太宰治『斜陽』の映画化で初主演の美人女優。「男性は弱さも見せてくれたほうが惹かれます」
太宰治の名作『斜陽』が執筆75周年記念で映画化。『鳩のごとく 蛇のごとく 斜陽』として公開される。戦後の没落する元貴族を描く作品で、主演は『CanCam』モデルから『ドクターX』などのドラマに出演してきた宮本茉由。初の映画で主役を務め、品の良さと意志の強さを漂わせている。撮影を通じ「人間として成長できた」という。
映画が完成して試写は4回観ました
――『鳩のごとく 蛇のごとく 斜陽』の試写はもうご覧になったんですよね。
宮本 完成してから、もう4回ぐらい観ています。
――そんなに?
宮本 取材をしていただく機会が多いので、思い出を呼び起こしておこうと。
――映画取材は撮影が結構前の場合が多くて、役者さんがよく覚えてらっしゃらないこともあるので、取材側としてはありがたいです。演じたかず子はイメージ通りになっていましたか?
宮本 どうなんでしょう(笑)。私は精いっぱい演じ切ったので、観ていただく方がどう評価してくれるか、ドキドキです。
――監督と会って、主人公のかず子役が決まったんですか?
宮本 いえ、近藤(明男)監督が私が出演した作品をご覧になって、オファーしてくださったそうです。事前にお会いしたことはなくて、決まってからご挨拶しました。
――それだけ宮本さんがかず子にハマりそうだったんでしょうね。嬉しいことにせよ、初主演で『斜陽』となると、ハードルが高い感じもしませんでした?
宮本 お話をいただいたのが2年前だったんです。女優を始めて2年くらいで、まだ演技経験がそんなにない頃で、プレッシャーと緊張感がありました。
昔の暗い印象が変わって女性が強く生きる話でした
――もともと『斜陽』や太宰作品に馴染みはあったんですか?
宮本 大学が国文学科だったので、読んだことはありました。でも、この映画で深く関わるうえで何回も読んでいると、当時と違う感じ方ができて面白かったです。
――より深いところまで読み込めて?
宮本 そうですね。昔は重くて暗い印象だったのが、1人の女性が戦後の大変な日本で、希望を見つけて強く生きていくお話でした。闇もあるけど光もちゃんとある。勇気づけられる作品だなと思いました。
――貴族だったかず子役に決まってから、普段もお母さんのことを「お母さま」と呼ぶようにしたと、製作発表で話されていました。
宮本 台詞に馴染みがなさすぎる言葉が多くて(笑)。せめて、よく出てくる「お母さま」くらいは自然に言えなければと、家で練習していました。
――他にも、撮影前に準備でしたことはありました?
宮本 監督が太宰のいろいろな作品とか、太宰の人となりや『斜陽』に関する本とか、資料をたくさんくださったので読みました。戦後の話なので太平洋戦争の本も読み返したり。貴族という存在も今はいないので、あまりわからない概念でした。どんな立ち位置だったのか、普通の人と何が違うのか。その貴族が没落していくとは、どういうことなのか。そういうところから調べました。
没落したギャップを受け入れた賢さと強さと
――貴族について深く探ると、イメージが変わったりもしましたか?
宮本 気品がある、由緒正しい、昔から続いてきた家柄で誇り高い。だから曲がってなくて、きっとピュアなんですよね。誠実でやさしいからこそ、かず子のお母さんは体を壊して、弟は死を選んでしまった。その中で、かず子だけが生き抜いたのは、没落したギャップを受け入れたから。賢くて本当に強い女性だなと感じて、そう演じようと決めていました。
――凜とした雰囲気は劇中で出ていましたが、頑張ったというより、宮本さん自身に備わっていた資質ですか?
宮本 そんなことは全然ないです(笑)。ただ、お母さん役の水野(真紀)さんが普段からお上品な方で、「私もこうならなければ」と見て学ばせていただきました。撮影中はもちろん、お弁当を食べるときも、水野さんの前ではきちんと背を伸ばして座ろうと心掛けていました。
――それもあったにせよ、監督が宮本さんをキャスティングされたのは、品の良さを買われた部分もあった気がします。宮本家でも、貴族まではいかなくても、礼儀作法的なことに厳しかったりはしました?
