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実刑3年・保釈却下で追い詰められた河井元法相、控訴審での“真相告白”に「一縷の期待」

郷原信郎郷原総合コンプライアンス法律事務所 代表弁護士
(写真:ロイター/アフロ)

6月18日、河井克行元法相が2019年の参院選をめぐって、妻の河井案里氏を当選させるために地元議員など100人に約2900万円を供与した公選法違反の買収罪に問われた裁判で、東京地裁は、懲役3年の実刑判決を言い渡した。

昨年8月25日の初公判の時点で、検察側、弁護側双方の冒頭陳述での主張を解説し、公判の展開を予想した記事【“崖っぷち”河井前法相「逆転の一打」と“安倍首相の体調”の微妙な関係】では、

克行氏の起訴事実のほとんどが有罪となった場合、買収金額から言っても、実刑となる可能性が高い。検察の求刑が最高刑の4年、判決は、3年か3年6月の実刑ということになる可能性が高い。

と述べた。

今年の1月21日、一部の事実について克行氏との共謀で起訴されていた河井案里氏に、「懲役1年4月・執行猶予5年」の判決が言い渡された時点では

このままであれば、合計100人に対する合計2901万円の現金供与の罪で起訴されている克行氏は、そのほとんどについて有罪、量刑も3年以上、執行猶予はつかず「実刑」になることは確実だ。

と述べた(【河井案里氏有罪判決、極限まで追い詰められた克行氏、公判での“真相供述”で大逆転を!】)。

 今回の懲役3年の実刑という判決結果は、まさに、各時点で有罪判決の場合の量刑として予想していたとおりのものだった。

しかし、それぞれの時点で、私は、克行氏にとっての「被告人質問での逆転の一手」も示してきた。

初公判時点の上記記事では、

安倍首相が、現金供与とその目的を認識し、容認していたこと、その実質的原資が、自民党本部からの選挙資金であることを、包み隠さず、真実を供述することである。

 案里氏の判決の時点での上記記事では、

安倍氏には、溝手氏に対する積年の恨みがあり、安倍氏にとっては、溝手氏が野党と2議席を分け合う楽な選挙で当選し、参議院議長になってしまう事態は何としても避けたかったはずだ。また、菅氏は菅氏で、案里氏を出馬させ、岸田派の重鎮である溝手氏を落選させれば、安倍首相後継争いで岸田氏に対する優位を強烈にアピールできる。そういう意味で、安倍・菅両氏には、案里氏を2人目の候補として出馬させて当選させ、溝手氏を落選させようとする十分な動機があった。

「急遽、案里氏を参院選の候補として自民党で公認したものの、自民党広島県連が組織を挙げて支援する溝手氏が圧倒的に有利だったため、その極めて厳しい状況を打開するためには、現金を配布して案里氏の地盤培養を図るしかないとの認識を、克行氏が、安倍氏・菅氏と共有し、自民党本部からの巨額の選挙資金を原資として、現金配布を行った」という私の推測に、何がしかの真実があるのであれば、克行氏にとって、その真実を、勇気を持って公判で供述することが、実刑を回避する唯一の手段だ。

と述べた。

 克行氏には、この裁判の場で、常に「真相を全面的に供述すること」によって実刑を回避するという手立てがあった。

しかし、実際の克行氏の公判での対応は真逆だった、

3月23日から始まった被告人質問の冒頭で、それまで全面的に否認し無罪を主張してきた公選法違反の起訴事実の大部分を「一転して」認める方向に罪状認否を変更したが、実際に、克行氏が公判で起訴事実について述べた内容は、「河井案里の当選を得たいという気持ちが全くなかったとはいえない、否定することはできないと考えている」という、まさに、誰がどう考えても「否定する余地のない当然のこと」だけだった。

被告人質問でも、肝心な「安倍氏の溝手氏への個人的な感情が案里氏立候補の背景となった可能性」につながる二人目の候補擁立の理由や買収資金の原資について、凡そ真実を供述しているとは思えない内容だった(【河井元法相公判供述・有罪判決で、公職選挙に”激変” ~党本部「1億5千万円」も“違法”となる可能性】)。

克行氏は、

「案里の自民党の二人目の候補としての公認は、憲法改正の発議のために参議院で3分の2を確保するために2議席確保することが目的であり、溝手氏側から票を奪う気も全くなかった。」

と供述し、案里氏の出馬の目的が、安倍氏の溝手氏への個人的感情など全く無関係であるかのような供述を行った。

しかし、検察官から、克行氏が、ブログでの発信を請け負う業者に宛てたメールで、

「期待していた通り、溝手顕正が失言してくれました。どうすれば拡散できるのか、アングラな方法がいいのではないか、あるいは、懇意な記者に伝えましょうか」

などと、溝手氏に関する悪い噂をネットで流すようを依頼し、業者側が情報源がバレないか心配しても、

「よろしくお願いします、どしどしやって下さい」

などと溝手氏の悪い噂の拡散を重ねて依頼するメールを送っていたことをも指摘された。「溝手氏から票を奪う目的がなかった」などという供述が全く信用できないことを露呈した。

