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【解読『おちょやん』】井川遥演じる、自由すぎる女優・高城百合子のモデルは?

碓井広義メディア文化評論家
(写真:IngramPublishing/イメージマート)

朝ドラ『おちょやん』には登場人物のモデルを想像する楽しみがあります。千代(杉咲花)が目標とする女優、高城百合子(井川遥)。その激しい生き方も含め、ある歴史的有名女優の名前が浮かんできました。

第7週(1月18日~22日)で放送されたのは、第31話から35話まででした。

カフェー「キネマ」で働きながら(生活を支えながら)、大部屋女優として「鶴亀撮影所」に通う千代。その奮闘の日々です。

当時の大部屋俳優たちは「わんさ」と呼ばれていました。専属の「その他大勢」であり、「人がわんさか(たくさん)出る」場面に駆り出されます。基本的には役名もセリフもありません。

新入りで、しかも高城百合子の口利きで入った千代は、ほかの大部屋女優たちから〝いじめ〟に遭います。まあ、当時のことですから、先輩たちから受ける洗礼のようなものでもありました。

肝心の撮影現場ですが、ヘンに自己主張のある千代の芝居は周囲を混乱させるばかり。ちょっと困った状態でした。

千代の「初恋」

役が回ってこず、時間のある千代は、女優の髪を結う「美粧部」を手伝います。いずれ芝居に役立つかもしれないという、千代らしい前向きな思いでした。

徐々に上達した髪結いの腕は、大部屋女優の先輩であり、「千代いじめ」の急先鋒だった遠山弥生(木月あかり)の窮地を救ったりします。

おかげで大部屋に千代の「席」が出来ました。また、弥生が恩返しとして自分の出番を譲ってくれたことで、千代に小さなチャンスが訪れました。

千代は恋人役の男優と歩くだけ。ただし、その様子を見た伯爵令嬢・梅子(星蘭めぐみ)が、かつての「恋心」を復活させるという重要な場面です。

ところが、恋を知らない千代はまともな芝居が出来ません。監督から「人を好きになったこと、あるか! 誰でもいいからホレてまえ!」と怒鳴られ、この役も失ってしまいます。

修業のためと、本当の恋人ではなく、「恋人役」を頼んだ相手が、助監督の「小暮さん(若葉竜也)」でした。

一緒に映画館に行ったり、食事をしたりするうち、千代はこの小暮が本当に好きになっていきます。カフェーの女給仲間たちに向かって言いました。

「うち、ほんまに好きになってしもたみたい」

こういう時の杉咲さんが、ほんまに可愛い。

「自由すぎる」女優・高城百合子

第7週の見せ場の一つが、女優・高城百合子との久しぶりの再会です。映画『太陽の女カルメン』の主演を務める彼女は、監督と演出上のことでぶつかり、現場から逃げ出していたのです。

千代と2人だけで話す場面。役者を目指すきっかけをもらったことを感謝し、「いつか高城さんみたいに主役もやれる、すごい役者さんになってみせます」と言う千代。

百合子は貴重なアドバイスをします。

「この世界で生きていく覚悟があるなら、遠慮してたらダメ! 使えるものは何でも使いなさい。誰に何を言われようと、自分がやりたいようにやるべきよ。役者はある意味、人をだます仕事かもしれないけど、自分だけは絶対だましちゃダメ!」

聞き入る千代。百合子は続けて、

「自分に正直にならない限り、いいお芝居は出来なくてよ。私たちは自由なのよ!」

堂々と「自由」を主張する百合子は、当時、まさに「新しい女」だったと言っていいでしょう。その後、共演していた俳優と「駆け落ち」してしまいます。

それを知った千代の「自由すぎるわ」のつぶやきが笑えました。

千代は、自分が好きになった助監督の小暮が、実は百合子を好きだということが分かって、失恋。そして小暮もまた百合子が駆け落ちしたことで見事に失恋したのでした。

高城百合子のモデルは「岡田嘉子」か?

