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ラキティッチのサイドチェンジは美しい。クロアチアがイングランドを下し決勝進出

杉山茂樹スポーツライター
モドリッチとともにクロアチアの中盤をリードするラキティッチ(写真:長田洋平/アフロスポーツ)

 クロアチアとイングランド。英国のブックメーカー各社の優勝予想では、ベスト4が出そろった時点で、イングランドが2番手で、クロアチアは4番手だった。1番手はフランスで、3番手はベルギーだが、英国ブックメーカーは常にイングランドには甘めな予想になる。

 クロアチアは、前のロシア戦(準々決勝)では、延長PK戦を戦っていた。90分の試合でスウェーデンに完勝したイングランドに、疲労度で上回っていたことは確かながら、潜在能力では上をいく。イングランドが3番手でクロアチアが4番手なら辛うじて納得できるが、2番手と4番手というのは身びいきが過ぎるだろう。

 だが、試合はブックメーカーの見立て通りにスタートした。開始早々の3分、クロアチアは、ルカ・モドリッチがデレ・アリを後ろから倒し、ゴール正面でFKのチャンスをイングランドに与えてしまう。何を隠そうこのシーン、記者席に座るこちらには、キッカーであるキーラン・トリッピアーがボールをセットし、クロアチアの壁ができた段階で、ゴールが決まりそうな気配が伝わってきた。

 GKダニエル・スバシッチは、シュートが意外な方向に飛んでいるわけでもないのに、反応が遅れた。トリッピアーの右足のインフロントから放たれたボールは、壁を越えるやあっさりとネットに吸い込まれた。

 クロアチアはイングランドにゴールを奪われたというより、許したという印象だ。「試合の入りが悪かった」という言い回しがあるが、まさにそれ。身体が温まっていないなかでの失態で、精神的なノリという点で、クロアチアはイングランドに劣った。

 間の悪いプレーはその後も続く。だが、両軍選手の力量を比較すれば、これで試合は面白くなったという見方もできた。

 クロアチアに対して楽観的になれる理由のひとつに、シメ・ブルサリコが無事、先発を飾ったことにある。前戦、ロシア戦の延長戦で負傷退場したアトレティコ・マドリード所属の右SBだ。この選手の出場が可能か否か。個人的には、出場が叶えば、クロアチアは勝利を収めるだろうと予想していた。

 クロアチアといえば、1にルカ・モドリッチ、2にイヴァン・ラキティッチがくる。レアル・マドリードとバルサを支える中盤選手に目はまず向く。FWに目を転じれば、マリオ・マンジュキッチもビッグネームだ。だが、クロアチアサッカーの今日性を語ろうとすれば、ブルサリコこそ外せない選手になる。「SBが活躍したほうが勝つ」と言われる時代に相応しい、勝利の切り札となる選手だ。

 前半はもたつきが目立ったクロアチアだが、後半に入ると力量差を見せつけるようになっていく。65分には、正面からイヴァン・ペリシッチ(4-2-3-1の3の左)がイングランドゴールを強襲。その背後に控えるクロアチアサポーターを勇気づける一撃を放っていた。

 ブルサリコのプレーはその3分後だった。右からのクロスで、ペリシッチの同点ゴールをアシストしたのだ。5バックで構えるイングランドの右センターバック、カイル・ウォーカーのポジショニングのミスを誘うクロスだった。決めたペリシッチは、もちろん褒められるべきだが、満を持してクロスを上げたブルサリコも、得点に関係した重要人物として外すわけにはいかない。

 しかし、このクロアチアの同点ゴールのシーンで、最もイングランドにダメージを与えたプレーは何かと言えば、ブルサリコが送ったクロスのひとつ前のプレーである。その直前までボールは、クロアチアの左サイドにあった。中央から左に展開されていった。そのボールがどうして、右の大外で構えるブルサリコの下へ移動したか。

 ラキティッチの右足から放たれたサイドチェンジにある。ブルサリコまでの距離は50m以上。彼はこれを寸分の狂いもなく決めた。そのキックの鮮やかさに酔いしれている間に、ボールはブルサリコ、ペリシッチと渡り、クロアチアの同点ゴールが生まれた。

 現代サッカーのサイドチェンジとは、かくあるべしと力説したくなる、イングランドDF陣に態勢を整える余裕を与えないサイドチェンジ。スピード感溢れる、美しくも芸術的な必殺のキックだった。”ジャパンズウェイ”などと言われている現行の日本式パスサッカーに、このラキティッチのキックはおおよそ存在しない。学習すべき技量であることは言うまでもない。

 同点ゴールを浴びたイングランドに落胆の色が見えるなか、クロアチアは攻勢をかける。74分には、ペリシッチが右ポスト直撃弾を放つ。83分は、マンジュキッチの胸トラップ&シュートがGK正面を突く。その1分後にも、ペリシッチが惜しいシュートを外していた。

 90分間で、決定的なパンチを奪えなかったクロアチアは、決勝トーナメントに入り3戦連続して延長戦を戦うことになった。体力的に大丈夫なのか。実際、延長に入ると、ダウン寸前だったイングランドが少し息を吹き返す。不安が過ぎった。

 特段こちらは、クロアチアのサポーターというわけではない。これはイングランドに勝たれることへの不安である。W杯の決勝を戦うに相応しい技量が彼らにはなかった。あるのは身体のキレと、精神的なノリだ。時間がたつにつれ、イングランドのプレーはかなり稚拙になっていた。決勝で再び見るには厳しいレベルにまで下がっていた。

 それでもサッカーは点が入りにくいスポーツだ。このまま1-1で終了し、PK戦にもつれ込む可能性はけっして低くない。

 しかもクロアチアは、イングランドに疲労度で上回っている、ハズだった。ところが、クロアチアはバテなかった。むしろイングランド以上にボールと相手を追いかけた。このときの気温、22度。ロシアの気候も、勝ち味の遅いクロアチアの追い風になっていた。

 マンジュキッチの決勝ゴールはそうしたなかで生まれた。交代で出場していた左SBのヨシプ・ピバリッチが入れたクロスを、ウォーカーがクリア。それがほぼ真上にハネ上がったところを、この日、大活躍のペリシッチがバックヘッドでゴール前に流すと、そこにDFの裏を取ったマンジュキッチが現れた。

 決勝のカードが、フランス対クロアチアに決まったと言っていい瞬間だった。マンジュキッチの左足が炸裂。思いのほか長くなった試合にピリオドが打たれた。

 クロアチアにとっては初の決勝進出になる。人口は約440万人。過去に決勝に出た国の中では、ウルグアイ(約340万人)に次ぐ小国だ。決勝でフランスという大国を下せば、これ以上の痛快劇はない。

(集英社 webSportiva 7月12日掲載原稿 「クロアチアのサイドチェンジは美しい。イングランドを下し決勝進出」に加筆)

スポーツライター

スポーツライター、スタジアム評論家。静岡県出身。大学卒業後、取材活動をスタート。得意分野はサッカーで、FIFAW杯取材は、プレスパス所有者として2022年カタール大会で11回連続となる。五輪も夏冬併せ9度取材。モットーは「サッカーらしさ」の追求。著書に「ドーハ以後」(文藝春秋)、「4−2−3−1」「バルサ対マンU」(光文社)、「3−4−3」(集英社)、日本サッカー偏差値52(じっぴコンパクト新書)、「『負け』に向き合う勇気」(星海社新書)、「監督図鑑」(廣済堂出版)など。最新刊は、SOCCER GAME EVIDENCE 「36.4%のゴールはサイドから生まれる」(実業之日本社)

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