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「加熱式タバコ」の詭弁:「有害物質低減」は「健康リスク低減」ではない

石田雅彦科学ジャーナリスト
(写真:イメージマート)

 喫煙に健康リスクがあるのは周知の事実だが、有害物質が低減されると言われる加熱式タバコはどうなのだろうか。最近の研究から、その実態を探ってみた。

加熱式タバコの有害性とは

 加熱式タバコについての議論が盛んだ。特に税制改正での増税問題が主だが、その背景として加熱式タバコの有害物質は紙巻きタバコより少ないのだから課税も低くあるべきという意見もある。

 では、加熱式タバコに有害性はないのだろうか。以下は、加熱式タバコを喫煙することによる有害事象の研究報告だ。

 ギリシャの研究グループが若年層の加熱式タバコ喫煙者を対象にして調査したところ、動脈に対する急性の悪影響がみられたという(※1)。これはニコチンによる影響かもしれないが、同研究グループは加熱式タバコに対するより多くの研究が必要と述べている。

 ドイツの研究グループが、若年層の研究参加者20人に加熱式タバコを吸ってもらい、喫煙後の血圧を調べたところ、血圧の急激な変化がみられたという(※2)。同研究グループは、加熱式タバコに含まれるニコチンとその他の有害物質による影響が考えられると述べ、動脈硬化や心血管疾患のリスクがある危険性を指摘している。

 スウェーデンの研究グループによる肺と気管支の細胞を使った論文は、加熱式タバコの成分が紙巻きタバコと同じ呼吸器への毒性を示したことを報告している(※3)。そのメカニズムは、酸化ストレス、遺伝子の損傷、不飽和脂肪酸の酸化、細胞死といった多段階の過程を経るが、加熱式タバコでも同様の悪影響が起きたという。

 加熱式タバコの成分と毒性についてのスウェーデンの研究グループによる最新の論文では、紙巻きタバコと同様に含まれるニコチンの特に若年層の脳への悪影響を指摘している(※4)。そして、加熱式タバコからの受動喫煙によるニコチンの害は、妊婦、子どもなどにも有害と述べている。

加熱式タバコも健康への悪影響は減らない

 加熱式タバコの有害物質が、もし仮に紙巻きタバコの1/10とすれば、紙巻きタバコを1日1箱20本吸う喫煙者が2本に減らした場合に相当するかもしれない。では、吸う量を1/10に減らせば健康リスクも減るのだろうか。

 以下は紙巻きタバコを含む喫煙者のデータだが、米国の大規模な集団(コホート)疫学調査によれば、1日1本に満たない量の喫煙でも、それを長く続けることで全死亡リスクが1.64倍に高まることがわかっている(※5)。また、この調査によれば、特に喫煙者の肺がんによる死亡リスクが9倍以上となっている。

 冠動脈疾患(心筋梗塞や狭心症など)、脳卒中のリスクも1日1本の喫煙でさえ大きい。英国などの研究グループが、関連する55論文を比較した研究によれば、1日20本の喫煙と比べ、1日1本の喫煙でもリスクの減り方は1/3に過ぎず、喫煙量を1/20に減らしても冠動脈疾患、脳卒中のリスクは大きく減るわけではないことがわかった(※6)。

 以下の図は、有名な論文からの引用だ。喫煙は虚血性心疾患(心臓に酸素や栄養がいかず、胸や心臓に痛みや圧迫感が生じる病気)の有力なリスク因子だが、1日1本の喫煙でも虚血性心疾患のリスクが上がっていくのがわかる(※7)。

Pechacek, Babb, BMJ, Vol.328より筆者図改編
Pechacek, Babb, BMJ, Vol.328より筆者図改編

 つまり、もし仮に加熱式タバコで有害物質が低減していても、タバコ関連疾患による健康リスクが低減するとは限らない。それだけ紙巻きタバコの有害性が凶悪だということだが、加熱式タバコもそれに劣らないほど有害だ。

 加熱式タバコへの増税が議論になっているが、タバコによる医療費増などの社会的な負担を考えるなら、加熱式タバコを含む喫煙者を減らし、喫煙率を下げていくことが財政的にも最善の策だろう。

※1:Nikolaos Loakeimidis, et al., "Acute effect of heat-not-burn versus standard cigarette smoking on arterial stiffness and wave reflections in young smokers" European Journal of Preventive Cardiology, Vol.28, Issue11, e9-e11, 29, April, 2020
※2:Klaas Frederik, et al., "The impact of heated tobacco products on arterial stiffness" VASCULAR MEDICINE, VOl.25(6), 572-574, 28, July, 2020
※3:Mizanur Rahman, et al., "Insight into the pulmonary molecular toxicity of heated tobacco products using human bronchial and alveolar mucosa models at air–liquid interface" scientific reports, 12, Article number: 16396, 30, September, 2022
※4:Swapna Upadhyay, et al., "Heated Tobacco Products: Insights into Composition and Toxicity" toxics, Vol.11(8), 667, 2. August, 2023
※5:Maki Inoue-Choi, et al., "Association of Long-term, Low-Intensity Smoking With All-Cause and Cause-Specific Mortality in the National Institutes of Health–AARP Diet and Health Study" JAMA Internal Medicine, Vol.177(1), 87-95, January, 2017
※6:Allan Hackshaw, et al., "Low cigarette consumption and risk of coronary heart disease and stroke: meta-analysis of 141 cohort studies in 55 study reports" the BMJ, Vol.360, 24, January, 2018
※7:Terry F. Pechacek, Stephen Babb, "How acute and reversible are the cardiovascular risks of secondhand smoke?" the BMJ, Vol.358, 980-983, 24, April, 2004

科学ジャーナリスト

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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