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鉄道むすめ、初の観光大使就任! 佐賀県有田町とのコラボはなぜ実現できたのか?

河嶌太郎ジャーナリスト(アニメ聖地巡礼・地方創生・エンタメ)
有田町初代観光大使に就任した、松浦鉄道公認キャラクター・西浦ありさ

 地方の私鉄を中心に、鉄道会社とキャラクターがコラボすることは、今や珍しくはなくなってきています。その先駆けとなったのが、玩具メーカーのトミーテックが2005年から展開している「鉄道むすめ」です。

有田駅での就任式で撮影に応じる松尾佳昭町長(左)と松浦鉄道の今里晴樹社長(右)
有田駅での就任式で撮影に応じる松尾佳昭町長(左)と松浦鉄道の今里晴樹社長(右)

鉄道むすめとは

 「鉄道むすめ」は、実在する鉄道会社の現場で働いている、女性キャラクターを描くシリーズで、全国で80社以上の鉄道事業者の公認キャラクターとしても起用されています。鉄道会社も岩手県の三陸鉄道や長野県の長野電鉄などといった地方私鉄だけでなく、東武鉄道や西武鉄道、新京成電鉄などといった都市部を走る私鉄、JR西日本などJRグループでも採用されています。

新京成電鉄の鉄道むすめ「五香たかね」。名前の由来となった五香駅(千葉県松戸市)ではキャラクターが駅名標を彩っている
新京成電鉄の鉄道むすめ「五香たかね」。名前の由来となった五香駅(千葉県松戸市)ではキャラクターが駅名標を彩っている

 これまで鉄道会社とのコラボが中心となって行われてきましたが、2022年1月29日、佐賀県有田町の初代観光大使に鉄道むすめを起用することが発表されました。これまで鉄道むすめと地域団体とのコラボでは、埼玉県久喜市商工会栗橋支所のキャラクターに使われている例がありますが、市町村単位の自治体とのコラボは初めてになります。鉄道と自治体という枠を超えた取り組みを展開したことで、TwitterなどSNSでは、鉄道むすめのファンの域を超えて拡散し、検索上位に入るなど話題を集めています。

就任発表会における西浦ありさ
就任発表会における西浦ありさ

有田町のキャラクターにもなった西浦ありさ

 有田町の初代観光大使に選ばれたのは、有田町と長崎県佐世保市を結ぶ松浦鉄道で働く「西浦ありさ」です。もともと2020年1月に広報担当として松浦鉄道に採用され、以降公認キャラクターとして働いています。長崎県平戸市のたびら平戸口駅で等身大パネルも設置されています。

 名前の由来は、西浦は「松『浦』鉄道『西』九州線」から、「ありさ」は起点駅の「『有』田」と終点の「『佐』世保駅」からとられています。キャラクターの人気もあり、21年に鉄道むすめ15周年を記念して実施された人気投票(総選挙)では全国10位、九州では1位に輝きました。

 29日には有田駅で就任式も行われ、地域伝統の「ちろりん浴衣」を身にまとった西浦ありさがお披露目されました。その後会見で、有田町の松尾佳昭町長(48)は、「西浦さんを観光大使に起用することで、コロナにかかるリスクもなく、いつでも会いに行ける存在であり続けられる。松浦鉄道と一緒に、有田町だけでなく沿線地域全体も盛り上げていきたい」と期待を明かしました。

伊万里駅前に設置されている『ゾンビランドサガ』のデザインマンホール
伊万里駅前に設置されている『ゾンビランドサガ』のデザインマンホール

キャラクターが観光大使に就任した背景

 「鉄道むすめ」16年の歴史の中で、初の自治体観光大使に就任した背景にある作品の成功があるとみられます。その作品名は、佐賀県全域が舞台となったアニメ『ゾンビランドサガ』です。

 『ゾンビランドサガ』は、2018年10月から12月と、21年4月から6月にかけて2回テレビアニメが放送されており、多くのファンが佐賀県を訪れています。佐賀県も県内全域でキャラクターを用いたイベントを実施しており、21年10月から22年の1月いっぱいにかけて、県内約200の飲食店や土産物店、宿泊施設などを巡るデジタルスタンプラリーが実施されていました。

 松浦鉄道の今里晴樹社長(65)は、「『ゾンビランドサガ』は伊万里市の花火大会とコラボしており、特に2019年は全国からファンが訪れ、『特需』とも言える鉄道利用者がありました。今でもファンの方が県内を巡る際に利用していただいており、作品の底力を感じています」と話します。

 また、有田町の松尾町長は作品の効果についてこう説明します。

「有田町の一部スポットは『ゾンビランドサガ』で紹介され、スタンプラリーで町内の施設を巡るファンも多くいました。その経済効果は明らかで、地域振興にキャラクターを用いるのは今や当たり前だと考えています」

