たった4日で上映中止!そして検閲。ベトナムの若き女性監督のリスク承知の覚悟の1作『第三夫人と髪飾り』
ベトナムの新鋭、アッシュ・メイフェア監督の長編デビュー作となる『第三夫人と髪飾り』は、いろいろな意味で注目を集めている1本だ。
まず、トラン・アン・ユンが美術監修を担当。脚本に惚れ込んだスパイク・リーが資金援助をするなど、世界の名監督のバックアップを得た作品は、世界各国の70以上の映画祭で上映され、受賞を重ね、大きな成功を収めた。
一方で、本国ベトナムでは官能的な描写が物議を醸すことに。結果として公開たった4日で上映中止にせざるえない事態となった。
いわば栄光と挫折を味わったといっていいかもしれないメイフェア監督に話を訊いた。
今回の作品は、監督が5年の歳月をかけて完成させたもの。肉親から実際にきいた話がベースになっている。
「映画に登場する女性たちのひとりひとりは私の愛する家族をベースにしています。曾祖母、祖母、母はこの映画に登場する女性たちのように苦しい体験をしてきたのです。そのことを私は最上の愛情と尊敬の念をもって扱っています」
男児を産むことが唯一の務めであった時代を生きた女性たちの声を
舞台は19世紀の北ベトナムの秘境。大富豪のもとに、14歳で第三夫人として嫁ぐことになった少女の体験する愛と哀しみ、苦悩と孤独、その果てに見える小さな希望と幸福を描き出す。男児を産むことが唯一の務めであった時代を生きる女性たちの胸の内をつぶさに見つめた物語は深みのある人間ドラマになっている。
「ベトナムの暗い歴史の一部であったことは確か。それを無きことにはできない。ただ、これはベトナムという国を糾弾しているわけではない。こういう時代があったこと。こういう時代を生きた女性の声を知ってほしかったのです」
ただ、映画は「14歳の第三夫人」というショッキングな題材の上、演じた女優が撮影当時13歳だったこともあってベトナム国内では物議を醸すことになってしまった。
「キャストとスタッフとは明確で誠実なコミュニケーションをもって製作をしてきたことは紛れもない事実。現場の中でも外でも法を順守しています。
当初、この作品はベトナムで検閲済みで、正式な上映許可を得ていました。でも、数日の公開の後に上映を断念せざるをえなくなりました。
なぜなら、主演のグエン・フオン・チャー・ミーとその家族を、いくつかの否定的な報道から生じた炎上から守る必要があったから。
同時に映画の一部をカットし、新たなレイティングを受けた上で再び上映できると通告を受けました。でも、私はそれを選びませんでした。私はひとりのアーティストとして、最初に認定されたものに、これ以上手を加えることをしたくありませんでした」
結果的に一部の誹謗中傷の声に屈することになってしまったが、監督は前を向く。
「悲しいことですがうれしいこともありました。たった4日間の上映でしたけど、4万人の観客が見てくれたばかりか、世界の映画関係者が憤りの表明をしてくださったのです。これは光栄なことです」
検閲廃止を求む。ベトナムの若い才能に希望を与えるような映画環境を
監督自身、こういうリスクがあることをどこか察知していたとも明かす。
「たとえば、今回、美術監修をしてくださったトラン・アン・ユン監督の『シクロ』は国外でひじょうに高い評価を受けましたが、ベトナムでは上映できませんでした。
今回の私の作品は家父長制度に対して批判的な目を向けた物語でもあるので、そのあたりでそういう声があがることはどこか想定していました」
その上で、こう訴えかける。
「私はベトナムのことを愛しています。文化も人も食べ物もすばらしいと思っています。ただ、政府の権威的なところと表現の自由が無いところは嫌いです。
私のように自分の意見をはっきりいい、表明するアーティストというのは同じような憂き目にあっている。
そろそろ変わるべきとき。政府も考え方を改めなければならない。まず、検閲はやめるべきだと思う。ベトナムには才能のある若いフィルムメイカーがたくさんいる。でも、撮っても検閲で上映許可が下りず、発表する場を奪われることが四六時中起きている。ほんとうに若い才能に希望を与えるような環境にしてほしい。
今回のことに関して、諸外国のメディアの人たちが関心を寄せてくれているのは私にとってはこの上なくうれしいことです。なぜなら、それがある種の光となって、ベトナムの若い人たちに希望を与えてくれるからです」
そう先を見据えるように、すでに次回作にとりかかっている。
「今回の長編を作る前に、映画学校にいるときに短編映画をいくつも作りました。それはジャンルも、物語もいろいろでさまざま。ドラマ、ホラー、コメディ、実験アートのような作品にもチャレンジしました。とりあえずいろいろなことをやってみて、失敗から学ぼうと思ったのです。
そうした経験を経ることで、自分なりの映画のトーンや語るべきストーリーを見い出すことができました。
私は、作品に自分らしさが必ず出ているような監督が好きです。たとえばスタンリー・キューブリック監督とか。彼の作品はひとつひとつまったく違うけれど、どれも彼らしさがどこかにあります。私も監督としてそうありたい。
もう長編2作目の脚本を書き上げているのですが、読んでもらうとみなにびっくりされます。『1作目と全然違う』と。ただ、その中にも私らしさを宿らせたいと思っています」
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