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「利権おじさん」達が若者達の未来を潰す-経産省前で抗議、署名も1万筆以上

志葉玲フリージャーナリスト(環境、人権、戦争と平和)
経産省前で行われた若者達や環境団体によるアピール 筆者撮影

 温暖化防止に向けた日本の中期の温室効果ガス削減目標(NDC)について、経産省と環境省の合同委員会*での議論が大詰めを迎えている。災害級の猛暑や豪雨が多発、世界的な脱炭素経済への移行など、温暖化対策をいかに行うかは、今後の日本の社会や経済を大きく左右する。だが、合同委員会で示された政府案が、温暖化での破局的な影響を防ぐには不十分であることや特定の業界の利権を維持しようとしていること、温室効果ガス削減目標に関する合同員会だけでなく、それと直接関わる第7次エネルギー基本計画に関する委員会も含めると、その委員会のメンバーが、50歳以上の男性が大半を占め、しかも、彼らは温暖化防止に消極的であったり、温室効果ガスであるCO2を大量に排出する火力発電等での利害関係があったりすることが指摘されている。つまり、今後の温暖化の進行により、最も影響を受けるのは若者達であるにもかかわらず、彼らの声がほとんど反映されない状況にあるのだ。

 これらの問題について、今月19日、経済産業省前で若者達や環境団体メンバーらが抗議のアピールを行った。また、同様の趣旨での署名も1万筆以上集まっている。経産省前での若者達の訴えと、同日行われていた合同委員会での審議について、わかりやすく解説する。

*正式名称は、「中央環境審議会地球環境部会2050年ネットゼロ実現に向けた気候変動対策検討小委員会・産業構造審議会イノベーション・環境分科会地球環境小委員会中長期地球温暖化対策検討WG 合同会合」。あまりに長すぎる(!)ので、以下、「合同委員会」と表記。

〇数字いじりで詐欺的な主張

 問題となっている合同委員会は、主に来年2月に国連に提出する、2035年までの日本の温室効果ガスの削減目標などについて議論し、年内にも計画案をまとめる方針だ。今年6月に第1回の会合が開かれ、本稿執筆時点で、8回の会合が行われている。

 その合同委員会が批判を受けている大きな理由の一つに、第6回会合(今年11月25日)で会合終了の30分前に突如、委員会の事務局(つまり経産省・環境省)から、「2035年に温室効果ガスを、2013年比で60%削減する」との案が出されたことがある。

 これは、前提となる基準年をずらして、日本の排出削減量を目減りさせようとする、何とも姑息なものだ。昨年の温暖化防止のための国際会議(COP28)での国際合意では、「2035年に2019年比で60%削減」。この世界全体としての目標での基準年「2019年」を「2013年」にずらす等の小細工をして、実質的に削減を49%にとどめる*というわけである。

*自然エネルギー財団の試算

https://www.renewable-ei.org/activities/reports/20241128.php

 しかも、この案について、合同委員会の事務局、つまり経産省と環境省は極めて不誠実な主張をしている。同案について、「1.5度目標と整合する」と主張。この1.5度目標とは、破局的な温暖化の影響を防ぐため、「世界平均気温の上昇を1.5度に抑える」という世界的な目標であり、その実現のためには上述の「2035年に2019年比で60%削減」が必須とされている。つまり、経産省と環境省は一見、「60%削減」と国際合意に合わせておきながら、基準年をずらして実質的な削減目標を49%に目減りさせているのであって、これは最早、詐欺的とすら言える。実際、この経産省・環境省の主張に対し、専門家からも「1.5度目標に整合するなど恥ずかしいからやめてほしい」と苦言が呈された。

〇若者・女性を軽視し、業界の利権を優先?

 もう一つ、若者達や環境団体が問題視していることは、日本の今後の温室効果ガス削減目標や、それに深く関わるエネルギー構成(具体的には、CO2排出の多い火力発電をいかに減らし、太陽光や風力などの再生可能エネルギーに置き換えていくか)を決める第7次エネルギー基本計画の策定についての、各委員会の人選が専門性や利害関係、年齢等の面で偏っていることだ。

経産省前で行われた若者達や環境団体によるアピール 筆者撮影
経産省前で行われた若者達や環境団体によるアピール 筆者撮影

 今月19日の若者達や環境団体(350.org Japan、Fridays For Future Tokyo)による経産省前での抗議を呼びかけた一人であるeriさん(市民団体WE WANT OUR FUTURE共同代表)は、筆者の取材に対し、以下のように訴えた。

「やはり、私達の未来を決めるというのに若い人の意見が取り入れられないというのが、すごく問題ですし、審議会のメンバーを見ていても50歳以上の男性が圧倒的に多い構成の中で、多様な議論が交わされる訳もなく、既得権的なその大企業との取決めで、それこそ皆さんが知るよしもないところで進んでしまうという危機感があります。気候危機(温暖化)や原発事故で影響を受ける市民こそ議論に参加するべきで、多くの人の生活に関わるエネルギー政策の議論に、透明性を重視した運営を求めます」(eriさん)

 とりわけ、第7次エネルギー基本計画に関する各委員会の構成は偏っていると言えよう。気候政策シンクタンク「クライメート・インテグレート」は、日本のエネルギー政策決定のプロセスの問題点についてのレポート*の中で、各委員会の委員の業種やや年齢、性別、エネルギー政策へのスタンスを分析している。それによると、

・一部には、直接の利害関係者である企業や業界団体が入っており、利益相反の問題も疑われる。複数の会議体に重複して参加する委員も多い。業種、府省出身者の任命、重複等の点で、公正と均衡を欠いている。