買収原資についても、検察官の質問には、

「私の手持ちの資金で賄った」

「衆議院の歳費などを安佐南区の自宅の金庫に入れ保管していた金で賄った。」

などと供述したが、検察官から、日頃から議員活動のために「借り入れ」をしていることとの関係や、平成31年3月に金庫にあった現金の額について質問されても、

「覚えていない」

としか答えられなかった。さらに、検察官から「自宅を検察が捜査した時点では大金はなかった」ことを指摘されても

「わからない」

と述べるだけだった

一方、地元政治家への現金供与は、「自民党の党勢拡大,案里及び被告人の地盤培養活動の一環として,地元政治家らに対して,寄附をしたもの」との初公判での主張は、被告人質問でも一貫していた。自民党県連の案里氏の選挙への協力が全く得られず、県連ルートで選挙に向けての政治活動の資金提供ができない中で、地元の首長・議員に、選挙に向けての政治活動の資金を提供する手段は「現金配布」しかなかったとの供述は、十分に合理性のあるものだった。

従来、買収罪の適用は、選挙運動期間中やその直近に、投票や具体的な選挙運動の対価として金銭等を供与する行為が大部分だった。克行氏の起訴事実の多くは、選挙の3、4か月前頃に、広島県内の議員や首長などの有力者への多額の現金供与であり、政党や政治家個人が、特定の公職選挙での特定の候補の当選をめざして選挙区内の政治家等に金銭を提供しても、「政治活動の寄附」と説明できる範囲であれば買収罪は適用されないというのが、政党関係者の一般的な認識であり、実際に、選挙期間から離れた時期の政治家間の資金のやり取りが摘発されることはほとんどなかった。

そういう意味で、本件が、従来は、買収罪の摘発の対象とされない「政治資金の寄附」だという主張は、無罪主張として、そして、実刑を免れる情状面の主張として重要なものだ。

しかし、克行氏は、「党勢拡大」「地盤培養」などの「政治活動に関する寄附」との供述は維持しつつ、「当選を得させる目的」は否定できないとして、表面的に、起訴事実を「買収に当たる」と認めた。

それでも、政治資金の寄附は一般的な選挙買収とは異なることを、情状に関する事情として強調することは可能だったはずだが、弁護人は、弁論で、「当選を得させる目的」より、「党勢拡大・地盤培養の方が主目的だった」ことを強調するだけで、「政治資金の寄附」であるとの主張は行わなかった。

「政治資金の寄附」であり、一般的な「現金買収」とは異なることを、情状に関する重要な事実として主張すれば、裁判所は、「地方政治家に対する現金供与は政治資金の寄附とは認められない」とするか、「政治資金の寄附であっても、当選を得させる目的があれば、情状面に影響しない」とするか、いずれかの判断を行わなければ、実刑を言い渡すことは困難だったはずだ(【河井元法相公判、懲役4年”実刑論告“で「最重要論点スルー」の謎】)。

しかし、弁護人の弁論での主張は、「党勢拡大・地盤培養の政治活動が主目的だった」というだけで、弁護人冒頭陳述で強調していた「寄附」という言葉すらなかった。判決は、

「別の正当な目的もあったことを量刑上重視すべきであると主張するが、弁護人の主張を前提にしても厳しい非難が向けられることに変わりはない」

と、あっさりと斬り捨て、実刑を言い渡した。

弁護人は、即日控訴し、保釈請求をしたが、却下され、東京高裁に抗告を申し立てたが、棄却された。

一審で実刑判決が出ると、保釈は失効し収監されるが、控訴して再保釈を請求すれば、既に有罪立証は終わっており、「罪証隠滅のおそれ」もないのであるから、一審の保釈金に若干の保釈金を積み増して再保釈が許可されるのが通常だ。

今回、「元法務大臣」という立場にあった人物に対して、再保釈が認められないというのは、裁判所の厳しい姿勢を表しているように思える。克行氏が、一審の途中で、弁護人を全員解任して審理を止めるという「強硬手段」に出たことが影響しているのか、或いは、既に述べたように、「真相」を語ろうとせず、不合理な供述を繰り返している克行氏の姿勢が影響しているのかは、わからない。

いずれにしても、克行氏は、控訴審で、安倍氏との関係、自民党本部から提供された1億5000万円と買収原資の関係などについて、洗いざらい真実を述べる姿勢に転じるなどのサプライズがない限り、このまま身柄拘束が続き、実刑判決が確定することにならざるを得ない。

法務大臣まで務めた政治家・河井克行氏は、そのような結末に甘んじるのだろうか。控訴審で、勇気を持って「真相」を語る決断を期待したい。

郷原総合コンプライアンス法律事務所 代表弁護士

1955年、島根県生まれ。東京大学理学部卒。東京地検特捜部、長崎地検次席検事、法務省法務総合研究所総括研究官などを経て、2006年に弁護士登録。08年、郷原総合コンプライアンス法律事務所開設。これまで、名城大学教授、関西大学客員教授、総務省顧問、日本郵政ガバナンス検証委員会委員長、総務省年金業務監視委員会委員長などを歴任。著書に『歪んだ法に壊される日本』(KADOKAWA)『単純化という病』(朝日新書)『告発の正義』『検察の正義』(ちくま新書)、『「法令遵守」が日本を滅ぼす』(新潮新書)、『思考停止社会─「遵守」に蝕まれる日本』(講談社現代新書)など多数。

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