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育成コストを担うのは選手か、コーチか、新手の投資ビジネスか。大坂なおみがコーチに訴えられた話(2)

谷口輝世子スポーツライター
(写真:ロイター/アフロ)

 女子テニスの大坂なおみ(日清食品)の元コーチが金銭の支払いを求めて2月に訴訟を起こした。

 前日の記事でもお伝えしたが、米国でのスーパーエリートの養成にはお金がかかる。

 16日付のサン・センチネル紙によると、大坂なおみの才能を見込み、父の熱意のこもった依頼があったことで、無償で指導を引き受けたコーチたちがいた。そのコーチの1人が今回、訴訟を起こしたのだ。

 米国では、スーパーエリート候補の子どもの育成は、原則的に保護者が担う。しかし、その費用はとても高く、多くの家庭にとっては全額を支払うことは難しい。だから、競技優秀者は、私立高校やアカデミーから、返済不要の奨学金を受け取り、トレーニングを続ける。逆に言えば、奨学金や第3者からの金銭的援助がなければ、スーパーエリートの卵は十分な環境が得られない。

 プロになれば、育成のコストから逃れられるかといえば、そうでもない。プロになっても選手側の負担が大きいケースが多々ある。

 メジャーリーグ昇格を目指して、マイナーリーグでプレーする選手の給与は、最低時給レベルを下回っている。給与が支払われるのはシーズン中の5カ月間だけ。キャンプ期間中のマイナーリーガーには、食費は支給されるが、給与は支払われていない。いわば、タダ働き状態。(昨年2月、ダイヤモンドバックスのキャンプでマイナー契約招待選手だった中後投手は、チームから1週間分の食費を受け取り、大事そうにしていた)

 オンラインメディアの「ジ・アスレチック」によると、マイナーリーガーの給与は以下の通りだ。

1Aレベル

 月に1160ドル(約12万8000円)から1500ドル(約16万6000円)。

(2年目からはプレー年数×50ドルを上乗せ)

 年間に6380ドル(70万6000円)から8400ドル(約92万9000円)

2Aレベル

 月に1700ドル(約18万8000円)

(2年目からはプレー年数×100ドルを上乗せ)

 年間に9350ドル(約103万5000円)

メジャーのすぐ下の3A

3Aの1年目は2150ドル(約23万8000円)、

2年目は2400ドル(約26万5000円)、

3年目は2700ドル(約29万9000円)。

年間に1万1825ドル(約130万8000円)から1万4850ドル(約164万3000円)。

 マイナーリーグでプレーしている選手でも、メジャーリーグの40人枠に入れば、経済事情は改善する。それでも米国人の収入の中央値付近だ。

 メジャーリーグに上がっていこうとする選手たち。その生活を、日本円で70万円の年収でやりくりすることは困難だ。

 安心してゆっくり眠ることのできる住環境が必要。オフ期間にも十分に練習できるトレーニング施設、パーソナルトレーナーの助けも欲しいだろう。

 ドラフトで上位指名された選手には契約金があり、メジャー昇格するまでは、そのたくわえを崩すこともできる。

 メジャーリーグの2018年のドラフト1巡目1位でタイガースから指名された右腕ケーシー・メイズは、750万ドル(約8億3600万円)の契約金を受け取った。

 しかし、ドラフト10巡目で、全体の280位以降になると、1万ドル(約111万円)以下で契約している選手が多くなる。1万ドル以下の契約金の選手は約40%もいるといわれており、この選手らはマイナーリーグ時代では、契約金を崩すどころか、赤字に赤字を重ねる生活になってしまう。

 苦しい生活を続けるマイナーリーガーに出世払いで貸し付けをする業者が出てきた。

 「ビッグ・リーグ・アドバンス」という会社で、マイナーリーガーにお金を貸している。メジャーリーガーになれず、マイナーリーガーで選手生命を終えた場合は、お金は返済しなくてもよい。しかし、メジャーリーガーになったら、年俸の一定の割合をこの会社に返済しなければいけない。

 この会社は貸付会社というよりも投資会社と表現したほうが的確だろう。2018年9月4日のスポーツ・イラストレイテッド誌によると、似たような選手への出資システムは、ゴルフやボクシングなど個人競技で、すでに存在しているという。

 「ビッグ・リーグ・アドバンス」は元マイナーリーガーが立ち上げた会社で、1億5000万ドル(約166億円)の資金を集めている。

 メジャーリーグ球団はデータを駆使して、アマチュア選手を評価し、ドラフト指名し、契約をしている。この会社は、独自のデータ分析で、将来、稼げそうな選手かどうかを格付けしている。ひとりひとりの選手との交渉によって返済割合を決め、この会社独自の選手評価とをあわせて、貸付(出資)金額が決められている。

 エリートアスリートへの投資モデル、支援モデルのひとつであるだろう。

 しかし、将来、何かを成し遂げそうな小学生や中学生に、このような投資モデルを適用するのは非現実的だ。

 本人が貸付と返済に同意するには幼過ぎる。保護者が当事者として、お金を投資してもらっても、返済するのはお金を稼いだ我が子ということになってしまう。データを駆使しても、小学生や中学生が、将来どのような選手になり、どのくらい稼ぐことができるかを予測するのは難しい。

 そうなれば、米国では、私立高校や民間アカデミーの奨学金を給付してもらうのが、妥当ということになる。

 学校やアカデミーが競技優秀者に奨学金を与えられる理由は主に4つ挙げられる。

 1、学校やアカデミーには資金があり、その資金運用による運用益の一部を奨学金にする。

 2、学校やアカデミーに寄付してくれる人が多数いる。または少人数でも大金を寄付してくれる人がいる。

 3、満額を支払ってでも、入学したい生徒、学生が多数いる。

 4、奨学金を与えた競技優秀者が後にスーパースターになれば、満額を支払ってでも入学したい生徒、学生が増えて、寄付をしてくれる人も増えるという循環が生まれる。

 この循環に持ち込むためには、最初に誰かがお金を持っていなければいけない。

 だからといって国家がスーパーエリートの金銭支援をするとなれば、アスリートの自由が限定される恐れがある。それに、結果を出せなかったときに、世間から「税金の無駄遣い」と叩かれるのかと心配になり、それは、それで気が重くなる。

 

スポーツライター

デイリースポーツ紙で日本のプロ野球を担当。98年から米国に拠点を移しメジャーリーグを担当。2001年からフリーランスのスポーツライターに。現地に住んでいるからこそ見えてくる米国のプロスポーツ、学生スポーツ、子どものスポーツ事情をお伝えします。著書『なぜ、子どものスポーツを見ていると力が入るのかーー米国発スポーツペアレンティングのすすめ 』(生活書院)『帝国化するメジャーリーグ』(明石書店)分担執筆『21世紀スポーツ大事典』(大修館書店)分担執筆『運動部活動の理論と実践』(大修館書店) 連絡先kiyokotaniguchiアットマークhotmail.com

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