さて、強烈な印象を残す高城百合子ですが、誰かモデルはいるのかと考えてみました。思い浮かぶのが、岡田嘉子(おかだよしこ)です。

千代と浪花千栄子ほどストレートではありませんが、そのキャリアや性格、そして激しい生き方が岡田と重なって見えるのです。

初舞台は大正8年(1919)、17歳での『カルメン』。やがて新劇のスターとなっていきます。

大正14年(1925)には映画『街の手品師』(村田実監督)に出ますが、監督の演出に納得がいかず、ぶつかります。

また、ヒロインに抜擢された昭和2年(1927)の映画『椿姫』で、またも村田監督から理不尽な叱責を受けて大反発。この作品での相手役、俳優の竹内良一と駆け落ちしているのです。

このあたり、ドラマでの『太陽の女カルメン』の現場を想起させます。高城百合子の「岡田嘉子モデル説」、まんざら外れていないのかもしれません。

しかも、激しくて自由な岡田嘉子の駆け落ちは、その時だけではありませんでした。

はるか後の昭和12年(1937)には、恋人でプロレタリア運動に参加していた演出家の杉本良吉と共に、真冬の樺太国境を徒歩で越えて、当時のソ連に亡命するのです。杉本は妻帯者でもあり、世紀の駆け落ち事件でした。

俳優と駆け落ちして姿を消してしまった高城百合子ですが、また画面に戻って来る日を楽しみにしたいと思います。

気分はタイムスリップ!

それから、第7週で千代が再会した人物が、もう1人。天海一平(成田凌)です。なんと「鶴亀撮影所」に来ていました。

千之助(星田英利)がいなくなった天海一座は、人気が落ち込んで解散。一平は大山社長(中村鴈治郎)に命じられて、所内の脚本部で脚本家の修業を始めたというのです。

とはいえ、そう簡単に使える脚本が書けるはずもなく、この週の終りには、撮影所から消えてしまうのですが。

この一平の再登場を見て、ちょっと嬉しい連想をしました。それは撮影所の入口に立っている、守衛の「守屋」のことです。

守屋を演じているのは、三代目渋谷天外さんです。そして天外さんのお父さん、二代目渋谷天外は浪花千栄子が結婚した相手です。

ということは、三代目天外さんは千代を通じて「父親の前の奥さん」と言葉を交わし、二代目天外をモデルとした一平が撮影所に出入りすることで、「若き日の自分の父親」とも顔を合わせたわけですね。

個人的「タイムスリップ」みたいな楽しい設定であり、粋なキャスティングだと思います。

千代の前に、またあの男が・・・

千代は、駆け落ちした高城百合子に代ってミカ本田(ファーストサマーウイカ)がヒロインを演じる、映画『太陽の女カルメン』で大きな役をもらいました。「映画女優」としての本格的スタートです。

「東亜キネマ」にいた浪花千栄子もまた、大正15年(1926)公開の映画『帰ってきた英雄』に準主役で出演。千代と同様、大抜擢でした。

第7週の終盤は、『太陽の女カルメン』から3年が過ぎた昭和3年(1928)。千代は「中堅女優」として、いくつもの作品の現場で頑張っています。

ところが! 撮影所の門に1人の男が現れました。あの「世紀のダメ親父」テルヲ(トータス松本)ではありませんか。

あかん! きっとまた千代に悪いことが起こる! 見る側をそんな怪しい予感で震えさせたまま、物語は次の展開へと進んでいきます。

【この記事は、Yahoo!ニュース個人編集部とオーサーが内容に関して共同で企画し、オーサーが執筆したものです】

メディア文化評論家

1955年長野県生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。千葉商科大学大学院政策研究科博士課程修了。博士(政策研究)。1981年テレビマンユニオンに参加。以後20年間、ドキュメンタリーやドラマの制作を行う。代表作に「人間ドキュメント 夏目雅子物語」など。慶大助教授などを経て、2020年まで上智大学文学部新聞学科教授(メディア文化論)。著書『脚本力』(幻冬舎)、『少しぐらいの嘘は大目に―向田邦子の言葉』(新潮社)ほか。毎日新聞、日刊ゲンダイ等で放送時評やコラム、週刊新潮で書評の連載中。文化庁「芸術祭賞」審査委員(22年度)、「芸術選奨」選考審査員(18年度~20年度)。

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