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EURO2020で”ポゼッション率”は重要だったのか?イタリアのシフトチェンジと「新時代」の潮流。

森田泰史スポーツライター
競り合うペドリとベラルディ(写真:Maurizio Borsari/アフロ)

ボールを保持すれば、勝利に近づける。

フットボールの世界において、これは「都市伝説」のようなものである。無論、データを見れば、ポゼッション率が高いチームが勝利しているケースは数多ある。しかしながら、その因果関係というのは、ついぞつかめない。

デンマーク対イングランドの一戦
デンマーク対イングランドの一戦写真:Maurizio Borsari/アフロ

EURO2020の決勝で、イングランドとイタリアが激突する。歴史を顧みても、この2ヶ国は強豪国だ。だが今大会においては、デンマークやスイスといったチームがサプライズを起こしたのが印象的だった。

クリスティアン・エリクセンという絶対的な存在を開幕戦で失うという不運に見舞われたデンマークだが、そこから見事に立て直した。「エリクセンのために勝ちたい」という精神論に依拠するだけではなく、デンマークには確固たる組織とビッグチームと戦えるだけの戦術があった。

【4-3-3】と【3-4-3】を試合中に使い分ける柔軟性を見せたのは、カスパー・ユールマン監督のみだった。CBのアンドレアス・クリステンセンが、アンカーの位置に出て、システムが4バックから3バックに変更される。チェルシーで希代の戦術家であるトーマス・トゥヘル監督の薫陶を受けているクリステンセンがいるからこそ可能になる離れ業だった。

スイスは世界王者のフランスを撃破したチームとして脚光を浴びた。GKヤン・ゾマー、グラニト・ジャカ、ジョルダン・シャチリとタレントはいる。ただ、それ以上に、ブラディミル・ペトコビッチ監督の手腕が光っていた。【3-4-1-2】のシステムはトップ下のシャチリを生かすためだけではなかった。ラウンド16のフランス戦では左CBのリカルド・ロドリゲスを偽センターバックで使うことで、中盤で数的優位をつくった。準々決勝のスペイン戦では、スペインの心臓部分であるセルヒオ・ブスケッツを抑える目的で、試合途中に【4-2-3-1】に布陣変更して試合の流れを一変させた。

■ポゼッションの重要性

本題に入ろう。肝心のポゼッションだ。

EURO2020に参加したのは24チームだ。そこに至るまでの1年間の各チームのポゼッション率を参考にする。ベスト8に進出したチームでは、イングランド(59.8%/6位)、イタリア(63.6%/2位)、スペイン(70.9%/1位)、ベルギー(61.3%/3位)、デンマーク(57.5%/9位)、チェコ(50.8%/19位)、スイス(55.6%/12位)、ウクライナ(50%/20位)という数字になっている。

トップ3が、準々決勝と準決勝で潰し合ったのは興味深い事実だ。だが、イタリアはベルギー戦とスペイン戦で戦い方を大きく変えていた。左SBのレオナルド・スピナッツォーラの負傷離脱で、ロベルト・マンチーニ監督がプラン変更を余儀なくされた。イタリアとベルギーの試合は、ポゼッション率(54%:46%)と球体を奪い合う展開だった。しかしながらスペイン戦ではポゼッション率が30%まで下がり、カテナチオで勝利を手にした。

PK失敗のムバッペ
PK失敗のムバッペ写真:代表撮影/ロイター/アフロ

一方で、ボールを握りながら、苦戦するチームが存在した。

フランス(58.6%/8位)、ドイツ(60.4%/4位)、オランダ(60.3/5位)...。こういったチームに、タレントが欠けていたわけではない。むしろ、その逆だ。才能が集う中で、適材適所の選手配置に、ディディエ・デシャン監督、ヨアヒム・レーヴ監督、フランク・デ・ブール監督は腐心していた。そして、答えを見つけられないまま、大会から姿を消した。

■フランスの失態と新たな時代

前回の主要大会であるロシア・ワールドカップー奇しくも新型コロナウィルスの影響で2年ではなく3年の歳月が過ぎたーでは、フランスが優勝を飾った。リュカ・エルナンデス、サミュエル・ウンティティ、ラファエル・ヴァラン、ベンジャミン・パバールと「4CB」を最終ラインに据え、大会を無得点で終えたオリヴィエ・ジルーを1トップに起用して、デシャン監督は堅守速攻のスタイルで勝ち筋を極めていた。

しかし、フランスはカウンターからポゼッションへの移行に失敗した。カリム・ベンゼマを久々に代表に復帰させながら、結局はパズルを完成させられなかった。

あの大会で4強に名を連ねたベルギーは、ケヴィン・デ・ブライネに依存するチームから脱却できなかった。当然、デ・ブライネのような選手がいれば、チームへの影響は計り知れない。それでも、その選手がいなくなった時の「プランB」を用意しなければ、勝てない時代なのだ。

継続的に成果を挙げているのがイングランドだが、ロシアW杯では3バックを採用していた。だが今大会では【4-2-3-1】を基本布陣としている。また、背景には育成の勝利がある。2017年以降、イングランドはU-20世界大会、U-17世界大会、U-19欧州選手権を制してきた。メイソン・マウント、ジェイドン・サンチョ、リース・ジェームス、フィル・フォーデンとダイヤの原石が揃っている。

(ただ、)EURO2020では、「柔軟性」が鍵を握った。先述したように、その象徴はイタリアであり、デンマークであり、スイスだ。キープレイヤーがいなくなるや否や守備に傾倒したイタリア、対戦相手によってシステムや組みする方法をフレキシブルに変えたデンマークやスイス、彼らこそが模範だった。

最早、ポゼッションとカウンターの二択ではない。新たな時代の潮流が、2022年のカタール・ワールドカップを前に、押し寄せてきている。

スポーツライター

執筆業、通訳、解説。東京生まれ。スペイン在住歴10年。2007年に21歳で単身で渡西して、バルセロナを拠点に現地のフットボールを堪能。2011年から執筆業を開始すると同時に活動場所をスペイン北部に移す。2018年に完全帰国。日本有数のラ・リーガ分析と解説に定評。過去・現在の投稿媒体/出演メディアは『DAZN』『U-NEXT』『WOWOW』『J SPORTS』『エルゴラッソ』『Goal.com』『ワールドサッカーキング』『サッカー批評』『フットボリスタ』『J-WAVE』『Foot! MARTES』等。2020年ラ・リーガのセミナー司会。

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