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再燃する故・ジャニー喜多川氏の性的虐待疑惑が裁判所に真実性を認定されて約20年。法で裁けなかった理由

坂東太郎十文字学園女子大学非常勤講師
真相は究明されるのか(写真:ロイター/アフロ)

 1999年に『週刊文春』がジャニーズ事務所のジャニー喜多川社長(以下「ジャニー氏」)に関わる「ホモセクハラ追及キャンペーン」を掲載し、最高裁が性的虐待疑惑の真実性を認定した高裁判決を不服とした事務所側の上告を棄却・確定(以下「文春訴訟の範囲」)して約20年。再び多くの証言者が声を上げています(「以下「今回のケース」)。

 「寮(合宿所)」と称した施設でジャニー氏が未成年の男子に加えたとされる虐待行為はなぜ法で裁かれようとしなかったのでしょうか。実はこの20年は性加害の対象や摘発手法、児童虐待・売買春への対策など、むしろ厳しく対処する方向性にありました。なのに通り抜けていったわけは何か。罪を個別に確認するとどうやら理由が浮かび上がってきそうです。

旧強姦罪は17年改正まで対象が「女子を姦淫」に限定されていた

 刑法で「暴行又は脅迫を用いて」被害者の望まない性交やわいせつな行為をした者を罰するのが強制わいせつ罪と強制性交罪。性行為をともなうと後者となって罪が一層重くなります。

 ただ同罪は2017年の刑法改正(以前は「強姦罪」)まで「女子を姦淫した」に限定されていました。「姦淫」の範囲も口腔や肛門への陰茎の挿入は除外されていたのです。

 したがって改正以前の男性被害者や男女を含めた口淫への性行為は強制わいせつ罪で裁かれてきました。同罪は文春訴訟の範囲で13歳未満の被害者ならば「暴行又は脅迫」がなくても成立しています。

 とはいえ今日に至るまで被害者の圧倒的多数が女性。捜査当局も男性をイメージしにくかったはずです。

 また文春訴訟はジャニーズ事務所などが文春を名誉毀損で訴えた民事訴訟。刑法が適用される刑事裁判ではありません。民事の動向を端緒に捜査当局が動くケースはあるものの少なくとも被害者側がジャニー氏などを訴えた裁判でないと証拠を見出すのが極めて難しいのです。

 民事はもめごとの当事者双方が公権力にケリをつけてもらう行為であるに対して刑事で検察が起訴しようとしたら推定無罪の原則の下で物的証拠が事実上不可欠。

強制わいせつ罪も改正まで親告罪であった

 そしてそれは17年改正以前には「得られるはずがない」状態でした。旧強姦罪も強制わいせつ罪も親告罪であったからです。

 親告罪とは捜査当局に被害者らが「こういう犯罪に遭いました。加害者を厳重に処罰して下さい」と申告する告訴状がないと成立しない罪を指します。今回のケースだと被害に遭った時点で多くが未成年であったようですから本人でなく「法定代理人」具体的にはほぼ親権者が提出する決まりです。17年改正で非親告罪化されました。

 性被害に遭った少年にとって事務所と決別する覚悟を決めた上でなお親権者(親など保護者)に事実を打ち明けて告訴状を提出してもらうのは高すぎるハードルであったはずです。現に文春訴訟で確定した高裁判決にも「少年らやその保護者から捜査機関に対する告訴等がされた形跡もなく」と記されています、

児童福祉法は「児童に淫行をさせる行為」中心で都条例制定は05年

 では児童(本稿では18歳未満に用いる)を守り、非親告罪の法律はなかったかというと児童福祉法が存在します。「児童に淫行をさせる行為」をしたら最高刑10年以下の懲役というなかなかに厳しい罰則。淫行とはほぼ強制わいせつ罪と一致し、「させる行為」とは何らかの力を用いて「やらせる」ほどの意味。加害の範囲は「何人も」だから誰もが対象です。

