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金正恩氏の“名前未公開”娘、乗馬と水上バイク訓練で「次世代の象徴」に

西岡省二ジャーナリスト/KOREA WAVE編集長
金総書記とスポーツ行事を楽しむ娘(前列左端)=朝鮮中央通信HPキャプチャー

 北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン)総書記の娘が頻繁に露出している。最近でも大陸間弾道ミサイル(ICBM)発射(13日)や、金総書記の祖父、金日成(キム・イルソン)主席の生誕記念日(15日)に合わせた行事などに参加し、金総書記のすぐ隣の“定位置”につけている。金総書記は娘の同伴によってソフトなイメージを演出し、住民の支持を得ようとしているのか、あるいは家族と一緒にいることを楽しんでいるのか。娘の頻繁な露出が意味することは、今もはっきりしない。

◇名前は正しいのか

 14日付朝鮮中央通信は、北朝鮮が13日、新型ICBM「火星18」型を発射した際の様子を報道し、その中で、金総書記が娘の手を取ってミサイルの近くを歩いたり、ミサイルを一緒に見上げたりしていた。同通信が配信する写真には、金総書記が妻の李雪主(リ・ソルジュ)氏や妹の金与正(キム・ヨジョン)氏、朝鮮労働党や朝鮮人民軍の最高幹部らと笑顔で談笑する姿がとらえられているが、構図の中心には金総書記と娘がいる。

 17日には、内閣と国防省の職員間のスポーツ競技の様子が報じられた。党政治局常務委員や書記ら有力幹部が貴賓席に座るなか、その中央に陣取ったのは2人で、圧倒的な存在感を示していた。

 韓国政府・メディアは娘を「ジュエ」と呼んでいるが、北朝鮮の公式報道は今も、その名前を公表していない。

 娘に関する情報に最初に言及したのは、米プロバスケットボール協会(NBA)の元選手、デニス・ロッドマン(Dennis Rodman)氏。金正恩氏を「友」と呼ぶ人物だ。2013年9月に2度目の平壌訪問から帰国後、英ガーディアン紙に対し、「金正恩氏に『Ju-ae(ジュエ)』という名前の女児がいる」と明らかにした。

 ただ、一部には別の見方もある。

 北朝鮮情勢に詳しい専門家は「そもそも『ジュエ』という名前は正確なのか。ロッドマンがどこまで朝鮮語を解するか、はっきりしない。金総書記夫妻が『チョ、エ(あの子)』と言ったのが、ロッドマンには『ジュエ』に聞こえたという話もある。つまり『チョ、エ』を、その子の名前だと解釈した可能性だ」

 韓国の国家情報院は昨年11月に娘について「金総書記の第2子」「名前はキム・ジュエ」と報告している。

◇白馬と水上バイク

 そんな娘ではあるが、「白頭の血統第4世代」を象徴するように、乗馬の訓練を積んでいるようだ。

 今年2月の朝鮮人民軍創建75周年軍事パレードでは、娘の所有する白馬が登場した。映像を見ると、金総書記の白馬に続いて登場し、朝鮮中央テレビは娘の姿を映し出すと同時に「お子さまが最も愛していらっしゃる駿馬が、活気に満ちたパレードを率いている」と伝えている。

 北朝鮮において白馬は、最高指導者やその周辺者が乗るものと考えられている。金総書記や李雪主氏、金与正氏らが白馬に乗った姿を記録映画などで繰り返し公開され、最高指導者ファミリーの権威づけに用いられてきた。

 他方、金総書記が好んでいると言われるものに水上バイクがある。

 米国の偵察衛星は時に、金総書記やその側近らが水上バイクに乗る姿をとらえているようだ。2020年4~5月に金総書記の動静報道が途絶えた際にも「水上バイクでダイエットに励んでいた」という情報も伝えられている。

 北朝鮮情勢に通じた関係者によると、北朝鮮当局が最近、新たな水上バイクの調達を進めているという。カナダ製で1台約4万ドル(約540万円)相当。複数台の搬入を試みているという。同関係者は筆者の取材に「金総書記や家族が使うと考えられる」との見方を示している。

 韓国の有力紙、朝鮮日報(電子版)によると、北朝鮮とロシアを行き来する貨物列車が、ロシアに供給する兵器を運んだ後、北朝鮮へ戻ってくる際、ロシア産の白馬を多数積んでいたという。情報消息筋は同紙に「この時に持ち込んだ白馬を、軍事パレードで『キム・ジュエの白馬』などとして用いた」との推測を語っている。

 一方、水上バイクは今月から来月にかけて搬入される可能性が指摘されている。水上バイクは、国連安全保障理事会の制裁決議により「ぜいたく品」として対北朝鮮禁輸品目に挙げられている。北朝鮮当局は監視を避けるため、カナダなどから調達する際、まずは最終目的地に設定した中国に持ち込み、そこから何らかの方法で北朝鮮側への搬入を試みると考えられる。

ジャーナリスト/KOREA WAVE編集長

大阪市出身。毎日新聞入社後、大阪社会部、政治部、中国総局長などを経て、外信部デスクを最後に2020年独立。大阪社会部時代には府警捜査4課担当として暴力団や総会屋を取材。計9年の北京勤務時には北朝鮮関連の独自報道を手掛ける一方、中国政治・社会のトピックを現場で取材した。「音楽」という切り口で北朝鮮の独裁体制に迫った著書「『音楽狂』の国 将軍様とそのミュージシャンたち」は小学館ノンフィクション大賞最終候補作。

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