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戦慄の“羊ムービー”もヒット。年内は月1本ペースで公開。ますます加速、強烈化する「A24」作品

斉藤博昭映画ジャーナリスト
『LAMB/ラム』より

9/23に公開された『LAMB/ラム』が好調だ。10/1の映画ファーストデイは各劇場で完売の回が続出。白夜のアイスランドで展開する、人間と羊のストーリーは想像をはるかに超える衝撃も用意。なんとなく展開は読めるようで、その斜め上から襲ってくる感覚もあり、これから観る人には「できるだけ予備知識ナシで」とオススメしたい。そんなわけで評判が評判を呼び、衝撃を体感したい人が増えている。

この『LAMB/ラム』の人気は、ある程度、予想されていた。「A24」作品に期待する観客にとって、見事に“ハマった”内容だったからだ。A24とはアメリカの映画会社で、今や映画ファンにとってはひとつのブランドとなっている。エッジの効いた作風やスタイルで、これまでにない体験を届けるーー。A24作品の多くにはそんなイメージがあり、それが定着したのが『ミッドサマー』。日本でも若い観客を中心に予想外のヒットを記録した。今回の『LAMB/ラム』も、『ミッドサマー』のA24作品とプロモーションされ、こうして注目を集めることになった。

A24は製作会社でもあり、配給会社。『ミッドサマー』は製作と北米での配給を手がけた作品で、『LAMB/ラム』は製作には関わっておらず、北米の配給を担当したのみ。それでも作品が自社配給にふさわしいと判断されたわけで、A24作品と一括りにされる。

設立されてまだ10年ながら、『ルーム』『ムーンライト』『レディ・バード』『ミナリ』などアカデミー賞に絡む秀作も量産しているA24。

もちろんA24作品にも“当たり”“ハズレ”はある。ただ、興行的にそれほど成功しなかったとしても、作品のクオリティは基本、高い。斬新なスタイルの作品も多数を占める。とりあえず「観たい」という欲望を刺激するラインナップなのだ。

そのA24作品が『LAMB/ラム』の後も、年内は月1本のペースで日本公開される(すでに8月も『Zola ゾラ』というA24作品が公開)。

まず10月は『アフター・ヤン』(A24製作・北米配給)

近未来、AIのロボットが家族の一員になった世界を描く。基本設定だけから想像されるのはSFドラマだが、そのテイストはヒューマンな家族ドラマ。長男であるロボットは人間と何ら変わらない外見で、会話や表情もまったく自然。ヤンという名の彼が故障し、家族との別れを予感させるストーリーが、静謐に展開していく。

ヤンを失うかもしれない悲しみに、彼の体内に記録されていた家族の思い出の動画などが絡み、じわじわ感動を呼び起こす。主人公一家が茶葉を売る店を営み、お茶の蘊蓄が語られ、スタイリッシュな美術、アジアンテイストの衣装、坂本龍一の音楽……と、全体に東洋的なムードが充満。監督は韓国系アメリカ人のコゴナダ。A24ならではの“とんがった”イメージを、いい意味で裏切る作品で、そこが逆に新鮮かもしれない。

続く11月は『グリーン・ナイト』(A24製作・北米配給)

こちらは奇怪なムード、独創的なヴィジュアルという点で、いかにもA24“らしい”作品。14世紀の叙事詩を、「指輪物語」のJ・R・R・トールキンが現代英語に翻訳したものが原典。何やら難解な作品という予感も漂うが、とことんシュールな冒険奇譚として、観ているこちらを没入させる。

アーサー王の甥である主人公がクリスマスの祝宴を楽しんでいると、そこに全身が草木で覆われた緑の騎士(=グリーン・ナイト)が現れ、“首切りゲーム”に誘う。主人公は騎士の首を切り落とすが、騎士はその首を拾い上げ、「来年のクリスマスに私を探し出せ」と謎めいた言葉を残して去って行った。1年後、主人公の過酷な冒険が始まり……という、怖い「おとぎ話」のような世界。荒野に吊るされたガイコツ、しゃべる動物など、幻想怪奇な要素がたっぷりで、目を疑うシーンも続出するが、そのすべてが映像美を伴って迫ってくる。監督は『A GHOST STORY/ア・ゴースト・ストーリー』もA24の下で撮ったデヴィッド・ロウリー。

