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テレビ離れに歯止めをかけたいNHKが、よるドラ「だから私は推しました」の若手演出家に課したミッション

木俣冬フリーライター/インタビュアー/ノベライズ職人
よるドラ「だから私は推しました」より 写真提供:NHK

よるドラ「だから私は推しました」(NHK 土よる10時)はテレビ離れが進む若年層に向けた“よるドラ”第3弾。これまで、ゾンビもの「ゾンビが来たから人生見つめなおした件」、LGBTの恋愛を描いた「腐女子、ゲイに告(コク)る。」が放送され話題になった。

続く「だから私は推しました」は過去と現在が行ったり来たり。主人公(桜井ユキ)が地下アイドルにハマって、「推し」のいる喜び、仲間との友情などを謳歌していると思いきや、一転、警察で取り調べを受けている場面に。彼女はいったいなぜ警察に……。単なるアイドルオタク物語ではなくサスペンス性もある異色のドラマ。アイドルという光と犯罪という闇の差異が強烈。最終回前の7話では、主人公が巻き込まれた事件の内容がかなり明らかになった。そして9月14日、いよいよ最終回。 

サスペンス性を押し出そうと提案したのは、大阪局(当時)のチーフ演出・保坂慶太さん。NHKでは大河ドラマ「真田丸」や朝ドラ「わろてんか」、「まんぷく」などの演出を何本か担当し、今回、初チーフ演出に抜擢された。

オーソドックスな見せ方の多い朝ドラや大河のなかで、個性が目立つ演出を行ってきた保坂さんが「だから私は推しました」では「トガッてくれ」と課されたという。のびのび本領発揮できる場でトライしたこととこれからのドラマへのビジョンを聞いた。

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安藤サクラがカメオ出演したわけ

Q:「だから私は推しました」に安藤サクラさんがゲスト出演されていたのは、保坂さんが「まんぷく」の演出をやっていたご縁ですか。

保坂「『まんぷく』の撮影が終わる頃、僕はすでに『だから私は推しました』に着手し始めていて、それを知った安藤さんが『カメオ出演したい』と言ってくださったんです。それで、ふさわしい役はないかと台本を探ったところ、事件の目撃者の役がほんの少しの出番だけど、キーマンになるので、やっていただけないかと相談しました」

主役クラスの俳優が、一緒に仕事をした若手の演出の初チーフ演出作品に出てくれるというのは信頼関係がちゃんとできていたのだと想像する。保坂さんの演出には私も以前から注目していて、今回『だから私は推しました』ではその保坂演出の可能性がたくさん出たドラマになっていた。

上から「トガッてね」と言われた

Q:ほぼオールロケだったり、360度カメラを使用したり、カット割りが細かったり、ざらついた画面など、ビジュアル面が凝っているのは、“よるドラ”という枠の性質かとも思いますが、NHKのドラマの演出の基本は、演出に凝るのでなくて俳優の芝居をしっかりじっくり撮るものと聞いたことがあるんです。ところが保坂さんが担当された『まんぷく』や『わろてんか』を見ていると保坂さんの個性がすぐにわかる。芝居はしっかり撮りつつ、見た目の面白さとかちょっとした工夫を凝らしている。意識してやっているのでしょうか。

保坂「ただ、単純に、こうやったら面白いだろうと思うことをやっているだけです(笑)演出の存在が出ることは意識していません。撮影機材の選択や撮影システムなどはある程度、その番組の方針があって、それにはのっとっています」

Q:それこそ朝ドラなどは月から土まで放送されているものだからシステマチックに撮っていかないと間に合わない状況で、そこに若手の演出が参加したとき、時間的な余裕があるから実験もできるのだろうかとも思ったのですが。

保坂「時間は誰にも均等で、むしろ、撮影後半に行けば行くほど、時間はなくなっていきます。朝ドラの場合、若手演出の登板は中盤から後半が多いんですね。序盤はロケに行くことも多いですが、後半はセットでの撮影中心で、時間もタイトになってきますから、その中でどうやってやるか試されるようなもので。役者さんやスタッフたちの、新しく入ってきた人がどんなふうに演出するのか?という期待や好奇の視線にさらされます。とりわけ、それまで助監督として近いところでコミュニケーションをしてきた者が、いざ、演出をやるときに、その人はどんなことをやるんだろうという興味は多分、皆さん持たれるもので。少なくとも僕の場合、そこに多少なりとも応えようとはしていたかもしれません。そもそも誰かと同じことをやってもしょうがないとは思ってはいます。ただ、それが一番ではありません。とにかく面白くしたい一心で。『だから私は推しました』は特にそうでしたし、やるにあたって、上から『とにかくトガッてね』と言われました。守りに入るなってことだと勝手に解釈しました。これ、1人だけじゃなくて、3~4人から言われたんですよ(笑)」

