『ワンダーウーマン』、日本の映画ライターが書かない暗黒面―イスラエル最強のソフトパワー
今月25日、日本でも公開が始まったハリウッド映画『ワンダーウーマン』について、筆者は先日、 「正義のヒロイン」似合わぬ『ワンダーウーマン』主演女優のコワモテ素顔、日本の映画ライター達の平和ボケ という記事を書いた。その非人道性が国際的な非難を浴びた、2014年のイスラエル軍によるパレスチナ自治区ガザでの虐殺について、『ワンダーウーマン』主演女優であり、自身も兵役を経験しているガル・ガドットは、「私達は正しい」「イスラエル軍に愛を」とフェイスブックに投稿するなど正当化。イスラエル軍を支持する人々から祭り上げられた。その、ガドットが「正義の味方」を演じることへの違和感についての記事であった。この記事に対する、ネット上での意見には「映画作品と主演した女優の思想は関係あるのか?」というものが散見された。「映画に政治を持ち込むな」というような反応もあった。
そこで、あえてもう一度、日本の映画ライターが書かない『ワンダーウーマン』の暗黒面について、記事を配信することにした。映画というものは、残念ながら、政治と無関係ではないこともある。時には、暴力と抑圧を正当化する、或いはそうした負の側面を覆い隠す、“ソフトパワー”として利用されることもあるのだ。そして、そのような意味において、『ワンダーウーマン』を利用し、この映画が各国でヒットしていることをほくそ笑んでいる者達もいる、ということに注意すべきなのである。
〇ガザ虐殺を支持したガドットが語る「国連の使命」
『ワンダーウーマン』という映画は、単なるフィクションにとどまらず、現実の国際政治にも浸食しようとし、その主演女優であるガル・ガドットもその機会を最大限に利用しようとした。
本稿をご覧の皆さんは、昨年10月の国連でのワンダーウーマンをめぐる論争のことをご存知だろうか?同月21日、国連は女性の権利や地位向上を促進するための名誉大使としてワンダーウーマンを任命したが、「実在しない架空のキャラクターより、むしろ実在して活躍している女性を名誉大使にすべき」「露出度の高い服を着たグラビアモデルのようなプロポーションのキャラクターが女性の権利や地位向上を呼びかけるのはおかしいのでは」等の苦情が殺到し、結局、ワンダーウーマンはわずか2カ月で、国連名誉大使としての役割を終える。
この件で、注目すべきはジェンダー的な論争のみならず、そもそも何故、ワンダーウーマンを名誉大使に、という話になったか、ということだ。それは、『ワンダーウーマン』の各国公開に先立ち、制作会社が国連に話を持ち込んだからなのだ。そして、最も皮肉かつ呆れるべきことは、2014年のガザでの虐殺を支持した、かのガドットが国連の場でスピーチし、「ワンダーウーマンの平和な世界についてのビジョンは国連の使命と完全に一致しており、かつ、楽観的で辛抱強い」等と語ったことだろう。
2014年のガザ攻撃では、私も現地で取材をしていた(動画を参照)。女性や子ども等の非戦闘員が避難していた国連管理の学校を、イスラエル軍は3回も攻撃した。これに対し、現地の国連の責任者は、「これは虐殺であり、(ハマスなどの武装勢力ではなく)一般市民に対する戦争だ」と、激しく抗議。翌年2015年にまとめられた国連の独立調査団がまとめた報告書も、「前例のない破壊と苦しみをガザの人々に与えた」として、イスラエル軍の戦争犯罪を批難した(関連情報)。
こうしたイスラエル軍の行為は、「国連の使命と一致する」とは到底言えないだろう。ガザ攻撃を支持しながら、「平和な世界についてのビジョン」を語った、ガドットの面の皮は、イスラエルが誇るメルカバ戦車の装甲並みに厚いに違いない。
〇『ワンダーウーマン』が残忍で傲慢なイスラエル兵をイメチェン?
この映画のボイコットを訴えていた中東の人々からすれば残念なことに、『ワンダーウーマン』は各国で大ヒットしており、日本でもアイドルグループの「乃木坂46」がアピールするなどして注目を浴びている。こうした状況について、映画関係者を除けば、誰よりも喜んでいるのは、パレスチナとの和平に否定的なイスラエルの右派であろう。現地有力紙「エルサレム・ポスト」の、今年7月19日付のコラムは、彼らの本音を明け透けに書いている。
ここまでバカ正直だと、苦笑を禁じ得ないほどだ。このコラムは、イスラエル軍で兵役を経験したガドットが「その軽妙なトークと知名度で、西欧社会における残忍で傲慢なイスラエル兵のイメージを人間的なものに変えるだろう」とまでも書いている。日本のニュース番組ではあまり報じられないが、ここ最近も、イスラエルはヨルダン川西岸や東エルサレムで、パレスチナ人の住居を破壊してユダヤ人入植地を拡大している。抗議する者がいれば、それがまだ未成年の子どもであっても情け容赦なく暴力を振るい、刑務所へ投獄するということを繰り返している。だが、イスラエルの右派達はイメージ低下を恐れることはない。『ワンダーウーマン』がイスラエルのイメージを改善してくれる、というわけだ。
〇映画を観る上で知ってもらいたい現実
当たり前であるが、本稿をご覧になっている皆さんが、映画館で『ワンダーウーマン』を観るのは、個人の自由である。当然であるが、筆者がどうこう言えることではない。ただ、この映画の主演女優の言動や、彼女を占領と暴力のプロパガンダに利用しようという輩がいることも、そして何より、パレスチナの人々の苦境や彼らに連帯するイスラエル市民の平和運動についても、是非、知ってもらえたら、この間、中東で取材してきた者として、幸いである。
(了)