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自民党支持者が自民党候補の落選運動を展開―右派が英利アルフィヤ氏(千葉5区)を大批判した理由

古谷経衡作家/評論家/一般社団法人 令和政治社会問題研究所所長
衆院補選千葉5区で初当選し、登院した自民党の英利アルフィヤ氏(写真:つのだよしお/アフロ)

・自民党支持層が自民党候補の落選運動を展開

 先般行われた衆参補欠選挙で、要衝とみなされた千葉5区(市川、浦安)で、自民党新人の英利アルフィヤ氏が立民公認候補の矢崎堅太郎氏に競り勝ち、今般初登院したのは既報の通りである。同区は、自民党前職(薗浦氏)の不祥事により発生した補欠選挙であること。また野党候補としては矢崎氏の他に、維新、国民、共産などが独自候補を立てたことで野党票が分裂し、そのゆくえなどが注目されたが、結果的に元県会議員として地盤がある矢崎氏が自民新人候補に敗北したことは立憲民主党執行部の責任問題に発展する、との声もあり今後の動静が注目される。

 さて、この千葉5区にあっては、保守層、特に濃い右派層(以下右派、右派層など)が奇妙な投票動向を示した。一般的に、右派は自民党を支持する向きが強いとされるが、ここ千葉5区においては、彼ら右派層は自民党公認候補である英利氏へ極めて冷淡な態度をとるどころか、英利氏への落選運動もとりわけネット上で盛んに見られた。

 右派層は自民党を支持することが定石のはずなのに、あまつさえ自民党候補への落選運動まで展開するという奇妙な現象の実相とは何か。そこには、現在右派に瀰漫する「二つの自民党」という特異な世界観が見え隠れする。

・右派による英利アルフィヤ氏への仰天落選運動の実相

中国政府による深刻な人権抑圧が指摘されるウイグル。写真はウイグル系住民らによるトルコでの反中デモ。
中国政府による深刻な人権抑圧が指摘されるウイグル。写真はウイグル系住民らによるトルコでの反中デモ。写真:ロイター/アフロ

 まず右派が英利氏への落選運動を行ったとは、具体的にどのようなものだったのか。英利氏は両親が中国・ウイグル出身で、1999年に日本に帰化し公民権を得ているウイグル系日本人だが、このことを指して帰化人そのものに対する差別的な言動はもとより、より目立つものは「英利氏は二重国籍ではないか」という誹謗中傷が英利氏の公認発表直後からたちまちネット上で噴出した。またぞろ民主党元代表の蓮舫氏が過去遭遇した二重国籍問題の蒸し返しかと思うが、そもそも英利氏は二重国籍ではなく、完全な事実誤認であるが、右派から大きな人気を誇る作家の百田尚樹氏がこの批判の一翼を担った向きもあり、一部の右派ネット世論が大きく追従した。

 しかし、まず「英利氏は二重国籍ではないか」という疑問が「百億歩ゆずって」成立するとしよう。すわそれに従えば英利氏は中国籍だが、と同時に中国共産党から人権抑圧が指摘されているウイグルの出自である。であるのならば、仮に英利氏が中国国籍だったとて、彼女自身は中国共産党の半ば被害者の系譜であり、人権抑圧されている側の、被抑圧側の立場とも言えることになる。とりわけ右派は中国共産党の覇権的傾向を激しく指弾してきた(無論この動きは、イデオロギーに関係なく普遍であるが)。ならばこの架空の理屈が成り立ったとして、右派はむしろ英利氏に憐憫の情を抱き、大きく支持するのではないかと思うのが自然である。

 ところがこのとき右派から沸き起こったのは、英利氏は「中国共産党の息のかかったスパイではないか」などという謂われなき誹謗中傷である。その原因は、英利氏が「選択的夫婦別姓」や「LGBTQへの権利擁護」に対して肯定的な姿勢を公言したことによる。つまり英利氏は進歩的な価値観を有しつつ、政治的には中道から保守寄りという「保守リベラル、中道保守」あたりの姿勢だと思われるが、彼ら右派からするとこれがもう気に食わない。つまり主にこの二点の公言を以て「英利氏は反日的だ」と言うわけである。

 中国から日本に帰化して、日本社会に溶け込みつつ言論活動を行い、政治的には保守寄り、自民党支持だという人々は少なくない。その魂魄は様々にせよ、反共主義、反中国共産党の姿勢により帰化後に自民党支持に傾斜したと思われる場合もある。このような人々に対し、同じ自民党支持者の右派から、「スパイではないか」というまったく謂われのない嫌疑がかけられることは、実は珍しいことではない。

