【脱炭素】なぜ日本は批判されるのか―中国や米国の方が酷い?ポジティブな視点も必要
地球温暖化防止は、全世界的な目標であり、各国は破局的な温暖化の影響を防ぐため、CO2等の温室効果ガスの排出を削減し、脱炭素社会に移行しなくてはならない―こうした事実は今や多くの人々に共有されているものでしょう。ただ、一方で日本の人々はこうも考えているのではないしょうか?「日本はこれまで省エネ努力をしてきたのに批判ばかりされている」「温室効果ガスの排出量は、中国や米国の方が圧倒的に多いのではないか」と。折しも、日本の今後の温室効果ガス排出削減計画(NDC)や、今後のエネルギー政策(第7次エネルギー基本計画)がまとめられようとしています。本稿では、上述のような、日本の人々が少なからず抱えているだろう疑問も踏まえ、温暖化対策や日本政府の姿勢について解説します。また、日本において、まだまだ「負担増」と見られがちな温暖化対策には、実は様々なメリットがあることも紹介していきます。
*本稿は、「志葉玲ジャーナル-より良い世界のために」からの転載です。
https://reishiva.theletter.jp/
〇中国や米国の方が圧倒的に排出しているのに…
地球温暖化防止に後ろ向きであると、内外から批判されることの多い日本ですが、世界全体の排出量(2021年)から国別で比較すると、中国が最も多く全体の32%。次いで米国で13%、3位がインドで6.9%。この3カ国で全体の約半分となります。日本は、第5位で全体の3%と、数字だけ見ると、日本の責任は小さいように感じる人々がいても不思議ではないのかも知れません。ただ、国民一人当たりで見ると、日本は中国やインドより排出が多いことも事実です(関連情報)
いずれにせよ、日本が温室効果ガスの排出削減をしなくても良いということではないようです。温暖化防止に取り組む日本企業によるグループ、「日本気候リーダーズ・パートナーシップ」の松尾雄介さんも、日本が温暖化対策に背を向けることでの国際的なモラルハザードを懸念します。
「世界の国別排出量で日本は第5位で、その下に190ぐらいの国々があるのですけれども、これら全体で世界全体の温室効果ガス排出の約半分弱ぐらいを占めています。だからと言って、日本は国別排出量の割合で3%だから排出削減しなくてもよいとしてしまうと、残りの国々も同じロジックに乗ってきます。そうなってしまっては、世界全体で削減することはできないことになってしまいます」(松尾さん)
また、気候政策シンクタンク「クライメート・インテグレート」代表理事の平田仁子さんに聞くと、「日本だけが頑張っているわけではないし、日本だけが頑張らなくてはいけないわけでもない」と言います。
「米国や中国、インドといったところの排出削減を引き出すという意味においても、世界の脱炭素を引っ張っていく国が必要で、非常に重要な局面に日本があるのかなと思います」(同)。
実は、中国と米国は温室効果ガスの排出量も多いのですが、その一方で毎年、太陽光や風力等の再生可能エネルギーを大幅に増やしているという面もあります。最も多く排出される温室効果ガスである二酸化炭素(CO2)の大きな排出源が火力発電であり、これを再生可能エネルギーに代替していくことは、極めて重要な温暖化対策です。IEA(世界エネルギー機関)によれば、2023年の世界全体の再生可能エネルギーの新規に導入された設備容量は、約510ギガワット(1ギガワット=100万キロワット。単純な設備容量に限って言えば原発1基分に相当)と膨大なものであったとのことですが、これを牽引したのが米国、欧州、ブラジル、そして中国です。とりわけ、中国は2022年に世界全体が稼働させた量と同量の太陽光発電を稼働させ、風力発電の導入も前年比で66%増加しています。
日本においても、毎年、再生可能エネルギーによる発電量は増加しているのですが、日本が持つ極めて高い再生可能エネルギーのポテンシャルにもかかわらず、導入の量、或いはスピードは、中国や米国、欧州などに比べ後れをとっていると言わざるを得ません。環境エネルギー政策研究所によれば、2023年時点での日本の発電量における再生可能エネルギーの比率は25.7%となり割合で原発(7.7%)を大きく上回ったものの、EU27か国の再生可能エネルギーが電力に占める割合は44.3%。実に、日本の2倍近くとなっています。
〇低すぎる日本の目標
今後、日本が目指す再生可能エネルギーの発電における比率の目標値も、低すぎるのではないかと、専門家や環境団体等から指摘されています。現在、今後の日本のエネルギー政策の指針となる、第7次エネルギー基本計画(以下、第7次エネ基)がまとめられようとしていますが、その案として、経済産業省は2040年度の電源構成における再生可能エネルギーの比率について「4〜5割程度」とする方向で調整しているとのことです。しかも、「火力は3~4割」とする方向*ですから、これは、2050年にカーボンニュートラルを実現する、つまり、温室効果ガスの排出を実質ゼロにするという日本政府の目標にもそぐわない、極めて問題のある案です。
