2強牝馬の指揮官は互いに相手をどう見ているのか? 秋を占う意味でも注目の宝塚
クロノジェネシスの臨戦過程
今週末、宝塚記念(GⅠ)が行われる。春のグランプリとして名高いこのレースは阪神競馬場の芝2200メートルが舞台。今年は2頭の牝馬が上位人気になりそうだ。
1頭は昨年の覇者クロノジェネシス(牝5歳、栗東・斉藤崇史厩舎)。前走はドバイへ遠征し、ドバイシーマクラシック(GⅠ、メイダン競馬場、芝2410メートル)に出走。JRAでは馬券も発売され、1番人気に推されたが、ヨーロッパのトップホースの1頭であるミシュリフの前に2着。惜しいところで涙を呑んだ。
「新型コロナウィルス騒動の関係で現地へ行けなかったので、帰国した時、空港まで見に行きました」
管理する斉藤崇史はそう語り、続けた。
「異国でのレースとその後の輸送がこたえたのか、その段階ではかなり馬体が減ってしまいました」
しかし、それから約3ケ月。立て直してこの週末にエントリー出来る見通しは充分に立ったと言う。
「最終追い切りでは及第点をあげられる動きをしてくれました。有馬の時より馬体のハリがある感じだし、海外を経験した事で精神的にもどっしりしてきたように思えます」
前年ぶっち切った舞台設定に不安はないだろうが、その点には次のように言う。
「昨年は雨で異質の馬場になりましたからね。今年はまた違う馬場状態でしょうし、相手も違うので慢心せずに臨みたいです」
レイパパレの臨戦過程
一方、人気を二分しそうなのはレイパパレ(牝4歳、栗東・高野友和厩舎)だ。こちらは前走が大阪杯(GⅠ、阪神競馬場、芝2000メートル)。デビューから5戦5勝の負け知らずでそこへ挑んだが、初めてのGⅠという事もあり4番人気。初めて1番人気の座を他馬に明け渡した。しかし、圧巻の結果が待っていた。スタートからハナを切ると最後まで先頭を譲らず。昨年、無敗で3冠を制したコントレイル(3着)や最優秀短距離馬に選定されたグランアレグリア(4着)を寄せ付けず、2着モズベッロに4馬身の差をつけて優勝した。
「メンバーが揃っていたので『どこまで出来るか?』という気持ちの方が強かったです。それがこんなにも強い競馬で勝ってくれて、正直、驚きました」
指揮官の高野友和は目を丸くしてそう言うと、現在の状態については次のように続けた。
「最終追い切りは思っていたより時計が速くなったけど、馬場状態や馬の様子からみると無理していないので大丈夫。文句のない仕上がりになっています」
2200メートル戦は初めてだが、1ハロン延びるくらいは大丈夫かと思いきや、それには首を横に振って答えた。
「前々走(2000メートルのチャレンジC、1着)あたりは少し行きたがったし、更に距離が延びるのは正直、不安があります。こなせると信じてはいるけど、こればかりはやってみないと分かりませんから」
互いにライバルをどう思っているのか?
では、互いにライバルに対してはどのようなイメージを持っているのだろうか?
まずは斉藤が若き女王レイパパレについて語る。
「スタートが良くて前で競馬が出来るのがレイパパレの強いところだと思います。勝ち続ければ陣営もプレッシャーがあると思うけど、そんな中で負けてないというのは強みというか、凄い事ですよね。宝塚記念を勝とうと思えば、当然、意識しないといけない馬だと考えています」
対する高野はディフェンディングチャンピオンを次のように見ている。
「姉(ハピネスダンサーとレッドラフィーネ)がたまたまうちの厩舎にいたので、クロノジェネシスの事はデビュー戦から注目して見ていました。ビロードのような毛艶は美しいし、競馬場や距離、天候や展開も問わず、どんな条件でもトップパフォーマンスを発揮出来る。馬も関係者の技量にも感服しています」
凱旋門賞へ向けても注目したい理由
ちなみに週末の関西は雨予報となっているが、2頭の牝馬にとってそれは望むところ。クロノジェネシスが昨年このレースを勝った時は道悪(発表は稍重)をモノともせず2着のキセキに6馬身、3着モズベッロにはなんと11馬身の差をつけて圧勝した。レイパパレは先述したように大阪杯をぶっち切ったが、その時も大雨で重発表の馬場だった。今週も雨で馬場が荒れれば馬券は逆に荒れずにこの両頭に決着になっておかしくなさそうだ。牝馬同士が雌雄を決する1戦になるのか、はたまた番狂わせを演じる第3の馬が現れるのか? 春シーズン最後の大一番に注目したいところだが、個人的にもう1つ、この1戦で注目したいポイントがある。
クロノジェネシスは、今秋、凱旋門賞(GⅠ)に挑戦するプランが上がっている。一方、レイパパレは「まずは宝塚記念に全力投球」で「今後は全く未定」との事だが、高野は次のようにも言う。
「凱旋門賞も登録はしているので、行くとなった時の事を想定してしっかりと準備はしています」
凱旋門賞に関し、個人的に再三再四、記している事がある。ヨーロッパ最高峰の1つであるこのレースの話題になると、やたら馬場適性を重視する声がファンのみならずホースマン関係者の中からも上がる。凱旋門賞というミクロの視点でみるとそう考えてしまうのも頷けるし、勿論、それが全く関係ないとは言わない。しかし、視野を大きく広げてヨーロッパ全体のレースを見ると、少々違う景色が見えて来る。2400メートル路線でなければ日本馬のみならずアメリカや香港、オーストラリアの馬でもヨーロッパでGⅠを制している例はあるのだ。つまり、必ずしも馬場ばかりを敗因には取り上げられないのであり、何より重要なのは2400メートル路線における絶対的な能力だと思えるのだ。
それは凱旋門賞で好走出来た日本馬からも裏付けられる。エルコンドルパサー(1999年2着)にしてもディープインパクト(2006年3位入線、後に失格)にしてもオルフェーヴル(2012,13年いずれも2着)にしても、いずれも日本ではGⅠを楽勝する高い能力を持っていた馬達だ。
つまりはまず2400メートル路線における絶対的な能力が大切だと思うのだが、そんな中でもあえて適性云々を見出すとすれば、宝塚記念は軽視出来ないと考えている。すなわち先出のディープインパクトもオルフェーヴルも春のグランプリの覇者だし、2010年に凱旋門賞で2着したナカヤマフェスタもその年の宝塚記念でブエナビスタを並ぶ間もなく差し切っている。そういう意味で昨年楽勝したクロノジェネシスは凱旋門賞で好走出来るパターンの有資格者だと思うし、今年のレイパパレも大阪杯を勝った時のようなパフォーマンスがここでも出来るなら、秋のロンシャンにも希望の灯が点るのではないだろうか。フランスでの大一番を占う意味でも、彼女達の走りに注目したい。
(文中敬称略、電話取材、写真撮影=平松さとし)