 その背景には右派業界、右派界隈内の人間関係や勢力争いの中で、敵対的とみなしたグループに属しているからなど、様々な些細の理由が基礎になっているのだが、せっかく日本に帰化した人々を、その出自によって「再ラベリング」するのは極めて嘆かわしいことだ。英利氏は中国・ウイグル出身の被抑圧者の側であるにもかかわらず、こういった「粗雑な再ラベリング」が本来味方であるはずの右派から沸き起こったのはまさに「怪異」と言っても良いだろう。

・倒錯する「二つの自民党」論

筆者作成
筆者作成

 右派による英利氏への誹謗中傷や落選運動は、この「二重国籍疑惑」(デマ)だけにとどまらず「英利氏の落選が、反日自民党の弱体化に繋がり、それが岸田内閣を瓦解させ、ひいては高市早苗氏が総理・総裁になることに繋がる」というやや強引な世界観が関係している。これはどういうことか。英利氏は当選後、自民党麻生派に入会した。今次補選で当選したほか3名の自民議員(岸信千世氏、吉田真次氏、白坂亜紀氏の三氏)は一方自民党安倍派(清和会)に入会して派閥が分かれた格好である。

 右派の世界観には、「二つの自民党」という理屈が存在する。自民党の中には様々な派閥が存在するものの、大きく分けると「親日自民党」と「反日自民党」に二分できるという考え方である。ここでいう「親日自民党」というのは、「真に日本を憂い、国を愛し、反日的なメディアや野党に毅然として反撃し、アメリカと協力して外国勢力(中国、韓国、北朝鮮など)と対決する国防体制を構築する」のことだという。一方「反日自民党」というのはこれとは逆で、「日本を憂うフリをして外国に媚び、反日的なメディアに秋波を送り、アメリカとは一応協力するものの、結局は中国や韓国に媚びへつらい、それにより利権をむさぼっている」のことだという。

 日本国の未来のためには、自民党の中の「反日自民党」は極力排除して「親日自民党」による内閣の組閣が急務である―。これが「二つの自民党」論という、右派特有の世界観の実相だ。

 これに従えば「親日自民党」の筆頭は、先般不幸にして亡くなられた安倍元総理であり、またその遺志を継ぐとみられる高市早苗氏や杉田水脈氏などの自民党清和会やその系統の議員が該当するのだという。これに対し「反日自民党」の筆頭は、岸田首相、河野太郎氏、茂木敏充氏、林芳正氏、石破茂氏、二階俊博氏などの「旧経世会」「宏池会」やその系統の議員で、ここには稲田朋美氏なども追加される訳だが、ことに二階氏は日中友好議連会長を務めるなどの経歴から、「媚中(びちゅう)派」などと蔑称の意味を込めて形容されている状況なのである。

・岸田首相を嫌悪する右派

 右派は岸田政権に対して大きく否定的だ。まず菅前首相の辞任に伴う総裁選挙で、安倍元総理の肝いりとされて自民党総裁選挙に出馬して一定の成果を出した高市早苗氏を、第一次岸田内閣で「官房長官」「防衛大臣」などの要職に起用せず、政調会長に起用したことから右派の「岸田嫌い」は開始される。要するに彼らの世界観では「岸田首相は高市氏を冷遇している」というわけだが、政調会長は党の要職であり冷遇とは程遠いばかりか、第二次岸田改造内閣で高市氏は内閣府特命担当大臣として入閣している。右派曰く、岸田首相の人事によって、高市氏は「干さ」れ、よって高市総理誕生の芽は岸田内閣の続く限り低くなるのだ―。

 ようするに、今次の千葉5区で英利氏は河野氏、茂木氏、二階氏などの”お気に入り”なのだから、英利氏が落選することがすなわち彼ら「反日自民党」の力を削ぐことに繋がり、それが党内力学を「親日自民党」の方により傾けることによってゆくゆくは岸田内閣を倒閣し、来年の自民党総裁選では高市氏有利の状況を一気に形成しようという、遠大(?)な戦略が存在し、その目論見により英利氏への落選運動は展開されたのであった。