Q:結果、自由にやりたいことができましたか。

保坂「比較的、好き放題やらせてもらったと思っています。何か言われたとしても、“トガれと言われたので”、といつでも反論できると思っていましたから(笑)。ただ、トガるといっても奇をてらうのではなく、あくまでも自分が試したことのない新しい表現を模索するということを意識しました。結局トライしないと分からないことはあって、やったことで学んだことは多く、やっていてすごく面白かったです」

Q:トガるためにどのようなことをトライされましたか。

保坂「例えばテクニカルな面で言うと、LOGという形式で収録しました。よるドラの予算規模では考えにくい選択肢なのですが、今回は映像のルックにこだわりたかったので。これによって、撮影中も撮影後も手間は増えてしまうのですが、色補正の自由度を上げることができるんです。詳しくは、番組の公式ホームページで、編集の藤代雄一朗さんが説明してくれています。ちなみに、藤代さんはミュージックビデオやCMを主戦場として活躍されている映像ディレクターなのですが、彼に参加してもらうことも一つのトライではありました。同じ映像を扱う仕事とはいえ、MVやCM業界とTVドラマでは考え方が違うことが多々あり、藤代さんからすると戸惑う場面もあったと思います。ただ、これは彼の人柄とスキルが成せることだったのですが、非常にうまく順応して、一人のディレクターとして色んな提案をしてくれました。彼がいなければ今回のドラマは全く違うものになっていたと思います。スタッフィングでいうと、2番手の演出を担当した姜暎樹も、ドラマ畑ではなくて『バリバラ』(Eテレ)のディレクターでした。化学反応というと大袈裟かもしれませんが、何か新しいものが生まれることを期待して誘いました。他にも細かいことでいうと、物事をあえて分かりやすくしすぎないとか、編集リズムとか音の使い方とか、正直あまり気付かれないような部分だと思いますが色々試しました」

NHKに求められていることをドラマに込めた

Q:保坂さんはNHKにドラマが作りたくて入られたのですか。

保坂「最初はドキュメント志望でした。入局して5年は新潟局でいわゆる情報番組や歌番組、高校野球の地方大会の中継などを担当し、そこでドキュメンタリーでも物語性が必要だということを口酸っぱく上司や先輩から言われました。それならストーリーテリングを極めるためにもドラマを作るべきだと考えはじめたとき、土曜ドラマ『ハゲタカ』や『外事警察』、名古屋制作の『リミット 刑事の現場2』などが放送されていて、ああいう骨太の社会派ドラマに魅力を感じていました」

Q:今回も社会派な気配もあります。アイドルオタクの話にサスペンス軸を加えたいという案は保坂さん発だと伺いました。

保坂「僕がこの企画に最初に誘われた時は地下アイドルと女性のオタクというモチーフしか決まっていない状態でした。僕自身はこの世界のことをあまり知らなかったので、プロデューサーから幾つかマンガを紹介してもらったのですが、正直あまり興味を持てなかったんです。地下アイドルを追いかけるオタクを描こうとすると、地下アイドルの世界やアイドルとオタクの関係性が素敵だという美談だけで終わりかねない。でもそれだけじゃない、現実に起こっているアイドルを取り巻くいろんな事件や問題に向き合うことこそ、ある意味、NHKに求められていることなのではないかと思いました。光の部分と闇の両面を真摯に描きたいと脚本の森下佳子さんにお願いしました」

 

Q:“よるドラ”のように若者をターゲットにしたドラマにもトライしはじめているNHKでドラマを作ることについてどう感じていますか。

保坂「どんどんトガりなさい、という枠で演出を担当できたことはラッキーだったと思います。若手で熱い想いを持ったディレクターは沢山いるので、そう言った人たちが皆この枠で好き放題やったら面白いだろうなとも思います。ちなみに、『だから私は推しました』で一番意見を求められるのは、若いスタッフだったんです。ベテランではなく、20代の意見こそ重要だと。現場でも、”それって昭和の発想ですよね? 今は令和ですよ?”と言った具合で冗談めいて若手がベテランに物申すといったことが普通にあって、面白かったです」