2035年に向けた温室効果ガス削減の中期目標(NDC)についての議論も経産省と環境省による審議会で行われていますが、こちらも「2035年までに60%削減(2013年比)」という案が示されましたが、前提をすり替えた詐術的なロジックが批判されています。昨年ドバイで開催された、COP28(国連気候変動枠組条約第28回締約国会議)の合意文書では、温室効果ガス排出の削減率の基準年を、「2019年」として、世界全体で必要な排出削減率を「60%」としています。ところが、上述の経産省と環境省による審議会の案は、基準年を「2013年」としており、これを2019年にあてはめると、削減率は「49%」という極めて低いものとなるという試算もあるのです。
審議会の委員の構成の偏りや、恣意的な進行に、外部からだけでなく委員の中からも批判的な声があがるなど、上述の案だけではなく議論のプロセスにも問題があり、これを見直す署名活動すら始まっているのです。
〇温暖化対策は世界全体だけでなく日本の利益に
日本において温暖化対策というものに対し、漠然と「負担増」のイメージを持っている人々もいるのかもしれません。実際、そうしたイメージを拡散するようなメディア報道や、ネット上のインフルエンサーの発信もあります。ただ、温暖化対策には、温暖化による破局的な影響を防ぐという目的以外にも、様々なメリットがあります。
その一つが、自国産の再生可能エネルギーが普及による経済効果です。これにより、国際情勢の変化などに伴う、石油や天然ガス等の化石燃料の供給不足や価格高騰に、日本経済や私達の生活が左右されにくくなります。化石燃料の輸入のため日本から流出しているお金は、年間20兆円以上で、国際情勢や円相場によって、さらに跳ね上がることもあります。ロシアによるウクライナ侵攻が始まった2022年は、化石燃料の国際価格が高騰し、その輸入に日本は費やした額は約35兆円にも上りました。これだけの膨大なお金が海外に流出せず、日本国内でまわせるようになれば、その経済効果は極めて大きいでしょう。
温暖化対策には、雇用の増加や技術革新につながり、経済を成長させるという効果も期待できます。上述の 日本気候リーダーズ・パートナーシップは、その提言書の中で、「脱炭素が各国の産業政策の主軸、日本経済の成長の成否も脱炭素の進捗次第」として、
「中国では 2023 年におけるGDP増加分の4割がクリーンエネルギー産業の拡大によるものでした。米国ではインフレ抑制法に関連して2年間に3,720億ドル(約56兆円)の脱炭素分野への民間投資が発表されており、33万人以上の雇用創出効果が見込まれる等、その便益の大きさから、民主党だけでなく共和党内での支持も広がっています(中略)日本経済が長期の横ばいを脱却し、今後確かな成長を実現するには、脱炭素分野での競争力の確保が極めて重要です」
と、温暖化対策のメリットを強調しています。
〇批判も重要だが、建設的な提案を広げよう
環境省による世論調査などを見ても、温暖化対策の必要性は或る程度、社会に共有されているにもかからず、それが先の衆院選でもそうであったように、政治や社会の変革におけるメインイシューとされ難いのは、温暖化対策に「負担増」「我慢、不便」というネガティブなレッテル張りがされているからではないでしょうか。日本が諸外国に遅れを取っている政策等に対する批判も重要ですが、同時に、温暖化対策を行うことのメリットも、より広く社会に共有されるべきしょう。これは、とりわけメディアでの報じ方が重要かと筆者は考えており、本稿にもそうした問題意識を反映しています。環境団体等も単に批判だけをしているのではなく、建設的な提案もしているので、そうした提案をメディアが報じる、また各個人もSNS等で広めていくといったことが、重要なのではないでしょうか。
(了)
*火力について、政府や大手電力会社は、「日本の技術の活用」として、従来の石炭等の化石燃料にアンモニアや水素を混ぜて燃やす「混焼」によって排出するCO2を削減するとしていますが、そもそも、アンモニアや水素を生産する過程でCO2が発生することや、コスト面でも高くなる等から、脱炭素に逆行した「火力発電の延命措置」だとして、内外の批判を受けています(関連記事)。昨年ドバイで開催されたCOP28でも、上述のアンモニアや水素を混焼する「ゼロエミッション火力」をアピールした日本政府に対し、国際的な環境団体のネットワーク「CAN」は、「グリーンウォッシュ(エコ偽装)」だとして、温暖化対策に後ろ向きという批判と皮肉である「化石賞」を日本に贈っています。