中で、佐々木七段はずっとはずしていた白いマスクをつけました。
「40秒」
佐々木七段は盤面は見ず、しばしうつむきました。
「50秒、1」
佐々木七段は駒台に右手を乗せ、投了の意思を示しました。藤井七段は深く頭を下げ、22時43分、対局が終わりました。
藤井七段は3年前に29連勝で止められ、30連勝を阻止された雪辱を果たす形で、佐々木七段に勝利。B級2組でも好スタートを切りました。そして順位戦の通算成績は驚異の30勝1敗となりました。
藤井「いいスタートが切れたので、第2戦以降も一局一局がんばりたいと思います」
藤井七段はこの先、棋聖戦、王位戦とタイトル戦が続きます。
藤井「立て続けに対局があるので、状態を崩さないようにしたいなと思います」
一方の佐々木七段。
佐々木「6時間の将棋を一生懸命考えて、時間も使い切りましたし、一局通して成長できる部分はあったのかなと思うので。切り替えてがんばりたいと思います」
本局の隣でおこなわれていた▲永瀬二冠-△佐藤康光九段戦は22時43分、佐藤九段の勝ちとなりました。将棋連盟会長の激務をこなしながら、充実著しい二冠に勝つとは、恐るべき底力と言うよりありません。
佐々木七段と藤井七段はまた竜王戦でも対戦する可能性があります。そしてこの先もまた、何度も対戦することになるのでしょう。