宮本 小さい頃は結構厳しかったです。ごはんは1品だけ最初に食べるのはダメで、おみそ汁やおかずを最後まで均等に食べるとか、箸の持ち方とか、食事中は携帯を見ないとか。基本的なことはよく言われていました。
不倫という形でも生きる希望に繋がって
――先ほども出ましたが、華族制度が廃止されて父を失くして屋敷も売って、母親と弟は失意の中で世を去りました。かず子だけは「貴族だって強いわ」「私は誰にも負けません」と生き抜いたのは、持って生まれた気質が違っていたのでしょうか?
宮本 育った環境もあると思います。お母さまが弟の直治にはやさしいけど、かず子はちょっと厳しく育てていたんです。それが結果的に、かず子が生き抜く理由になったのかなと。厳しさも愛情で、ある意味、かず子はお母さまによっても生かされたように見えました。
――印象的な台詞もたくさんありましたが、宮本さんの中で特に刺さったものというと?
宮本 「世間で評判がいい人はみんなウソつきで偽物だわ。不良だけが本物で正直なの」という台詞です。確かに、表向きはいい顔をしている人が、裏で意外と悪いことをやっていたりもしますけど、ものをはっきり言う人はピュアで正直だからこそ、思ったままが出てしまう。私も世間の評判より、自分に正直で誠実でいたいので、かず子の言葉に共感しました。
――時代も背景も今と違いますが、理解できない心情はありませんでした?
宮本 戦後のお話なので、たぶん全部は理解できていないと思います。でも、脚本を読み込んでいくと、わかることはいっぱいありました。不倫という形でも上原を好きになったのは、普通の状況ではない中、生きる希望に繋がっていたのかなと。
誰にでも鳩と蛇みたいなところはある気がします
――太宰自身が投影されたような無頼な作家の上原は、宮本さんの目線からも魅力的に映りますか? それこそ自分に正直というか、心の赴くままに生きてる感じはしますが。
宮本 今の時代に置き換えると、全然好きになるタイプではないです(笑)。でも、当時ならどうだったんでしょう。その場になってみないと、わからないですね。
――今で言えば、かず子は不倫からシングルマザーになったわけですが、女性の生き方として「私の革命」という言葉も出ていました。あの時代に照らし合わせて、そこまでするかず子をどう思いました?
宮本 100%良いことだとは思いません。相手の奥さんのこともありますし、それで悲しむ人もいるので……。でも、そうすることで1人の人間が生きられたと思うので、100%悪いとも言えないですよね。
――今回のタイトルにも関わる、「心の中にいるもう1人の自分が蛇のように動き出す」という感覚もわかりました?
宮本 劇中では鳩のようなかず子から、上原に会うことで蛇のような女性になるシーンがあって。脚本でちゃんと描かれていたので、変化は付けやすかったです。
――宮本さんの中にも蛇はいます?
宮本 自分でわかりません。でも、誰にでも鳩と蛇みたいなところはあるような気がします。
台詞は撮影前に2ヵ月かけて完全に覚えました
――初主演と太宰作品へのプレッシャーは、現場でも感じましたか?
宮本 撮影に入ったらプレッシャーより、この作品を長く愛されるものにしたい気持ちのほうが強かったです。緊張とか余計な感情があると集中できないので、そうならないようにいろいろ準備しました。
――緊張しないための準備もしたんですか?
宮本 はい。台詞は撮影に入るまでに全部覚えました。2ヵ月かけて、少しずつ。どこのシーンを撮ると言われても、すぐできるぐらい準備万端で入ったので、緊張はあまりしませんでした。
――ごはんが食べられなくなるとか、胃が痛くなるとか、そういうこともなく?
宮本 なかったですね。ただ、着物なので、肩とかが筋肉痛になりました。内股だと内転筋をすごく使うんです。だから太ももも痛くて……。途中で脱ぎたくなるときもありましたけど、脱げないので(笑)。1ヵ月ずっと1日じゅう着物を着ていたのは、少し大変でした。
――演技的には、それほど悩むことはなかったですか?
宮本 近藤監督に「宮本さんが一番かず子のことを考えているはずだから、思うようにやってほしい」と言っていただけました。演じてみて「もうちょっとこうしてほしい」と言われたら直しながら、基本的には私が考えていたかず子で大きな指摘はなくて。スムーズに進みました。
練習していたら自分の言葉のように普通に出て
――戦後が舞台で、現代劇と違う何かが必要とされたりはしませんでした?
