世界的な調教師の下での調教騎乗を勝ち取った若き騎手の挑戦と今後の目標とは?
自然と騎手を目指し、師匠のサポートで海外へ
「今は楽しみな気持ちと、責任と両方感じています」
今週末、2月14日の競馬が終わり次第、サウジアラビアへ飛ぶ予定の坂井瑠星。1997年5月31日生まれで現在23歳のジョッキーは現在の心境をそう語り、更に続けた。
「カペラSを勝てばサウジアラビアの優先出走権があると聞き、先生も『勝って行くぞ!!』とおっしゃっていたので、そのつもりで臨みました」
2020年12月13日、中山競馬場で行われたカペラS(G3)で坂井が手綱を取ったのはジャスティン。「先生」とは師匠である矢作芳人であり、ジャスティンを管理する指揮官だ。結果、このレースを勝利。「そのまま乗せていただける事になり」(坂井)サウジアラビア行きが決まると、その後、転戦予定のドバイでは世界的に有名なゴドルフィンの調教師でもあるサイード・ビン・スルールの下での調教騎乗も掌中に収めてみせた。
父は大井で現在、調教師となった坂井英光。19年まで騎手をしていた彼の下で生まれ育ったため、自然と騎手を目指すようになった。
「父の姿を見て憧れたので、幼稚園の卒園アルバムにはすでに『ジョッキーになりたい』と記していました」
中学を出るとJRAの競馬学校に入学。矢作に面倒を見てもらうようになった。
「最初の研修の際、矢作先生は僕の両親に『自分が本当の親代わりとなって育てます』と言ってくださいました」
実際、その通りで「父のような存在になった」と続ける。
そんな競馬界の父のサポートもあり、デビューしてすぐに海外も経験させてもらった。オーストラリアへ約1年にわたり遠征。かの地の競馬の厳しさにモマれ「多くの事を学んだ」と言う。
「矢作先生も20歳前後の時にオーストラリアで修業をしていたそうで、僕にも同じように経験させてくださいました。技術的なモノは勿論、メルボルンやシドニー、アデレードなどあちこちで乗り、沢山の人と出会えたのも財産になりました。また、コーフィールドC(18年)にも騎乗出来て、日本でも乗った事がなかったG1に乗せてもらえたのも大きな収穫でした」
帰国して成績を伸ばし重賞でも活躍
オーストラリアで16勝した後、帰国すると、その後、毎年、勝ち鞍を伸ばした。また重賞も19年にはフィリーズレビューでノーワンに騎乗し、1着同着で初勝利。更に同年10月と12月には自厩舎のドレッドノータスとサトノガーネットで京都大賞典(G2)、中日新聞杯(G3)と次々制覇。昨年もエイティーンガールのキーンランドC(G3)の他、ダノンファラオではジャパンダートダービー(Jpn1)を優勝。また、先述したジャスティンとのコンビではカペラSの他に東京スプリント(Jpn3)も勝っている。
「ジャスティンは芝で走っている頃からスピードのある馬で『ダートも合いそう』だと感じていました。ただ、前向き過ぎる気性で、地下馬道で放馬された事もあったので『無事にゲートイン出来るか?』というところから気をつけて乗っています」
前走後の調教も「乗れる限りは乗って」「順調」という手応えを掴んでいる。
サウジアラビアへは同期の藤田菜七子も遠征を予定しているし、競馬学校時代の後輩で、カナダで騎手になった木村和士も既に現地で騎乗している。
「菜七子は競馬学校時代から凄く努力していて、女の子だからというのではなく1人の騎手として尊敬しているし、だからこそ負けたくない気持ちもあります。今回は乗るレースは別とはいえ、共にサウジアラビアへ行けるので、お互い良い経験にしていければ良いと考えています。また、世界を舞台に乗っている和士の存在も心強いです。先輩とか後輩とかは関係なく、話を聞くなどして、教われるモノは教わりたいと思っています」
ドバイではゴドルフィンの調教師の下で騎乗予定
また、サウジアラビアの後はドバイへ転戦する予定のジャスティンに合わせ、鞍上も同じ行程を踏む予定でいる。
「行くのなら『現地で何か勉強出来ないか?』と考えていたところ『オイシンに相談しては?』という話になりました」
オイシンとは日本でも短期免許で騎乗し活躍したオイシン・マーフィーの事。坂井は彼との関りを次のように語る。
「僕は過去に2度、ドバイへ行った事があります。最初はヴィクトワールピサが勝った11年。父と一緒にお客さんとして観戦しました。そして2度目はリアルスティールが3着だった18年。僕は調教要員として行ったのですが、この時、勝ったベンバトルの騎手がオイシンでした」
来日を機にコンタクトを取る事になったマーフィーに相談すると、話が思わぬ方へ急展開を見せた。
「ベンバトルの、というかゴドルフィンの調教師であるサイード・ビン・スルールに話をつけてくれて、調教で乗れる事になりました」
奇遇にも坂井が初めてG1に騎乗した際のコーフィールドCを勝ったベストソリューションもスルールが管理する馬。彼はこれらの例に漏れず、世界中のビッグレースを制し数々の名馬を世に送り出した名調教師である。つまり“悩む前に行動する”という坂井の姿勢が大魚を釣り上げたのだ。いや、それはまだ先の話か。大海を前に釣り竿を渡してもらえたといったところだろうか……。
「リアルスティールの調教で、メイダン競馬場で乗った時、大きなスタンドを見て『いつかここでレースに乗りたいし、もっと経験を積みたい』と感じました。それがこんなにも早く実現出来るチャンスをいただけたので、しっかりと準備をして臨みます!!」
今年でデビュー6年目。「現在の成績では恵まれた環境を与えてくれた矢作先生や父にも申し訳ないばかり」と胸中を吐露する。今回の遠征が、将来的な目標である“世界のビッグレースに当たり前のように乗っているジョッキーになる”ための一里塚となる事を期待したい。
(文中敬称略、電話取材、写真撮影=平松さとし)