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西山朋佳三段(24)と三段リーグ最終戦で対戦する伊藤匠三段(17)は藤井聡太七段と同い年の天才少年

松本博文将棋ライター
(記事中の写真撮影・画像作成:筆者)

 初の「女性棋士」を目指す西山朋佳三段(24歳)。

 現在の成績は12勝4敗。状況は「他力」ながら、3月7日におこなわれる三段リーグ最終日で横山友紀三段と伊藤匠三段に連勝すれば、四段に昇段し、棋士となる可能性が残されています。

 運命の一戦となるかもしれない最終戦(18局目)。その対戦相手の伊藤匠三段の名を見て「ひえー」と思った方は、棋界通でしょう。リーグに参加している三段はもちろん、誰もが強いに決まっています。その中でも伊藤三段は、将来を有望視されている一人です。

 伊藤三段は藤井聡太七段(17歳)と同じ2002年生まれ。誕生日は藤井七段が7月19日、伊藤三段が10月10日。今期三段リーグは8勝8敗で、既に四段昇段の可能性はないものの、いずれ四段に昇段すれば、藤井七段を抜いて最年少棋士となる可能性があります。

 藤井七段と伊藤三段は小学生低学年の頃から、全国的に有名な少年強豪でした。

 2010年。小学2年の伊藤少年(東京)はJT将棋日本シリーズの子供低学年大会において、大激戦の関東大会(参加940人)で優勝しています。

 藤井少年(愛知)は東海大会(参加346人)で準優勝しています。藤井少年がこの時壇上で丸くなってうつむき、負けた後に泣き出してしまったのは、現在でも語り草になっています。

 この時の棋譜を筆者は知りません。しかし藤井少年作詞の歌から、その時の切々とした状況はうかがい知ることができます。

お~らのはいちゃく

2七角~馬のライン

に入っていた~ただで

角をとられては~

オーノー オーノー

お~らはそのままボロ

まけに~みんなのまえ

でおはずかシー

お~らはそのままうつむ

いて~小さく小さくなりました

~お~らはそれから5分か

ん~な~きつづ~けまし

た~

(4~6番略、改行は紙に記された通り)

出典:藤井聡太少年(当時8歳)作詞の歌

 小2にして将棋は強く、詰将棋も創れば、歌の作詞までしてしまう。天才というよりないでしょう。

 2010年、倉敷王将戦低学年の部では伊藤少年(小2)が準優勝。

 翌2011年には藤井少年(小3)が優勝。またJT杯東海大会でも、藤井少年は前年の雪辱を果たして優勝しています。

 2012年。第9回小学館学年誌杯争奪全国小学生将棋大会。学年ごとにトーナメント戦がおこなわれるこの大会で、小3の伊藤少年と藤井少年は準決勝で対戦しています。結果は伊藤少年の勝ちでした。

 大会では、藤井少年は3位。伊藤少年は準優勝。優勝は決勝で伊藤少年に勝った川島滉生さんでした。

 川島さんはプロの道には進まず、2018年、アマチュアの学生大会である高校選手権で優勝しています。

 2012年。小4の伊藤少年が将棋に打ち込む姿が、NHKの番組で放映されました。

もっと強くなるために(NHK・Eテレ「カラフル」2012年4月27日放映)

 この映像はぜひご覧ください。将棋の天才少年はこうしたもの、という姿がよく映されています。

 三軒茶屋将棋倶楽部で指導をする棋士の宮田利男七段(現八段)は伊藤少年に対してかなり手厳しい。それは少年が有望だからでしょう。その厳しい宮田先生が、番組の最後の方で、少年が指した一手にうなる場面が出てきます。

宮田「・・・匠(たくみ)、銀出たの? へえ・・・。ひえー。匠・・・。天才か、ひょっとしたら? ひえー。すごい」

 伊藤少年は小5で宮田利男八段の門下となり、関東奨励会に入会します。

 藤井少年は小4で杉本昌隆八段の門下となり、関西奨励会に入会。その後のステップアップの速さは、既によく知られている通りです。小6で初段、二段にまで昇段。中1で三段に昇段。これらはいずれも、史上最年少記録です。

