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シリアのアレッポ市を制圧した反体制派が組織解体を検討?!:アル=カーイダの汚名返上に向けた目論見

青山弘之東京外国語大学 教授
アレッポ城を訪れるジャウラーニー(Telegram、2024年12月4日)

シリアの反体制派が11月27日に「攻撃抑止」と銘打って、シリア最大の商業都市であるアレッポ市に向けて侵攻を開始してから、9日が経った。

一進一退の攻防

「攻撃抑止」の戦いを指揮する軍事作戦局に参加している諸派は、11月30日にアレッポ市のほぼ全域を掌握、また12月1日にイドリブ県全土を制圧したと宣言、現在はシリア中部のハマー市を攻略すべく戦闘を続けている。また、「攻撃抑止」軍事作戦局の攻勢に乗じるかたちで、「トルコの支援を受ける自由シリア軍」(Turkish-backed Free Syrian Army:TFSA)として知られるシリア国民軍も「自由の暁」と銘打った侵攻作戦を開始し、シリア政府と、トルコが「分離主義テロリスト」とみなすクルド民族主義勢力の民主統一党(PYD)の支配下にあったアレッポ市北のタッル・リフアト市一帯、ロシア軍部隊も駐留していたクワイリス航空基地、アレッポ市とハマー市を結ぶ迂回路に位置する要衝のハナースィル市、サフィーラ市などを次々と制圧した。

現在の勢力図(Liveuamap、2024年12月5日)
現在の勢力図(Liveuamap、2024年12月5日)

これに対して、シリア軍は2010年代後半のイスラーム国と反体制派に対する掃討戦を主導し、ウクライナで特別軍事作戦を継続するロシア軍に援軍(義勇兵、あるいは傭兵)を派遣しているとされるシリア軍第25特殊任務師団などを動員し、「攻撃抑止」軍事作戦局の進軍を阻止している。また、シリアに駐留するロシア軍とともに、アレッポ市やハマー県北部、さらには反体制派の牙城であるイドリブ市への爆撃、砲撃を強化、一進一退の攻防が続いている。

ICG研究員の分析

こうしたなか、国際危機グループ(ICG)のダーリーン・ハリーファ研究員は12月4日、X(旧ツイッター)の自身のアカウントで、「攻撃抑止」軍事作戦局を主導するシャーム解放機構(Hay’a Tahrir al-Sham:HTS)が組織の解体を検討しているとの分析を行った。

ハリーファ研究員のポストの内容は以下の通りである。

シャーム解放機構と他の反体制勢力がアレッポ市の統治の課題にどう取り組むかはまだ分からないが、内部での話し合いはすでに始まっているようだ。シャーム解放機構の(アブー・ムハンマド・)ジャウラーニー指導者はICGに対し、「この都市は暫定的な組織によって統治される。すべての戦闘…

…員は、シャーム解放機構も含めて、数週間中に民間地域から退去するよう指示され、官僚は職務に復帰するよう要請されるだろう。また、イスラーム教徒とキリスト教徒の多様性など、この都市の独特の社会的、文化的規範は尊重されるだろう。

彼はまた次のように付言した。「シャーム解放機構は、シリア社会の拡がりを反映した新しい組織において、民間と軍の構造を完全に統合できるようにするために、自ら解散することさえ検討している」。もちろん、シャーム解放機構がこれらの考えを実行するか、他の派閥に圧力をかけるかはわからない。

彼らが従うかどうかもまだ分からない。彼らの歴史とジハード主義のルーツを考えると、シャーム解放機構の覇権拡大と、それが彼らの個人的および宗教的自由に与える影響に関して、多くのシリア人が抱く当然の懸念に対処するうえで、彼らは大きな課題に直面するだろう。

戦闘で優勢に立つシャーム解放機構がなぜ組織の解体を検討しているのか? それはシャーム解放機構が「シリアのアル=カーイダ」として知られる国際テロ組織であるからに他ならない。

アレッポ市を掌握した反体制派をめぐっては、これをアル=カーイダと同一視することをロシア側、あるいはシリア政府側のプロパガンダと断じる動きが、SNS上で散見される。その根拠としてWikipediaの解説が引用されるケースもあれば、かつてはアル=カーイダだったが、現在はそうではなく、地元シリア人から構成されているという主張も見受けられる。

アル=カーイダか否か、過激派か否かの判断は、往々にして恣意的なものであり、個人の政治的立場を反映している。それゆえ、シリア政府を独裁体制、ロシアやイランを侵略者とみなす政治的立場においては、シャーム解放機構は「解放者」、「革命家」でなければならない。

アル=カーイダをめぐる世界基準と「なりすまし」の試み

しかし、世界基準に従えば(世界基準の定義についてもさまざまな解釈があろうが)、シャーム解放機構はアル=カーイダであると結論づけざるを得ない。

国連安保理決議第1267 号等に基づく国連安保理制裁委員会(通称対タリバーン・アル=カーイダ制裁委員会)のリストにおいて、シャーム解放機構は、QDe.137においてシャームの民のヌスラ戦線の別名(A.k.a.)として登録されている。また、同組織の指導者であるアブー・ムハンマド・ジャウラーニーも、QDi.317においてテロリストとして登録されている。

米国務省が指定する外国テロ組織(Foreign Terrorist Organizations:FTO)にも、シャーム解放機構はヌスラ戦線の別名として含まれており、正義への報酬(Rewards for Justice:RFJ)プログラムは、ジャウラーニーに1000万ドルの懸賞金をかけて、情報提供などを呼び掛けている。