・全体的に50–70歳代が中心で、40歳代は少なく、30歳代以下はほとんどいない。15ある会議体うち11の会議体で、女性の比率は30%以下。

・多くの会議体において、化石燃料や原子力等の既存のシステムを維持することを支持する委員が大多数を占めていた。

 などの問題があるのだという。

*レポート「日本の政策決定プロセス:エネルギー基本計画の事例の検証」

https://climateintegrate.org/archives/6201

〇「優遇されている委員」は温暖化防止に後ろ向き

 上述のeriさん達が行った抗議アピールは同日に開催された上述の合同委員会の第7回会合に合わせて行われたものだが、この日や翌日の第8回の会合でのやりとりを見ても、確かに首を傾げたくなるところがある。例えば、池田三知子委員(日本経済団体連合会環境エネルギー本部長)の発言はかなり露骨に特定の業界の意見を代弁しているかのようだ。

「日本として自国排出削減を目指すが排出量は世界の3%なので、アジアをはじめ各国に日本の技術を広げ削減を目指すべき。日本は資源に乏しく再エネ適地も少ない。日本はハンディがあり(より温室効果ガス削減のペースを早める)下向き凸のシナリオを進めるべきではない」

池田三知子委員(日本経済団体連合会環境エネルギー本部長)

「2050年ネットゼロに向けた我が国の基本的な考え方・方向性」環境省・経済産業省提出資料より
「2050年ネットゼロに向けた我が国の基本的な考え方・方向性」環境省・経済産業省提出資料より

 まず、日本の温室効果ガス排出が世界全体の3%だから削減努力をしなくて良いという理屈は通らない。日本は世界第5位の大量排出国であり、その下に190くらいの国々が続いており、それらを合わせると全体の半分弱だ。日本が排出削減努力を怠れば他国もそれに習う国際的なモラルハザードを引き起こしかねず、それは全世界的な温暖化防止の枠組みを破壊するものだ。

 「再エネ適地も少ない」というのも繰り返し言われているデマで、実際には、水田や畑で農業と共存するかたちで太陽光発電を行うソーラーシェアリングや、洋上風力発電が極めてポテンシャルが高いことは環境省がその報告書で強調している。

 上述のように、今年11月の第6回会合では、合同委員会の委員達にとっても寝耳に水のかたちで、唐突に「2035年に温室効果ガスを、2013年比で60%削減する」との案が事務局から出されたが、これが経団連の主張するシナリオと同じものであることと、合同委員会に経団連の池田委員が参加していることとは、はたして偶然の一致なのだろうか。

 経産省資料「削減目標・再エネ比率に関する各団体の提言概要」より
 経産省資料「削減目標・再エネ比率に関する各団体の提言概要」より

 また、第7次エネルギー基本計画に関する7つの委員会で重複して委員を務める秋元圭吾委員)は、合同委員会の委員でもある。秋元委員が所属する地球環境産業技術研究機構(RITE)のシナリオは、合同委員会のやりとりの中でも時間を割いて秋元委員が説明。一時的にオーバーシュート(削減目標から超過して過大に温室効果ガスを排出すること)しても、最終的に2050年にカーボンニュートラル(温室効果ガス排出実質ゼロ)にすれば良いという点が特徴的であるが、これに対し、他の委員からは「オーバーシュートするシナリオとしないものでは(温暖化の進行による)被害が大きく異なる」「秋元委員のシナリオをベースで議論しているが、他のいくつかの団体にも来てもらい、そのシナリオも聞くべきではないか」等の異論が相次いだ。

 なお、秋元委員が所属するRITEは、主要な温室効果ガスであり、火力発電所等から発生するCO2を回収し有効利用していこうという研究を、団体の活動の主軸としている。CO2の分離・回収・利用の技術の必要性自体は否定するものではないが、これを火力発電所に用いて、回収したCO2を地下等に貯蔵するという、CCS(二酸化炭素回収・貯留)やCCUS(二酸化炭素回収・利用・貯留)は、技術的ハードルやコスト等で実現性に疑問視される一方、火力発電所を維持する口実に使われているという面もある。

 RITEの賛助会員に、関西電力や電源開発等の企業が名を連ねていることも象徴的だ。オーバーシュートを許容するRITEのシナリオ、それをプッシュする秋元委員の発言は利益相反の疑いがあるのではないかという問題について、また経産省や環境省もそれに加担しているのではないかという問題について、合同委員会の在り方が問われているのではないか。

〇経産省や環境省は若者達の声を聞け

署名サイト change.org より
署名サイト change.org より

 既に述べてきたように、日本の中期の温室効果ガス削減目標や第7次エネルギー基本計画の案の内容や、それが策定されるプロセスにおいて、大きな問題があることは確かであろう。今後、温暖化が進行する中で最もその影響を受ける当事者である若者達の意見はもっと政策に反映されるべきではないかとして、若手の環境アクティビスト・山本大貴さんが始めた署名、"結論ありきではなく、科学や若者の声を聞いて!~政府案「2035年までに温室効果ガス60%削減」は不十分~"は、短期間で1万筆以上を集めている。こうした声に、経産省や環境省は誠実に対応すべきだろう。

(了)

フリージャーナリスト(環境、人権、戦争と平和)

パレスチナやイラク、ウクライナなどの紛争地での現地取材のほか、脱原発・温暖化対策の取材、入管による在日外国人への人権侵害etcも取材、幅広く活動するジャーナリスト。週刊誌や新聞、通信社などに写真や記事、テレビ局に映像を提供。著書に『ウクライナ危機から問う日本と世界の平和 戦場ジャーナリストの提言』(あけび書房)、『難民鎖国ニッポン』、『13歳からの環境問題』(かもがわ出版)、『たたかう!ジャーナリスト宣言』(社会批評社)、共著に共編著に『イラク戦争を知らない君たちへ』(あけび書房)、『原発依存国家』(扶桑社新書)など。

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