 中2の藤井三段が戦った1期目(2016年前期)の三段リーグ。14歳になったばかりの藤井三段は、勝てば史上最年少で四段昇段という最終戦の大一番に臨みます。そこで対戦したのが西山朋佳三段(当時20歳)でした。

 両者はともに三段リーグ1期目。藤井三段は12勝5敗、西山三段は10勝7敗という星でした。

 西山三段はそれまで、藤井三段に対して2勝0敗でした。西山三段が勝っても、不思議でも何でもなかった。その運命の最終戦は、藤井三段の勝ちとなりました。

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 歴史に「たら」も「れば」もないのかもしれません。それでもあえて言えば、もしそこで西山三段が藤井三段に勝っていたら。勝っていれば。その後の将棋界の歴史は、ずいぶんと変わっていたのかもしれません。

 藤井四段はデビュー以来無敗で29連勝を達成するという、途方もない新記録を達成しました。

 その藤井四段が勝てば勝つだけ「藤井四段が5敗もした三段リーグはすさまじいところだ」という言い方もされました。

 三段リーグは全18回戦。そこを18連勝で駆け抜けた三段は、過去にただの一人もいません。

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 三段リーグではわずかな星の数、わずかな順位の差の中で、実力が拮抗した精鋭たちが、しのぎを削り合ってきました。

 2018年2月。藤井四段は2017年度C級2組順位戦を勝ち抜き、C級1組昇級を決めて五段に昇段。最終的には10戦全勝の星をあげました。翌年度にはC級1組でも連勝して、デビュー以来順位戦18連勝を達成しています。これは中原誠16世名人と並ぶ史上1位タイ記録です。

 2018年2月。藤井五段は朝日杯の準決勝に臨み、将棋界の覇者である羽生善治竜王に勝利。さらには決勝でA級棋士の広瀬章人八段にも勝って、15歳で全棋士参加棋戦初優勝を飾っています。また規定により、史上最年少で六段にも昇段しました。

 その準決勝の羽生-藤井戦、決勝の広瀬-藤井戦で記録係を務めていたのが、15歳の伊藤匠三段でした。

 藤井現七段は現在の棋士の中では、唯一の十代です。藤井七段があまりに先行しているため、ごく近い年齢の棋士はいません。いずれ近い将来、同年代の棋士が現れるとすれば、伊藤三段は最有力の候補の一人と言えるでしょう。

 伊藤三段は2018年前期から三段リーグに参加しています。これまでの成績は10勝8敗、12勝6敗、10勝8敗。3期ともに勝ち越しています。

 4期目となる今期(2019年度後期)は8勝8敗。すでに四段昇段の可能性はありません。しかし来期順位を上げるために、また将来のために、1つでも多く勝っておかなければならないことに変わりはありません。

 そして今期最終戦。西山三段と伊藤三段は対戦します。

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 三段リーグにおいて、両者の対戦成績は互いに1勝1敗。2018年度後期は伊藤三段。2019年度前期は西山三段が勝っています。

 奨励会の対局は、棋士の公式戦とは違って、観戦を前提とはしていません。中継されることもありません。注目の西山三段についてもまた、同様です。伝えられるのは局後、白か黒かの星だけです。3月7日の最終日。多くの将棋ファンが固唾を飲んで、その報道を待つことになるのでしょう。

将棋ライター

フリーの将棋ライター、中継記者。1973年生まれ。東大将棋部出身で、在学中より将棋書籍の編集に従事。東大法学部卒業後、名人戦棋譜速報の立ち上げに尽力。「青葉」の名で中継記者を務め、日本将棋連盟、日本女子プロ将棋協会(LPSA)などのネット中継に携わる。著書に『ルポ 電王戦』(NHK出版新書)、『ドキュメント コンピュータ将棋』(角川新書)、『棋士とAIはどう戦ってきたか』(洋泉社新書)、『天才 藤井聡太』(文藝春秋)、『藤井聡太 天才はいかに生まれたか』(NHK出版新書)、『藤井聡太はAIに勝てるか?』(光文社新書)、『棋承転結』(朝日新聞出版)、『など。

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