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米津玄師「地球儀」の「声怪獣」ぶりに心を奪われた2023年の夏【月刊レコード大賞】

スージー鈴木音楽評論家、ラジオDJ、小説家
映画『君たちはどう生きるか』ポスターより

 今月の「月刊レコード大賞」に選んだ曲は、出会い方が格別でした。大賞にしたのも、正直、その劇的な出会い方が、ちょっと加点しているかもしれません。

 映画『君たちはどう生きるか』。宣伝がまったくなかったのを「子供の頃のように、まるっきりの先入観なし、まっさらの目で映画を楽しめ!」という映画の神様からの啓示と勝手に思い込み、「初日・初回」に観たのです。

 事前情報なしの「丸腰」で観る映画は最高でした。

 ネットで容易に情報が手に入る最近は、映画を観るときいつも、いろいろと集めた事前情報に対して答え合わせをするような感じになっていました。でも、それはやっぱり映画の観方としてはいびつだなと。

 予想もつかない感じで次へ次へと展開していくストーリー、圧倒的な絵の力に陶酔しながら、エンディングで突如流れてきた音楽――「ぎゃっ、米津玄師だ!」。

 もちろん主題歌が米津玄師なんて、まったく知る由もない。そして、突然現れた米津玄師は、「声」でした。

 音楽について論じるときも、職業柄、できるだけ事前情報を集めるのですが、事前情報なしの『地球儀』は、何といっても米津玄師の声が持つ、圧倒的な力でした。重く、深く、つややかな声。

 「声怪獣」としての米津玄師――。

 アコースティックピアノを基調とした(米津玄師としては比較的)シンプルなバックが、その「声怪獣」ぶりを、さらに盛り上げます(ちなみに曲中に入っているギシギシと軋む音は、このピアノからのものだそうです)。

 なので、デジタル機器がぱっつんぱっつんに完備された最新型スタジオではなく、まるで、ジャケットにある(つまりは映画にも出てくる)この部屋で、生ピアノ生演奏をバックに一発録りされたようなサウンドに聴こえました。

 「初日・初回」の映画館の暗闇、突然の米津玄師を聴いて、ものすごく救われた気になったのです。さすがにそのとき、歌詞を冷静に分析する余裕はなかったのですが、後に歌詞を読んで、なるほどなと。

「僕が愛したあの人は 誰も知らないところへ行った」、それでも「風を受け走り出す 瓦礫を越えていく」。この「瓦礫」に感じ入りながら、「この道が続くのは 続けと願ったから」――戦前を描いた映画が、令和の現在を超えて、前向きな未来へと続いていく気になったのです。

 そう言えば、先月(6月)配信リリースされた『月を見ていた』も見事な「声怪獣」ぶり。

 米津玄師と言えば、いつも高評価しながらも、どうしてもサウンド全体に目が行っていたのですが、この7月、私にとっての彼は「声怪獣」なのでした。重く、深く、つややかな――。

  • 『地球儀』/作詞・作曲:米津玄師
  • 『月を見ていた』/作詞・作曲:米津玄師

音楽評論家、ラジオDJ、小説家

音楽評論家。ラジオDJ、小説家。1966年大阪府東大阪市生まれ。BS12『ザ・カセットテープ・ミュージック』、bayfm『9の音粋』月曜日に出演中。主な著書に『幸福な退職』『桑田佳祐論』(新潮新書)、『EPICソニーとその時代』(集英社新書)、『平成Jポップと令和歌謡』『80年代音楽解体新書』(ともに彩流社)、『恋するラジオ』(ブックマン社)、『サザンオールスターズ1978-1985』(新潮新書)、『1984年の歌謡曲』(イースト新書)など多数。東洋経済オンライン、東京スポーツなどで連載中。2023年12月12日に新刊『中森明菜の音楽1982-1991』(辰巳出版)発売。

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