と、ここで、保坂さんが「せっかくなので、放送ではクレジットされていないスタッフを紹介させてください!」と切り出した。

「今回、“今”の地下アイドルの世界をちゃんと描写していることを評価していただいているのは、姫乃たまさんが監修してくださっているおかげもありますが、同時に、演出・制作スタッフや美術スタッフが熱心にリサーチしてくれてこそのリアリティーなんです」

「だから私は推しました」を面白くしたのはスタッフ力

以下は、「だから私は推しました」の情報量を増やし、面白くした主要スタッフの、保坂さんによる紹介コメントだ。

演出部/石川慎一郎

「入局3年目の若手。劇中で使われたスマホやPC画面の中身は全て彼の演出です。架空の動画配信サービス『ショーケース』に『ねほりんぱほりん』(Eテレ)のキャラがいたりする小ネタは彼のアイデアです。サニーサイドアップの3曲目「ただいまミライ」のミュージックビデオの演出も担当しました」

演出部/諸正義彦

「夜な夜なライブハウスに通い、地下アイドルとオタクの方々を徹底リサーチ。サニーサイドアップの曲のコールや口上も彼が中心となって作っています。視聴者の皆さんからは、現場の描写がリアル!という声をたくさん頂きましたが、彼の働きが大きかったんです」

演出部/松岡一史

「『まんぷく』では助監督だけでなく、演出も担当。現場の空気づくりが素晴らしく、出演者の方々から絶大なる信頼を勝ち得ていました。 演出することもできる助監督が現場にいるというのはとても心強く、半分は彼が演出してくれていたようなもんなんです」

制作部/木村晴治、本田良太

「ロケする場所をすべて見つけてくれたスタッフです。今回のドラマは場面転換が多くてロケ現場も多いんです。よるドラはスタッフの人数が少ない方なので一つ一つの現場を探すのは大変だったはずなんですが、”階段”というモチーフにこだわったり、リアリティにこだわってロケハンしてくれました」

美術:伴内絵里子 

美術進行/村田好隆 

装飾/澤田美奈子・和田紗千代・古城未来  

衣装/境野未希・友重恵巳  

メイク/花田愛奈・此池祥子  

持ち道具/楠正由貴  

「伴内は実際にドルオタで、例えば愛の部屋の中にアイドル関連の小ネタを色々仕込んでくれました。タイトルのロゴも彼女が作ったのですが、”推す”と”押す”のダブルミーニングを表現してほしいとオーダーしたところ、見事にデザインしてくれました。監禁部屋を卵パックで覆うというのも彼女のアイディアです。また、進行や装飾メンバーに関しては、それぞれ3人分くらい働いてくれて。キャラクターを補完するような飾りをしてくれるので、世界観がどんどん豊かになっていくんです。衣装メイク持ち道具という扮装に関わるスタッフは、サニーサイドアップの成長ぶりや愛のオタク化を繊細に表現してくれました。オタクが着るオタTもバリエーション豊かにかなりの数を手作りで用意してくれました」

保坂さんは「スタッフの仕事によって、逆にこっちが撮らされている感じがします」と言う。

「例えば、第4回のハナの部屋で、布団の脇に、愛と撮ったチェキや愛からもらったであろう封筒みたいなものが、壁にペタペタ貼ってあって。ハナちゃんも、愛との関係性をそれだけ大事にしているんだっていう気持ちがその飾りだけで一発で分かる。元々の“カット割り”では部屋の全景とハナちゃんの1ショットだけの予定だったのが、そういう飾りも細かく撮っていくことになる。ドラマを見てくれている人は、そういうところに反応してくれるんですよね」