宮本 朝、現場に行くと、衣装さんとメイクさんが見た目からかず子にしてくれて、美術さんがセットを作ってくださっていて。いるだけでその世界に入れて、演技に打ち込めたので、特に時代は意識しなかったかもしれません。
――「私に火をつけたのはあなたよ」みたいな昔の文学調の台詞は、現代劇だと浮く気もしましたが、あの世界に入っていれば自然に出ました?
宮本 台詞を覚えたてのときは、すごく言い辛かったです。でも、体に入っていくうちに私なりの言いやすい方法が掴めると、スルッと自分の言葉のように言えて。違和感は薄れていきました。
――あれこれありつつ、主役として1本撮って、自信は付いたでしょうね。
宮本 やり切った感覚はありました。自分のクランクアップのときは全然泣かなくて、オールアップが安藤さんのシーンだったんです。衣装を着替えて戻ったら、もう撮り終わっていて。そのときは「本当に終わったんだ」とグッときました。みんなで作った作品が完成して、試写で大きなスクリーンに流れたときは、すごく感動しました。
上辺で強い女性には見せたくなくて
――試写を4回ご覧になったとのことですが、役者さんによっては「自分の演技を観ると粗ばかり目に付いてしまう」と言う方もいます。今回、そういうことはなかったわけですか?
宮本 私も本来は自分の出演作は観ない派です。でも、初主演作で思い入れが強い分、しっかり観させていただきました。自分で言うのも恥ずかしいんですが、すごく面白かったです(笑)。客観的には観られないところもありましたけど、原作が太宰治で素敵なキャストの方々が出演していて、面白くないわけがないんですよね。
――かず子の強さが出ているシーンは、ご自分で観てもいい感じだったのでは?
宮本 私が思う強さは表面的なものより、器の広さ、人としてのやさしさ、無条件の愛。母親みたいな人こそ強くて、芯があると思うんです。かず子もただ上辺で強い女性にはしたくなくて、ちゃんとやさしさが含まれるように演じました。でも、台詞とかは結構強いので、ナレーションでかず子のやさしい気持ちを表現できたらと。耳障りにならない声で、観る方が本編に集中できるように心掛けました。
――確かにナレーションも重要で、分量も多かったですよね。
宮本 多かったです。撮った映像を観ながら、場面ごとにどんな感情で話すか考えました。かず子の気持ちはもうわかっていたので、やりやすかったです。
男性に頼りたいタイプではなくて
――「捨てるのは私のほうです」と言うところなどは、わかりやすく強さが出ていました。
宮本 あれはもう、女のプライドみたいな感じですよね。
――やっぱり捨てることができる女性は、男性よりも強いと?
宮本 そうかもしれないですね(笑)。
――逆に、男は弱いと思うこともありますか?
宮本 私はそもそも、男の人に頼りたいタイプではなくて。逆に「俺はできるぜ。強いぜ」みたいな人よりも、頼ってくれたり、弱い部分を見せてくれるほうがいいですね。毎回弱い部分ばかり見せられたら少しイヤですけど、ちゃんとしている人なのに弱い部分が見えると、「この人もやっぱり人間なんだな」とキュンとなります(笑)。
――それを受け止める包容力が、女性の強さということですね。
宮本 そうだと思います。
現場で何が起きても動じなくなりました
――撮影は今年の春だったそうですが、この作品を通じて、宮本さん自身が人間的にもひと皮むけた部分もありました?
宮本 1ヵ月半ぐらい怒濤の毎日で、人間としてすごく成長できたなと思います。連日撮影をしていると、いろいろあるんです(笑)。そこでいちいち動揺しなくなりました。対応力が付いたというか。突然ひょうが降ってきても、赤ちゃんが泣き止まなくても、3時間押しになっても、「大丈夫です」「じゃあ、こうしましょう」と。
――肝が据わって開き直れた感じですか?
宮本 はい。大変なのも疲れているのも、みんな一緒ですから。
――実際、ひょうが降ったんですか?
宮本 降りました。3月の青森の海で。直治と歩きながら話すシーンで、もともとすごく寒かったところに、さらにひょうが降ってきて。2人とも震えながら台詞を言っていました。うまく編集してくださって、そこまで寒そうには見えませんけど、すごく大変だったんです。ひょうも大きくて、痛くて。
――でも、動じなかったと。
宮本 動じないです(笑)。何があっても。
あざとさとブリッコの境目が難しくて
――一方、ドラマ『ザ・トラベルナース』では、婚活に励む准看護師の弘中スミレ役で出演中。ロックオンした相手にすぐ色目攻撃というキャラで。
宮本 お金持ちの人に目がなくて、あざといことをいろいろやっています(笑)。
――あざとさの研究もされたんですか?