米国だけではない。カナダトルコ英国オーストラリアニュージーランドといった西側諸国、EUも、シャーム解放機構をテロ組織にしている。

シャーム解放機構は、イラクのアル=カーイダ(イラク・イスラーム国)のシリアにおけるフロント組織として2011年末頃から活動を開始し、2012年半ばまでに各地に勢力を伸長し、シリアでもっとも有力な反体制派としての地位を揺るぎないものとしたシャームの民のヌスラ戦線を前身とする。この組織は、国際社会や欧米諸国のテロ指定を回避するため、シリア政府の打倒と、自由、尊厳、民主主義の実現をめざす「シリア革命」の担い手としての地位を得るべく、「革命家」、あるいは「反体制派」への「なりすまし」を試みてきた(拙稿「「イスラーム〇〇」が妨げる中東理解:シリア内戦を事例に」を参照)。

ヌスラ戦線は2016年7月、アル=カーイダの「了承」のもとにアル=カーイダと関係を絶ち、組織名をシャーム・ファトフ戦線に改め、2016年後半のアレッポ市でのシリア軍との攻防戦に参加した。また、2017年6月には米国の支援を受けていたヌールッディーン・ザンキー運動をはじめとする『穏健な反体制派』と統合してシャーム解放機構を名乗るようになり、現在に至っている。

だが、国際社会や欧米諸国は、こうした改称に対して、シャーム・ファトフ戦線、そしてシャーム解放機構をシャームの民のヌスラ戦線の「別名」としてテロ指定を続けてきた。

前述のハリーファ研究員のXでのポストで紹介されているジャウラーニーの組織解体を示唆する発言は、アレッポ市制圧によって、シリアの反体制派への共感が高まることに乗じた新たな「なりすまし」の試みに他ならない。

「攻撃抑止」軍事作戦局は11月4日、戦闘員らに対して「イスラームの布教、その慈悲、そして預言者ムハンマドの教え」に沿って、キリスト教徒を丁重に扱うよう命じるジャウラーニーのメッセージを発表した。また、アレッポ市中心部に位置する旧市街(UNESCO世界文化遺産)のアレッポ城などを訪れるジャウラーニーの写真も掲載した。

Telegram、2024年12月4日
Telegram、2024年12月4日
Telegram、2024年12月4日
Telegram、2024年12月4日
Telegram、2024年12月4日
Telegram、2024年12月4日

また、「攻撃抑止」軍事作戦局の司令官を務めるハサン・アブドゥルガニーも声明を出し、アラウィー派宗徒に対して、「アサド体制」から離反し、過去の過ちを正し、宗派主義を認めない未来のシリアの一員となるよう呼びかける声明を出す一方、シャーム解放機構の精鋭部隊であるアサーイブ・ハムラー(赤い鉢巻き)部隊がハマー市を包囲したといった情報を拡散している。

ジャウラーニー、そしてシャーム解放機構をアレッポ市解放の英雄、独裁打倒をめざす市民の抵抗運動の旗手と位置づけようとする目論見が見て取れる。

反体制派とみなされていない反体制派

ところで、国連安保理では12月4日、シリア情勢への対応を議論するための会合が開催された。この会合で、米国は、シリア政府が紛争解決に向けた対話に応じていないと非難するとともに、ロシアとイランの支援を受けて戦闘を継続し、テロ組織の活動を助長していると批判し、英仏がこれに同調した。ここで言う対話とは、国連主導によるいわゆる和平プロセスであるジュネーブ・プロセス、ロシア、トルコ、イランを保証国とする停戦プロセスのアスタナ・プロセス、ロシア主導による和平プロセスであるソチ・プロセス、そしてこれらのプロセスの延長として現在国連が推し進めている制憲委員会での対話を意味する。

2019年10月に発足した制憲委員会は、シリア政府代表、反体制派代表、市民社会代表によって構成され、シリア政府と反体制派からなる移行期統治機関の設置、新憲法制定、自由な選挙の実施を経た紛争解決をめざしている。しかし、2022年を最後に会合は開かれていない。

安保理での英米仏のシリア政府批判は、こうした行き詰まりを受けたものではある。だが、留意しておく必要があるのは、トルコで活動するシリア革命反体制派国民連立(シリア国民連合)、サウジアラビアが支援してきた交渉委員会の幹部らが参加している反体制派代表には、シャーム解放機構を含む反体制武装組織は含まれていないということである。その理由は、世界基準において、この組織、そしてこれに与する組織をテロ組織とする認識があるからであり、アレッポ市を制圧した反体制派はその意味において反体制派としてすら認知されていないのである。

こうした現状は、シリア政府やロシアがこれまで主張してきた通り、現下の混乱を解消するための手段として、軍事的解決以外にないことを意味している。そして、その過程で生じる戦闘、そして民間人への犠牲や破壊の責任を負っているのは、戦火を交えているシリアの当事者だけではなく、むしろアル=カーイダをめぐる世界基準を作り出している欧米諸国を含めた国際社会にあるのである。

東京外国語大学 教授

1968年東京生まれ。東京外国語大学教授。東京外国語大学卒。一橋大学大学院にて博士号取得。シリアの友ネットワーク@Japan(シリとも、旧サダーカ・イニシアチブ https://sites.google.com/view/sadaqainitiative70)代表。シリアのダマスカス・フランス・アラブ研究所共同研究員、JETROアジア経済研究所研究員を経て現職。専門は現代東アラブ地域の政治、思想、歴史。著書に『混迷するシリア』、『シリア情勢』、『膠着するシリア』、『ロシアとシリア』など。ウェブサイト「シリア・アラブの春顛末記」(http://syriaarabspring.info/)を運営。

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