月の砂を宇宙にまいて日光をさえぎり温暖化対策 気候工学に新たなプラン浮上
温暖化対策として高層大気にダストを散布し、太陽光の入射量を減らして温暖化を遅らせるソーラージオエンジニアリング(太陽気候工学)という手法がある。ビル・ゲイツ氏も著書で「選択肢のひとつとして議論を始めるべき」と主張しているが、火山灰を模した物質を大気中撒くという手法には反対も根強い。リスクがわかっていないということもあり、2021年にはハーバード大学らが計画したスウェーデンでの高高度気球による技術実証が中止されるなど、実現性には疑問がある。
地球を離れ、宇宙空間で月面の微細なチリを散布することで太陽光の入射を減らすという構想をユタ大学の研究者らが打ち出した。オンライン科学誌PLOS Climateに2月8日付けで掲載された論文ではあくまで試算の段階だが、1000万トンのダストを太陽と地球の間のラグランジュ点(L1)に散布すると、太陽光の入射量を年間で6日分ほど低減できるという。
ソーラージオエンジニアリングでは、太陽光の入射を1~2パーセント低減するという目標が打ち出されている。ハーバード大学のグループが目指す「SCoPEx」計画は、この目標に向けて成層圏でのエアロゾルの挙動を理解するために高層気球で高度20kmから少量の(最大でも2キログラム)の物質を散布し、その影響をを観測する。SCoPExのグループは「これは気候工学そのものの実験ではない」としており、散布するのは無害な炭酸カルシウムだと主張している。とはいえ最終的には気候工学の実施につながるのではないか、その影響を直接的に受ける可能性がある途上国が議論に参加していない、といった批判も根強く実現は容易ではない。
地球の大気圏内で太陽光をさえぎることが温暖化とは別のリスクにつながるのであれば、地球を離れて宇宙で実施してはどうか--ユタ大学の天文学者ベン・ブロムリー教授とハーバード&スミソニアン天体物理学センターの研究者スコット・ケニヤン博士は、月面のチリや砂を地球と太陽の間のラグランジュ点L1へ放出した場合に太陽光の入射をどの程度低減できるのかシミュレーションを行った。
これまでにもL1点で人工衛星など人工物を展開し、太陽光をさえぎるという構想そのものはあった。ただし気候に影響を与えるには100万トン以上の物質をL1点に展開する必要があり、これはこれまで地球から打ち上げられた宇宙機の質量の100倍になるという。
そこで考案されたのが、月面のチリをL1点に向かって放出し、サンシェードに使用するという構想だ。1000万トン(鉄鉱石を運ぶ超大型のばら積み貨物船の搭載量40隻分)の月のチリをL1点に向かって送り出すことで、太陽光の入射量を1.8パーセント低減できるという試算となった。これは、1年のうち6日分ほど入射量が低減した程度になるという。打ち上げにかかるエネルギー面でのコストは示されていないものの、地球よりも重力の小さい月を拠点にすることでエネルギーの節約になる可能性がある。
L1点は必ずしも安定な場所ではなく、月の北極から放出されたチリはL1点に届いた後に太陽光の輻射圧や太陽風で「吹き流されて」いく。チリはやがて太陽を囲むリングとなり、これは太陽系の初期に惑星が形成された現象を模擬するものになるという。
ただし、地球の大気圏には影響を与えないとしてもL1点のダスト散布にリスクはないのか、という疑問は残る。一つには、1995年からL1点で運用されている太陽観測衛星「SOHO」の存在だろう。28年にも渡って太陽の活動を観測し、太陽フレアなど危険な宇宙天気現象の情報を届けてくれる衛星にダストが衝突し機器を損傷するといった可能性はないのだろうか。ダスト散布時にSOHOの運用は終わっていたとしても、後継機という可能性もある。
シミュレーションはあくまでも構想であり、実現に向けた動きがあるという段階ではない。だが、地球への直接的な影響がないということで、月の利用一つとして浮上してくるかもしれない。そのとき、さまざまなリスクを正しく検討できるのかが試されるのかもしれない。