新国立競技場の労働者の権利は守られているか。IOCとソチ冬季オリンピック・パラリンピックから考える。
2020年東京五輪・パラリンピックのメイン会場となる新国立競技場の工事に従事していた建設会社の男性社員が自殺したという。ご冥福をお祈りしたい。複数の報道によると、月200時間ほどの時間外労働を強いられたことが原因だとして、両親が上野労働基準監督署に労災申請したそうだ。
新国立競技場は総工費が膨らんだことが批判され、15年7月に白紙撤回された。そのために工事は当初予定より大幅に遅れてスタート。2020年大会の準備を急ピッチで進めるため、無理な時間外労働が強いられていたのだろう。
オリンピック・パラリンピックのために労働者が踏みにじられたのは、日本だけではない。
6月14日付けのニューヨークタイムズ紙によると、2014年にロシアのソチで開催された冬季五輪・パラリンピックでは工事に従事した70人の労働者が亡くなっているという。2016年のリオ五輪・パラリンピックでは13人、2008年の北京オリンピンク・パラリンピックでは6人が亡くなった。2012年のロンドン五輪・パラリンピックのオリンピックパーク工事中に亡くなった労働者はいなかったそうだ。
米国ニューヨークに拠点を置く人権擁護組織の「ヒューマン・ライツ・ウォッチ」が、70人の死亡者を出したソチオリンピック・パラリンピックに関連する工事について調査したところ、ロシア国内外からの労働者の権利が侵害されていたことが分かった。また、安全性に配慮されないまま、作業を強いられていたことが死亡事故につながっていたとしている。
同組織が2013年2月に発表した報告書には、労働者がどのように権利を侵害されていたかのが綴られている。給与の未払いや給与支払いの大幅な遅れ。雇用契約書や契約書のコピーを雇用者が渡さないケース。長時間労働、超過勤務手当のない12時間交代制の勤務、などだ。
ヒューマン・ライツ・ウォッチはこの調査結果をIOC(国際オリンピック委員会)に渡した。
なぜ、IOC(国際オリンピック委員会)に情報を提供したのか。
ヒューマン・ライツ・ウォッチのホームページによると、IOC(国際オリンピック委員会)が「五輪準備にかかわる人権侵害を示す証拠を受け取った場合には、それを開催国との間で議論する」と公約していたからとしている。
そして、IOC(国際オリンピック委員会)は遅ればせながらではあったが、公約通りに動いた。ロシア政府に警告を発し、調査を行い、給与を支払うように求めたのだ。
2020年のオリンピック・パラリンピックの東京開催が決定してからも、複数の人権団体がIOC(国際オリンピック委員会)に対して開催国の労働者の権利を守るよう訴えてきた。
批判を受けたIOC(国際オリンピック委員会)は腰を上げた。2015年1月19日付けのニューヨークタイムズ紙は「2022年以降の開催国は環境、労働者の権利、人権を守るという契約にサインをしなければならない」と伝えている。
IOC(国際オリンピック委員会)が、オリンピック・パラリンピックの開催国に労働者の権利や人権を守るよう求める動きは、ようやく始まったところだ。
新国立競技場の工事に従事していた男性は1カ月に200時間の時間外労働をしていたという。日本で蔓延する長時間労働の問題だけに終わらせずに、オリンピック・パラリンピックの問題としても考える必要がある。亡くなった人の命を取り戻すことはできないけれども。
ソチ冬季オリンピック・パラリンピックで労働者の権利がないがしろにされたときには、IOC(国際オリンピック委員会)がロシア政府に対して行動を起こした。東京オリンピック・パラリンピックについても同じような動きがあるかどうかは分からない。日本の働き方を変えるのに「外圧」も必要ならば、オリンピック・パラリンピック開催は、逆に「外圧」になり得るかもしれない。
国際社会が注目しているのは、東京のオリンピック・パラリンピックの舞台で輝くアスリートだけではない。それを支える労働者の権利が守られているかどうかも、モニターしている。