・Anyone but Eri Alifiya(?)―この厄介な応援団

「日本の国益のために英利氏を応援してください」と笑顔で英利氏を称揚する高市氏(YouTube動画番組「えりアルフィヤ」より)
「日本の国益のために英利氏を応援してください」と笑顔で英利氏を称揚する高市氏(YouTube動画番組「えりアルフィヤ」より)

 確かに、今次千葉5区補選は要衝であり、事実英利氏の出陣式には茂木氏が駆け付け、にぎにぎしいスタートが切られた。街頭演説には河野太郎氏らも応援に来た。しかし、自民党の幹事長である茂木氏が、首都圏要衝である千葉5区の自民党公認候補の出陣式に駆け付けるのは、幹事長としては当たり前の行動である。また河野氏らの応援演説も、河野氏が麻生派であることを差し引いても、同じ内閣の閣僚なのだから馳せ参じるのは当然の行動である。これを以て、英利氏が彼ら「反日自民党」の一派であるというのは、余りにも粗雑な飛躍である。

 そもそも彼らが「反日自民党」として呪詛する筆頭の二階氏は、今次補欠選挙で地元である和歌山の要衝、和歌山1区をより重視していた節があるし、そこでは今次補選で唯一非自民候補(維新の林氏)が当選したわけだから、千葉5区の動静に関係なく和歌山こそ曰く「反日自民党」の減衰如何にあって注視するべきだがあまりそうした動きは見られなかった。

 そして彼らの世界観の中では、英利氏にとっては「党内敵」のはずであり、いまや「親日自民党」の筆頭とみなされている高市早苗氏は、そもそも英利氏が立候補する以前の段階において、英利氏のユーチューブ番組「えりアルフィヤ」にて親密な対談を行って、その中で高市氏が「日本の国益のために英利氏を応援してください」などと笑顔で称揚しているのだ。英利氏が「反日自民党」の前衛であるなら、なぜこのような対談が実現したというのだろうか。参照動画>。意味が分からない。もう頭がウニになるとでも言うべき、倒錯した状況が出来しているのである。

「親日自民党」と「反日自民党」という、良く分からない架空の「二項対立」は、彼ら右派にとっては結句すべてが高市総理誕生の障壁となるものの排除なのかもしれないが、仮に英利氏が今次落選していたところで、それは高市総理の誕生に直結しないことはいうまでもない。彼らの世界観では「岸田の次は高市」という既定路線になっており、後者の確率をより高めたいがために英利氏の落選運動を行うということになっているが、同じ自民党の議席を減らす運動をネット上だけではあれど展開することに、何の政治的意味があるのか私には分からない。

 今次補選において、右派はこのように荒唐無稽な理屈をこしらえて、誹謗中傷のレベルに到達するほどの英利氏への落選運動にいそしんだ。彼らからすれば「英利氏以外なら誰でもよい」ということで、まさに(Anyone but Bush―ブッシュ以外なら誰でも)ならぬ(Anyone but Eri Alifiya)だったわけで、中には本来右派が蛇蝎のごとく嫌う立民公認の矢崎氏を応援しようとする動きも確認された。これは先日筆者が発表した立民代表・泉健太氏の右派層への秋波に影響されたという性質のものではまったくなく、単に彼らの滅裂な世界観のなせる業であることは言うまでもない。

 そして如何にこういった濃度の高い右派から落選運動が展開されたとしても、当初不利とされた英利氏は立民の矢崎氏に競り勝ったのだから、やはり私の過去論考の通り、彼らの総数はせいぜい日本有権者に対して2%、約200万人程度の力しかなく、あまつさえ小選挙区での与野党の趨勢には影響しないほど小さいことが再度確認された、ということができよう。(了)

作家/評論家/一般社団法人 令和政治社会問題研究所所長

1982年北海道札幌市生まれ。作家/文筆家/評論家/一般社団法人 令和政治社会問題研究所所長。一般社団法人 日本ペンクラブ正会員。立命館大学文学部史学科卒。テレビ・ラジオ出演など多数。主な著書に『シニア右翼―日本の中高年はなぜ右傾化するのか』(中央公論新社)、『愛国商売』(小学館)、『日本型リア充の研究』(自由国民社)、『女政治家の通信簿』(小学館)、『日本を蝕む極論の正体』(新潮社)、『意識高い系の研究』(文藝春秋)、『左翼も右翼もウソばかり』(新潮社)、『ネット右翼の終わり』(晶文社)、『欲望のすすめ』(ベスト新書)、『若者は本当に右傾化しているのか』(アスペクト)等多数。

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