 佐賀県では、『ゾンビランドサガ』だけでなく、アニメやゲーム作品とのコラボがこれまで数多く行われており、全国的に見ても、埼玉県や鳥取県と並んでキャラクターと自治体とがコラボする土壌が育っている地域だと言えます。鉄道むすめが初の自治体のキャラクターとして有田町で起用されたのも、こうした流れも影響していると考えられます。

有田駅に入線する、西浦ありさのヘッドマークを搭載した松浦鉄道MR-600形
有田駅に入線する、西浦ありさのヘッドマークを搭載した松浦鉄道MR-600形

有田から沿線自治体のキャラクターに

 西浦ありさは、松浦鉄道の“社員”という立場から、始発駅のある有田町の観光大使に就任しました。初登場が2020年1月と、鉄道むすめとしては後発ではありますが、その後は異例の出世スピードとも言えそうです。同社の今里社長は、社員の活躍ぶりにこう手応えを感じています。

「全国でも『初めて』というのがいいですよね。社としても誇りですし、社員のやる気にも繋がります。実は西浦ありさには、もう一つ『初めて』があるんです。鉄道むすめを英語表記にする際、他のキャラクターは名・姓という並びになるんですが、西浦ありさ以降のキャラクターからNishiura Arisaと、姓・名の並びに変わったんです。20年から公文書での英語表記が変更され、その第一号のキャラクターが西浦ありさでした。こういう『初めて』が他にも今後増えていけばいいなと期待しています」

 また松尾町長も、西浦ありさが他の沿線自治体のキャラクターにも広がっていくことについて、「すでに伊万里市ではふるさと納税の返礼品に西浦ありさグッズを活用されたりと、広がりを感じている。佐賀県だけでなく、長崎県の沿線自治体とも一緒に盛り上がっていければ」と胸を弾ませました。

西浦ありさ一色となった車内の様子
西浦ありさ一色となった車内の様子

エンタメ企業による地方創生参画も

 今回の鉄道むすめ初の自治体キャラクター誕生の裏には、ある企業の「橋渡し」があります。その企業は、大手映像・音楽ソフトメーカーのポニーキャニオンです。

 ポニーキャニオンでは、同社のエンターテインメントにおける知見を地方創生に役立てるべく、「エリアアライアンス部」という業界初の専門部署を2017年に立ち上げており、国や地方自治体と協業し200事例を超える様々な地域活性化事業を手がけています。これまでにも例えば、岐阜県大垣市や千葉県印西市などのPRアニメ、内閣府の新型コロナウイルスに関する地方創生分野の交付金ポータルサイト「地方創生図鑑」の運営も担っています。主に観光誘致や移住促進を中心に手がけており、現在では岐阜県垂井町のPRアニメの制作も進められています。

 エリアアライアンス部部長の村多正俊さんはこう話します。

「今回トミーテックさんと連携して、松浦鉄道さんや有田町さんのサポートをさせていただいております。長崎県と佐賀県では今年秋に西九州新幹線が開業し、それに合わせる形で佐賀・長崎デスティネーションキャンペーンが開催されます。こうした一大イベントともしっかり連携して、一緒になって盛り上げていきたいですね」

22年秋には西九州新幹線の開業も予定されている。写真は開業予定の新大村駅(長崎県大村市)
22年秋には西九州新幹線の開業も予定されている。写真は開業予定の新大村駅(長崎県大村市)

 実はこうした地方創生に参画するエンタメ企業は、ポニーキャニオンだけではありません。佐賀県内を例に見ても、『ゾンビランドサガ』の製作委員会にはエイベックスも入っており、音楽展開を中心にサポートしています。また、佐賀県上峰町のPRアニメ『鎮西八郎為朝』の製作には、ソニー・ミュージックエンタテインメントが加わっています。

 今や、地方をエンタメで盛り上げ、ビジネスにも繋げられることは、業界では常識となっている側面もあります。一方で自治体レベルでは、盛んな地域とそうでない地域にはまだまだ温度差があるのが現状です。こうしたキャラクターを用いた展開が当たり前の意識になるなど、この温度差が少なくなることでより一層地域の活性化が加速するのではと筆者は期待しています。

(撮影・全て筆者)

ジャーナリスト(アニメ聖地巡礼・地方創生・エンタメ)

1984年生まれ。千葉県市川市出身。早稲田大学大学院政治学研究科修士課程修了。「聖地巡礼」と呼ばれる、アニメなどメディアコンテンツを用いた地域振興事例の研究に携わる。近年は「withnews」「AERA dot.」「週刊朝日」「ITmedia」「特選街Web」「乗りものニュース」「アニメ!アニメ!」などウェブ・雑誌で執筆。共著に「コンテンツツーリズム研究」(福村出版)など。コンテンツビジネスから地域振興、アニメ・ゲームなどのポップカルチャー、IT、鉄道など幅広いテーマを扱う。

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