宮本 “あざとい”で検索して、あざといと言われる方の動画を観たりしました。私はあざといと悟られないのが、あざとさだと思うんです。悟られてしまったら、それはブリッコ。そこの境目が難しくて。
――普段はあざといことはしませんか?
宮本 しないです(笑)。こういう役もやったことがなくて、かず子ともギャップがあって面白かったです。
――昨年は『ドクターX』で研修医を演じましたが、また医療シーンもあって。
宮本 今回は准看護師役なので注射もできません。機械を出したり、ベッドメイキングをしたりしています。ナースステーションだけでなく寮でのシーンもあって、様々な姿をお見せできると思います。
アクションを本格的に練習し始めました
――今年も残り2ヵ月になりましたが、昨年末の恒例の晴れ着撮影会では、2022年の目標に“虎穴虎子”を挙げていました。実際、虎の穴に突っ込むようなチャンレンジは実行できました?
宮本 できたと思います。やっぱり映画が大きくて。あと最近、アクションを習い始めました。まだ基本を練習中で、もうちょっと続けたら、カッコ良くできるようになると思います。
――宮本さんの長い手足でアクションをしたら、カッコ良さそう。
宮本 今は逆に、手がヒョロッと長いのがカッコ悪いんですよね(笑)。もうちょっと筋肉を付けないと。
――そもそも、なぜアクションを練習しようと?
宮本 アクション映画やドラマが好きなんです。ゾンビものとか宇宙人系とかスパイものとか。自分も出たいと思って、本格的に始めました。
――もともとバレーボールをやっていたんですよね?
宮本 バレーボールとクラシックバレエをやっていました。アクションとは全然違って、だからこそ挑戦してみたくて。体を動かすことは苦ではないです。
年越しそばはカウントダウンして食べます(笑)
――ちょっと早いですが、年末に向けては楽しみとかありますか?
宮本 やっぱりクリスマスと年末とお正月は楽しいですよね。うちでは年越しそばをカウントダウンのギリギリに食べます。
――リアルに年越しのタイミングで?
宮本 夜ごはんでなく、本当に年越しをするときに5、4、3、2……とカウントダウンしながら食べるんです(笑)。私はそれが当たり前だと思って生きてきました。でも、違うんですよね(笑)。
――そんなスタイルの年越しそばは聞いたことがありません(笑)。
宮本 うちでは小さい頃から、それが普通だったんです。11時45分ぐらいから、おそばを作り始めて、55分ぐらいに食卓に並べて、テレビを観ながらちょっと待って。
――『ゆく年くる年』とかを観ながら。
宮本 それで年が明ける10秒前から数えて食べ始めるのを、いまだに毎年続けています。我が家の新年を迎える恒例行事です(笑)。
Profile
宮本茉由(みやもと・まゆ)
1995年5月9日生まれ、秋田県出身。
2016年に「第1回ミス美しい20代コンテスト」で審査員特別賞。2017年より『CanCam』で専属モデル。2018年にドラマ『リーガルV~元弁護士・小鳥遊翔子~』で女優デビュー。主な出演作は『監察医 朝顔』、『ボイスⅡ 110緊急指令室』、『ドクターX~外科医・大門未知子~』など。『ザ・トラベルナース』(テレビ朝日系)に出演中。11月4日より全国公開の映画『鳩のごとく 蛇のごとく 斜陽』に主演。
『鳩のごとく 蛇のごとく 斜陽』
原作/太宰治 監督/近藤明男 脚本/白坂依志夫、増村保造、近藤明男
出演/宮本茉由、安藤政信、水野真紀、奥野壮ほか
TOHOシネマズ甲府にて先行公開中。11月4日よりTOHOシネマズ日本橋ほか全国ロードショー
太平洋戦争が終わった昭和20年、没落貴族となったうえ、当主である父を失った島崎かず子(宮本茉由)とその母・都貴子(水野真紀)は、東京の実家を売って西伊豆で暮らすことに。一方、南国の戦地に赴いたまま行方不明だった弟の直治(奥野壮)が帰国する。かず子は母から、年の離れた資産家に嫁いだらどうかと言われて激怒。「鳩のごとく素直に、蛇のごとく慧かれ」というイエスの言葉と共に、6年前の中年作家・上原二郎(安藤政信)との出会いを思い出していた。