映画『子どもたちをよろしく』広島で上映中止騒動の気になる動き
広島の劇場でいきなり上映中止の事態が
元文科省の前川喜平さんと寺脇研さんの企画である映画『子どもたちをよろしく』が2月29日から渋谷ユーロスペースほか全国で順次公開されるのだが、その公開直前に予定していた広島市の映画館が突如上映中止を決定するなど、気になる動きがある。
広島のある映画館で、昨年末に上映が決まり、4月11日公開に向けて年末からマスコミ試写を開始、1月21日には劇場での試写も行いながら、2月11日に突如、上映中止になってしまったのだ。配給会社の奔走により、同じ広島市内の別の劇場で公開が決まったのだが、異例の中止の背景がどうも釈然としない。劇場現場は上映へ向けて動いていたのに、途中で横やりが入ったようなのだ。
この映画は、いじめや自殺を取り上げながら、今の日本社会で子どもたちの置かれた現実を考えようという劇映画で、現状の教育のあり方への批判的視点を含んでいる。企画にあたった前川さんと寺脇さんは、映画を紹介するいろいろな機会に、安倍政権のもとでの教育政策を批判してきた。プロデューサーの寺脇さんも、元文科省事務次官の前川さんも、そういうスタンスで知られた人物だ。
月刊『創』3月号に掲載したお二人の対談をヤフーニュース雑誌に公開した。この中でも、寺脇さんは「映画『子どもたちをよろしく』は安倍政権批判のつもりで作ったんです」と明言。文科省に申請して助成金をもらうことを自ら拒否して、独自に寄付を集めたという話をしていた。
https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20200222-00010000-tsukuru-soci
『子どもたちをよろしく』といじめ・教育・文科省 前川喜平×寺脇 研
それに対する圧力が…というようなわかりやすい話ではないのだが、実は2018年にも、県内で開催の前川喜平さんの講演会を広島県と広島市の教育委員会が後援拒否したことがあった。だから今回も、どこかで「忖度」が働いても不思議ではない。こういうケースで詳細な事情が明らかになることは簡単ではないのだが、この上映中止騒動はどうも気になると言わざるをえない。
横浜市の人権啓発講演で驚くべき事態が発覚
そう思ったのには理由がある。ちょうど時期を同じくして、私もおつきあいのある日本障害者協議会の藤井克徳代表をめぐる気になる事態が発覚したからだ。
これは朝日新聞の調査によるもので、同紙以外ではあまり報道されていないのだが、2月17日紙面に掲載されたのは驚くべき内容だった。
https://www.asahi.com/articles/ASN2J71QXN2FULOB006.html
「共産党系」理由で講師依頼撤回 区役所、事実認め謝罪
昨年末に横浜市緑区が開催した人権啓発講演会の講師として、7月に藤井さんに依頼がなされたという。ところが内諾を得て6日後に、講師依頼のキャンセルがなされた。理由は手違いによりダブルブッキングがなされていたからと説明されたのだが、実はそうではなかった。
朝日新聞が11月に情報公開請求制度を利用して講師選定の議事録を請求したのに対して、緑区は2度にわたって非開示決定をし、黒塗りの開示を1回行った。それにもめげずに4回目の開示請求を行った結果、驚くべき記録が開示されたのだった。これだけ粘り強く朝日新聞が開示請求を行ったのは、内部情報を得ていたからだろう。
最終的に明らかになったのは、藤井さんをネット検索で得た情報で共産党系と勝手に思い込んだ緑区職員が、「なぜこの人を呼んだのかと意見が入る可能性がある」という理由でキャンセルを決めたという事実だった。つまり政権に忖度して異論が出そうな可能性を排除したということらしい。ちなみに藤井さんが代表を務める団体も藤井さんも、特別に共産党と関係があるわけではなく、各政党と等距離を保っているというから、緑区の決定は勘違いに基づくものらしい。
でも、たとえそうでなかったとしても、行政が思想信条を理由に講師決定を取り消すなどあってはならないことだろう。緑区は講師依頼撤回について事実を認め、謝罪したのだが、これはたまたま発覚したからであって、恐らくこれは氷山の一角といってよいだろう。
日本障害者協議会は、2月20日付で抗議声明を発表した。
http://www.jdnet.gr.jp/opinion/2019/200220.html