そして12月は『MEN 同じ顔の男たち』(A24北米配給)

もしかしたら、これこそ『ミッドサマー』『LAMB/ラム』に最も印象が近い作品かも。夫を亡くした女性が、その傷とトラウマを癒すため、ロンドン郊外のカントリーハウスを借りてしばらく過ごすことに。周囲の森を散策する彼女は、ひとけのないトンネルで奇妙な感覚におそわれ、その後、怪しい全裸の男を目撃する。孤独な屋敷の生活で彼女を待ち受けていたのは……。

タイトルで少し内容は想像できるが、その“状態”となる描き方も絶妙。極限の状況に放り出された主人公の切迫さを、否応なしにこちらも体感してしまう作り。好き/嫌いも分かれそうな作品で、そこもA24らしい。監督は『エクス・マキナ』で、やはりA24との仕事を経験しているアレックス・ガーランド。

こうして“月イチ”のA24祭が続くが、2023年に入るとすぐに、さらなる注目作も公開される。アカデミー賞に絡むのが確実のA24作品だ。

まず次回のアカデミー賞で作品賞や主演女優賞など数々のノミネートが有力視されているのが、『Everything Everywhere All at Once(原題)』。A24作品としては、過去最高のヒットを記録。破産寸前のコインランドリーを営む主人公が、弱気な夫とともにマルチバース(並行世界)で悪と戦う。しかもカンフーで……という、超奇抜なストーリー。それがなぜか怒涛の興奮と感動を誘い、世界中で大絶賛されているのだ。主演はミシェル・ヨー。夫役は『インディ・ジョーンス/魔宮の伝説』『グーニーズ』で子役として大人気だったキー・ホイ・クァン

そしてアカデミー賞で主演男優賞に絡みそうなのが『The Whale(原題)』。タイトルの意味は「クジラ」。体重600ポンド(約272キロ)のゲイの教師が、疎遠になっていた17歳の娘との関係を修復しようとする物語が室内劇として展開。「ハムナプトラ」シリーズでスターになるも、その後、キャリアが低迷した時期もあったブレンダン・フレイザーが、増量にファットスーツまで身に着け、特殊メイクで挑んだ主人公役で圧倒的な評価を得ている。まさにキャリア、大復活! 監督は『ブラック・スワン』のダーレン・アロノフスキー。

『The Whale』 courtesy of TIFF
『The Whale』 courtesy of TIFF

このように2023年に入っても、さらに強烈なインパクトで観客を熱狂させる作品が、日本に贈り届けられる。A24というブランド名は、映画を選ぶひとつのスタンダードになりつつある。

『LAMB/ラム』

全国公開中

配給:クロックワークス

(c) 2021 GO TO SHEEP, BLACK SPARK FILM &TV, MADANTS, FILM I VAST,

CHIMNEY, RABBIT HOLE ALICJA GRAWON - JAKSIK, HELGI JÓHANNSSON

『アフター・ヤン』

10月21日(金) 、TOHO シネマズ シャンテほか全国ロードショー

配給:キノフィルムズ

(c) 2021 Future Autumn LLC. All rights reserved.

『グリーン・ナイト』

11月25日(金) 、TOHO シネマズ シャンテほか全国ロードショー

配給:トランスフォーマー

(c) 2021 Green Knight Productions LLC. All Rights Reserved

『MEN 同じ顔の男たち』

12月9日(金)、TOHOシネマズ日比谷ほか全国公開

配給:ハピネットファントム・スタジオ

(c) 2022 MEN FILM RIGHTS LLC. ALL RIGHTS RESERVED.

映画ジャーナリスト

1997年にフリーとなり、映画専門のライター、インタビュアーとして活躍。おもな執筆媒体は、シネマトゥデイ、Safari、スクリーン、キネマ旬報、VOGUE、シネコンウォーカー、MOVIE WALKER PRESS、スカパー!、GQ JAPAN、 CINEMORE、BANGER!!!、劇場用パンフレットなど。日本映画ペンクラブ会員。全米の映画賞、クリティックス・チョイス・アワード(CCA)に投票する同会員。コロンビアのカルタヘナ国際映画祭、釜山国際映画祭では審査員も経験。「リリーのすべて」(早川書房刊)など翻訳も手がける。連絡先 irishgreenday@gmail.com

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