 ただ過去に摘発された例をみると売買春や風俗店へのあっせんや労働、撮影目的といった「させる行為」が中心です。純粋な淫行だと教師が目立ちます。こうした「させる行為」は物証がつかみやすいし警察も重点的にマークしています。

 これを今回のケースに当てはめると、やはり証拠の壁が厚そうです。密室の出来事で営利目的で「させる行為」にも当たらない。過去の逮捕事例は被害児童が警察に駆け込むなどして発覚したものも多いのですが、それができなくて抱え込んでいたのが今回のケースだから。

 性犯罪の最も有力な物証は被害者に女性が多いため精液です。でも口淫させられた場合、自己の精液が相手に渡るわけで立証は難しい。

 もう1つは都道府県ごとに定めた条例です。ただ今回のケースの舞台となった東京都が「何人も、青少年とみだらな性交又は性交類似行為を行ってはならない」と都青少年健全育成条例(反倫理的な性交)に定めたのは2005年。文春訴訟の範囲は含まれません。

児童虐待防止法の主たる加害対象は保護者。買春は「対償」の認定が難

 文春訴訟の判決が確定した2000年代前半以降、国や自治体が拱手傍観していたわけではないのです。2000年の児童虐待防止法制定や14年の児童買春・児童ポルノ処罰法改正など。ただ今回のケースはここをも通り抜けます。

児童虐待防止法の主たる加害対象は保護者。ジャニー氏は「保護者」に相当する親権者、未成年後見人、監護者(親権の一部)のいずれにも当たりません。

 児童買春はどうでしょうか。法は「対償を供与し、又はその供与の約束をして」性行為などをした場合を想定します。「対償」がカネやモノならばわかりやすいのですけど、行為を受け入れたら抜てきし、拒否すれば干すといった明確な因果関係が証明できない限り「供与」とは言い難いのです。

性的少数者の理解が徐々に深まってきたなかで

 ジャニー氏に関する「疑惑」は『女性自身』が1967年に「ジャニーズをめぐる“同性愛”裁判 東京地裁法廷で暴露された4人のプライバシー」と題して取り上げるなど文春の「ホモセクハラ追及キャンペーン」に至るまで散発的に発信されていました。83年には『噂の真相』が「ホモの館」として渦中の寮(合宿所)の写真も掲載しています。

 気になるのはジャニー氏の行為を「同性愛」「ホモ」とひも付けている点。「ホモ」とは主に当時、男性同性愛者を指す蔑称とまでいかなくとも揶揄する意図は否定できません。

 この頃の「同性愛」はWHO(世界保健機関)などの権威が疾病に位置づけていました。研究が進んで1993年にWHOが治療の対象ではない=病気でも障害でも何でもないと認定。翌年、長らく「性非行」としていた日本の文部省(現文部科学省)が記述を削除します。上記記事の多くはこの過程で発表されたので時代的にやむを得ない部分もあったでしょう。

 以来、LGBTなど性的少数者の理解は徐々に深まってきました。同時期に児童虐待への厳しい視線が注がれるようになります。

 ここで以前から犯罪精神医学などで使われてきた用語が氾濫されて性的少数者の性的指向と無責任に呼応させる言論がネット上などであふれていくのです。ジャニー氏のようなケースだと男性同性愛と小児性愛が安直に結びつけられたり、児童性的虐待と因果関係があるかのような言説を指します。

 そもそもジャニー氏が同性愛者であったかどうかすら定かではありません。小児性愛は性的多数者である異性愛者でも抱くし、そうした嗜好の持ち主が児童性的虐待へと直線的に走りもしません。虐待の多くは家族間で確認され、ゆえに児童虐待防止法の主たる加害対象が保護者となっているのです。

 といって、では何の関係もないのかというと学術的にさまざまな研究がなされている途上で明快な答えを現時点の我々は持ち合わせません。

十文字学園女子大学非常勤講師

十文字学園女子大学非常勤講師。毎日新聞記者などを経て現在、日本ニュース時事能力検定協会監事などを務める。近著に『政治のしくみがイチからわかる本』『国際関係の基本がイチから分かる本』(いずれも日本実業出版社刊)など。

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