《2月17日の朝日新聞報道から判明した事実を受けて
2月17日朝日新聞社会面に、日本障害者協議会(JD)藤井克徳代表(きょうされん専務理事)が内諾していた横浜市緑区主催の人権啓発講演会での講演について、ネット検索の情報によって、特定の政党に偏っていると判断し、事実とは反することを理由に講演依頼を取り消されていたことが報道された。取り消しの理由も「ダブルブッキング(二重予約)していた」などと偽り、本当の理由を述べなかった。
私たちは、今回の出来事は一個人・一団体の問題ではなく、市民社会に対する重大な人権侵害問題であると考え、当該自治体には猛省を求めると同時に、他の地域で同じことが繰り返されないために緊急声明を発表する。
日本障害者協議会は、障害政策について、どの政党かに関わらず、時には厳しい意見を含めて、対等に意見交換してきた。
私たちは、「中立」を理由に、あるいは恣意的に「忖度」が行われ、一部の人を閉め出す動きが広がることを危惧している。それは、日本国憲法が認める思想・信条の自由を大きく歪め、特定の人たちの排除につながっていくと懸念するからである。
真の中立とは、さまざまな思想・信条をもつ人たちが、自由に意見を表明し、その上で違いを認め合える社会であろう。私たちは、これからも障害者権利条約が示す「インクルーシブ社会(分け隔てのない社会)」の実現をめざし、あらゆる差別や偏見と闘っていく所存である。
2020年2月20日
認定NPO法人日本障害者協議会 理事会》
『宮本から君へ』補助金不交付訴訟も審理開始
森加計問題から「桜を見る会」問題まで、この間、次々と露呈してきたのは、「安倍一強」が続くことによって行政現場が常に政権の顔色をうかがい、つじつま合わせのために文書改ざんも平気で行うという腐敗した現実だった。政権側も支持率がそれなりにあることに慢心して、最近の次期検事総長ポストをめぐる検察への人事介入に見られるごとく、人事権を行使して民主主義のルールを平気で踏みにじってきた。そういう現実が行政の末端現場まで浸透しつつあるのだ。
映画の話に戻れば、昨年来話題になっているのが、劇映画『宮本から君へ』に出演していたピエール瀧さんが薬物で逮捕されたのを受けて、この映画への補助金が不交付になった事件だ。河村光庸プロデューサーの所属する制作会社スターサンズは12月20日に、不交付決定は違憲だとして日本芸術文化振興会を提訴した。2月20日に東京地裁で口頭弁論が開かれている。
昨年はあいちトリエンナーレ2019でも補助金不交付問題が起きたが、この『宮本から君へ』のケースで囁かれているのは、河村プロデューサーが昨年、『新聞記者』『i』と、東京新聞の望月衣塑子記者をモデルにした映画を製作して反響を呼んだこととの関係だ。2つの映画とも政権批判の印象が色濃いため、『宮本から君へ』の補助金不交付はその意趣返しという意向が働いているのではないかという見方だ。現状においては確証はもちろんないのだが、そういう見方が流布されるほど、最近の表現や文化をめぐる息苦しさは多くの人の意識にのぼっている。
安倍政権にとって改憲は悲願とされてきたが、自衛隊の海外派兵や、表現の自由への侵食、また主権在民がないがしろになっていることなど、実質上の改憲が既に推し進められていると言っても過言ではない。森加計問題や「桜を見る会」問題など、政権の公私混同は目を覆うばかりだが、それを文書改ざんもいとわず無理を通して道理が引っ込むという状況がとめどなく続いている。こういう政権が長く続いていること自体、危機的なことと言わなければならない。
象徴的な事件は2014年に起きた「九条俳句」問題もそうだ。「梅雨空に 九条守れの 女性デモ」と市民が詠んだ俳句を、さいたま市の公民館報が掲載拒否。後に市民側が提訴して行政が敗訴するのだが、裁判で明らかになったのは、行政職員が政権に批判的ととられることを恐れ忖度していたという実態だった。
日本障害者協議会の藤井代表のケースも、今、日本社会で起きていることを象徴的に示した事柄だ。それゆえにこそ冒頭で紹介した『子どもたちをよろしく』の上映中止も気にならざるをえないのだ。
いまはただ、この映画を多くの人が観て、教育の現状をめぐる議論がなされることを期待したい。映画『この世界の片隅に』が市民の支持によって異例の大ヒットになったように、映画などの文化が政権の意向に左右されることなく、市民の手で守られていってほしいと思う。
『子どもたちをよろしく』公式ホームページは下記