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モウリーニョが授けるものとは。リーダーの本質

小宮良之スポーツライター・小説家
FCポルトで欧州王者になった後、チェルシーの監督に就任した時のモウリーニョ(写真:ロイター/アフロ)

 サッカー戦術論など、誰もが身につけられる。大して難しいものではない。良い書物に巡り会えば、理屈を組み立てられるはずだ。

 しかし真の戦いの世界で、それはほとんどの場合、何の役にも立たない。

 ジョゼ・モウリーニョ監督は際立った理論派のように言われるが、彼の本質はそこではないのだ。

モウリーニョの言葉

 モウリーニョが使う言葉には力がある。それは言うまでもないが、彼自身が編み出した理論に基づいている。そのロジックから導き出した予測や準備が当たり、選手は信頼を深めるのだ。

 しかしながら、理論と言葉だけを習得して、少しもたがわず使えたとしても、同じ力は得られない。

 昨今、多くの指導者見習いは、モウリーニョの言葉から何かを学び取ろうとしている。学び取ろうとする行為は素晴らしい。良質なものをコピーするのは、すべての物事の上達の基本だからだ。

 だがリーダーは、理論や言葉をコピーしても、深みにはたどり着けない。選手からの信頼を得られないだろう。むしろ、「こざかしいメソッドを振り回す」と侮られる。

 モウリーニョがカリスマになったのは、彼自身に強烈なパーソナリティがあったからだ。

デポル戦を前にした予言

 2003-04シーズン、モウリーニョがFCポルトを率いていた時代、筆者はインタビューを取り付けたことがあった。当時、UEFAチャンピオンズリーグで準決勝に進出が決まって、ポルトガル人記者ですらインタビューが取れなかったが、「彼らには内緒で」と広報に言われ、どうにかこぎ着けた。人を使い、コネを使い、あらゆる手を使い、なりふり構わなかった。

 対面したモウリーニョは、不思議な風体だったと言える。静かな電気を纏っていた。それは彼の感情が高ぶると、バチバチと火花を散らし、触れられないような鋭い覇気になった。

 質問のたび、筆者が緊張したことは、後にも先にも他には一度もない。

「いいことを教えてやろう」

 そう語るモウリーニョの目は比喩ではなく、光を放っていた。それはCL準決勝、デポルティボ・ラ・コルーニャ戦に向けた戦略だった。

「私の選手たちは、アウエーで戦うことを少しも恐れない。デポルは”ホームで無敵”と信じているだろうが、我々も雰囲気にのまれることはないし、むしろ自信を持って戦える。たいていのクラブの選手は、ホームで勝てないと気落ちする。だが、私の選手は強い精神力を持っている。だからあえて言おう。デポル戦でのホーム第1戦は引き分けで構わない。アウエーで逆転できるからだ」

 実際、モウリーニョのポルトはホーム第1戦を0-0で引き分け、アウエー第2戦を0-1で勝利し、勝ち上がっている。予言通りだった。結果を受け、選手がモウリーニョに心服したのは必然だろう。

「モウリーニョのためなら死ねる。彼は自分のことをわかってくれているからね。ベンチに座るにはそれだけの理由がある」

 当時、ベンチを温めることが多かったベネディクト・マッカーシーはそう洩らしていた。「悪童」と言われ、素行の悪かった選手にそこまで言わせた。

 そして気前の良いモウリーニョは、筆者にも恍惚を与えたのだ。

インタビューの最後に訊いたこと

 インタビューをひと通り終えた後だった。筆者は最後に訊いた。

――選手歴のない自分が、選手と同等に接し、その姿を描くことはできると思いますか?自分は一歩も譲りたくない。

「頑張れよ」

「そんなの知らないさ」

「そうなることを祈っているよ」

 どの答えでも、筆者は満足だった。言うまでもないが、他人事だろう。そうすることを心に決めていたし、すでにインタビューは成功していた。

 しかしモウリーニョは真剣な表情で、こう言った。

「できないはずがないだろう。なぜなら、お前は私にたどり着けた。他のポルトガル人記者が、一人もたどり着けない、この私に、だ。それ以上に、俺が言えることがあるか?」

 なんて痺れることを言うのだ!

 その一言が、どれだけ筆者を勇気づけたか。そして肌が粟立った。見も知らぬ東洋人の記者の気持ちをこれほど高められるリーダーが、現場で麾下選手と対峙した時、そのエネルギーは凄まじいはずだ、と。

リーダーの本質

 リーダーの本質は、まずは目の前の人間を動かせるか、にある。どんな理論よりも、それが重要だ。

 有能なリーダーは、人間味を感じさせる。それは優しい、厳しい、冷たい、熱いという単純なものではない。綿のように柔らかく誘うようなのに、分厚くひれ伏してしまうような圧力も持つ。

「Personalidad」

 スペイン語で「パーソナリティ」と訳される言葉だが、人間性と訳すと足りないか。人生の豊かさ、重みのようなものだ。

 リーダーとして成熟するには、その豊かさ、重みを増すしかない。それは生き方と同義である。それが眼光の鋭さや隙のない所作で、表に出るのだろう。

言葉だけのリーダーは人を導けない

 言葉だけのリーダーは、その軽さをすぐに見透かされ、バカにされるだろう。

 選手というのは、良くも悪くも子供の部分を持つ。大人を見た時、彼らは感覚的に、“イケてるか”で判断するところがある。中学や高校の教室に近い。

 当然だが、頭でっかちの先生は嫌われる。

「一目を置いてしまう」

 そういうリーダーは人生経験を自分のものにし、装飾された言葉を使わず、何気ない話で人を惹きつける。聞く耳を持ってもらえるのだ。

「自分を否定し、非難する者たちは少なくなかった。しかし私は勝つことによって、結果を積み上げて今の地位を築いてきた。仕事のクオリティが高かったからこそ、なし得たことだ」

 モウリーニョは傲然と胸を張った。もし選手として仰ぎ見たら、臣従していたかもしれない。インタビュー後、筆者は壊れない自信と確信を授けられた気がした。

スポーツライター・小説家

1972年、横浜生まれ。大学卒業後にスペインのバルセロナに渡り、スポーツライターに。語学力を駆使して五輪、W杯を現地取材後、06年に帰国。競技者と心を通わすインタビューに定評がある。著書は20冊以上で『導かれし者』(角川文庫)『アンチ・ドロップアウト』(集英社)。『ラストシュート 絆を忘れない』(角川文庫)で小説家デビューし、2020年12月には『氷上のフェニックス』(角川文庫)を刊行。他にTBS『情熱大陸』テレビ東京『フットブレイン』TOKYO FM『Athelete Beat』『クロノス』NHK『スポーツ大陸』『サンデースポーツ』で特集企画、出演。「JFA100周年感謝表彰」を受賞。

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