Q:何のどこを撮るか、そのセンスが視聴者の心を掴むんですよね。

保坂「“神は細部に宿る”っていうところの、細部を、ほんと丁寧にやってくれている人たちがいるし、僕らもそれを信じてやり続けたいと思います。ドラマのなかで、地下アイドルの情熱につけこんだやりがい搾取問題も描かれていますが、『だから私は推しました』もスポットライトの当たらない人たちの情熱で何とか乗り切れたんですよ。搾取はしてないですけど。スタッフそれぞれが新しいチャレンジングなことに対して前向きでした。彼らのおかげで、BK(大阪局のコールサイン「JOBK」の略称)クオリティーがあるんです。『BKの底力』っていうことがよく言われたりするんですけど、現場で『よし、BKの底力の見せどころだ』みたいなことを助監督の松岡さんが言って、それで、現場がひとつになるんですよ。明らかに難しいカメラワークだったとしても、誰も文句を言わず、逆に挑戦することを楽しむ空気がありました。主演の桜井さんが難易度の高い撮影を楽しんでくれていたお陰だと思っています。技術的に難しいことをやっているとNGテイクを重ねてしまう事もあって、演じる側からすると嫌になっても不思議ではないんですが、キャストの皆さん全員が前向きに捉えてくれていたからこそ実現できたカットがいくつもありました」

Q:ドラマの細かいスタッフ名が朝ドラや大河ドラマのムック本にしか載ってなかったりして残念だと思うことがあります。「ゾンビが来たから人生見つめ直した件」では、公式サイトにスタッフがたくさん掲載されていて、それはすごくいいことだとツイートしたことがあります。「だから私は推しました」も公式サイトのクレジットが細かいです。ただ、ドラマ内のスタッフクレジットの出方はものすごくあっさりしていますよね。演出家もまとめて下のほうに書いてある。

保坂「演出だけは最後に単独で1枚出したらと言ってくれた人もいましたが、あえてまとめてしまいました。そもそもテロップする間尺があまりなくて(笑)。僕は、ドラマは総合力で、技術、美術、音響、俳優、演出、この5つが、脚本の筋と、ちゃんとマッチして能力を発揮したときに、感動するものができると思っています。総合力というところでの勝負で言うと、『だから私は推しました』は一丸となって戦えたんじゃないかと自負しています」

NHKの保坂慶太さん 熱い方でした
NHKの保坂慶太さん 熱い方でした

保坂さんの演出は本人も言うように、奇をてらっただけではない。伝えたいことを適切に伝えようという熱が画面から伝わってくるのだ。美術や小道具、音響などがテレビを見ていて気になるのは、関わった人の熱に反応するからだと私は思っている。その熱が視聴者を捉えて離さなくなる。例えば、私が保坂さんの演出に気を留めたのは、「わろてんか」で北村有起哉さんが演じる落語家が扇子を使って心情を表現するところ。扇子という小道具が効果的に見えた。また、主人公の住む長屋がある路地のセットに登場人物を配置するセンスも感じた。少しでも印象に残る画を撮ろうとしているように。「まんぷく」でも音を使ってリズミカルに物語を進行させていた。企画やストーリーももちろん重要だが、結局は人と人。テレビ離れに対抗するのはそれしかないのではないか。作っている人と視ている人とが反応して熱が上がっていく、そんなドラマを作り続けてほしい。

よるドラ「だから私は推しました」

最終回 9月14日(土) 総合 よる11時30分から11時59分

作:森下佳子

音楽:蔡忠浩(bonobos)

劇中歌「おちゃのこサニサイ」「サイリウム・プラネット」「ただいまミライ」(作詞・作曲DogP)

出演:桜井ユキ 白石聖 細田善彦 松田るか 笠原秀幸 田中珠里 松川星 天木じゅん 川並淳一 榎田貴斗 小原滉平 篠原真衣 土井玲奈 / 澤部佑 村杉蝉之介 ほか

NHK大阪局の壁面 撮影:筆者
NHK大阪局の壁面 撮影:筆者
フリーライター/インタビュアー/ノベライズ職人

角川書店(現KADOKAWA)で書籍編集、TBSドラマのウェブディレクター、映画や演劇のパンフレット編集などの経験を生かし、ドラマ、映画、演劇、アニメ、漫画など文化、芸術、娯楽に関する原稿、ノベライズなどを手がける。日本ペンクラブ会員。 著書『ネットと朝ドラ』『みんなの朝ドラ』『ケイゾク、SPEC、カイドク』『挑戦者たち トップアクターズ・ルポルタージュ』、ノベライズ『連続テレビ小説 なつぞら』『小説嵐電』『ちょっと思い出しただけ』『大河ドラマ どうする家康』ほか、『堤幸彦  堤っ』『庵野秀明のフタリシバイ』『蜷川幸雄 身体的物語論』の企画構成、『宮村優子 アスカライソジ」構成などがある

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