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藤井聡太新竜王(19)順位戦通算46勝2敗!「B級1組の番人」松尾歩八段(41)を破って今期7勝1敗

松本博文将棋ライター
(記事中の画像作成:筆者)

 11月16日。東京・将棋会館において第80期B級1組順位戦8回戦▲藤井聡太竜王(19歳)-△松尾歩八段(41歳)戦がおこなわれました。

 10時に始まった対局は22時17分に終局。結果は89手で藤井竜王の勝ちとなりました。

 リーグ成績はこれで藤井竜王7勝1敗、松尾八段1勝6敗。藤井竜王は佐々木勇気七段(7勝0敗)に次いで、昇級圏内2番手につけています。

藤井「まだ先が長いので、これからも一局一局を大事にしてやっていければと思います」

 藤井竜王の順位戦通算成績は46勝2敗(勝率0.958)。史上最高のペースで勝ち続け、A級昇級、そして名人挑戦への道を着実に歩んでいます。

 藤井竜王の今年度成績は41勝7敗(勝率0.854)となりました。

 現在の勝率は1967年度に中原誠五段(現16世名人)がマークした史上最高記録0.855(47勝8敗)に再び迫る勢いです。

藤井竜王、強く受け、反撃して押し切る

 松尾八段が対局室に姿を見せたのは、対局開始の40分前だったそうです。それだけで、本局にかける意気込みが伝わってきます。

 藤井竜王は25分前ぐらいに入室しました。

藤井「最近は対局がけっこう続いていたので、対局の間はしっかり休んでというふうに思っていて。本局もそのような感じで臨みました。(休めて臨めた?)そうですね、はい」

 つい先日、竜王戦七番勝負を4連勝で制して竜王位を獲得し、史上最年少四冠となった藤井新竜王。正式な肩書が「三冠」から「竜王」に変わってからは、本局が初の対局となります。

「それでは時間になりましたので、藤井先生の先手番でよろしくお願いいたします」

 朝10時、両対局者は一礼して持ち時間6時間の対局が始まりました。

 先手の藤井竜王はまず、紙コップに注いでいた伊右衛門を飲みました。

 伝説の名手「▲4一銀」が出た竜王戦2組準決勝は、藤井先手で戦型は横歩取りでした。

 本局は互いに飛車先の歩を突き合う相掛かりです。両者ともに飛車先の歩を交換して元の位置に戻し、角交換から互いに慎重な駒組。順位戦らしいスローペースとなりました。

 両者ともにスーツの上着を脱ぎ、藤井竜王はグレーのセーター、松尾八段は黒のカーディガン姿。秋深しと思わせる対局の光景でした。またおしゃれな松尾八段が、後ろの髪をピンで留めているのが目をひきました。

 食事注文では自ら「力戦派」と分析する藤井竜王。本局の昼食では「豚バラの薄切り肉と九条ネギのカレー胡麻風味」という新手(しんて)に挑んでいました。

 午後に入ってからも力のこもった、スローペースの序盤戦が続きます。

松尾「やっぱり序盤から手探りで。一手一手、手探りで指しているような感じだったんですけれど。序盤の組み上がりはなんともいえない将棋かな、とは思ってましたね」

 藤井竜王はときおり、ハンカチを目に当ててうつむきます。19歳で若いとはいえ、延々と続くハードスケジュールで疲れもあるのかと心配させられましたが、どうもそのあたり、形勢に自信が持てていなかったようでもあります。

藤井「序盤からちょっと方針が難しい将棋だったかなと思います。本譜は▲7七桂から銀冠(▲8七銀)を目指して。銀冠を作って▲3七桂から▲4八金としたあたりは主張のある形なのかなと思っていたんですけど。ちょっとそのあと(52手目)△5五銀と出られて、ちょっとこちらの玉のいやみを衝かれるような形になってしまったので、そのあたりはもう少しいい順があったのかなと思います」

 夕食休憩が終わり、夜戦に入ったあとの53手目。藤井竜王は1時間4分を使い、左の桂を勢いよく中段に跳ねていきます。ちょうどこのとき、ABEMAで解説を担当していたのは佐藤紳哉七段。

「桂馬が跳ねました!」

 解説者が勢いよくカツラを飛ばして、藤井好調を思わせました。

 ただしこのあたり、藤井竜王は必ずしも先の見通しが立っていたわけではないようです。

藤井「6八に玉を上がって▲4五歩から▲5六銀のような形で仕掛けていければと思っていたんで。本譜は自玉に近いところが争点になってしまったので、ちょっと失敗したのかなと思っていました」

 松尾八段の銀が藤井玉の上部に迫り、一目は怖い形です。

「(63手目▲6七歩から)銀を取って余しにいく形にできればと思っていたんですけど、ちょっとそのあと、やっぱり常に薄い形なのでちょっと、どういう対応がいいのか、あまりわかっていなかったです」

 一方、松尾八段は61手目、銀取りに歩を打たれる前に、桂を成り捨てられる好手をうっかりしていました。

松尾「難しいかなと思ってたんですけど、そのあと読めてない手があって。ちょっと見落としている手がありまして。そのへんから苦しくなっていったのかな、と思うんですけど。▲5三桂成られるような手を単純にちょっとうっかりしてしまって。いやちょっとお粗末だったんですけれど」

 松尾八段の攻めを玉みずからが受けとめる格好となった藤井陣。中段に玉を引っ張り出される危ない形となりましたが、きわどくしのいでいます。

松尾「(▲5三桂成を見落とした)そのあともうちょっと、指しようがありそうな感じだったんですけど。すぐ差がついてしまったので。ちょっと、あまりにもお粗末な将棋だったなと感じます。(軌道修正する順は)ありそうなものだと思うんですけど、なんかこう、やっていったらうまく対応されてしまったこともあるんでしょうけれど。うーん、こちらももうちょっとなにか、いろいろひねり出さなきゃいけないところで、いい指し方を見つけられなかった感じなのかな、という気もしていますね」

 松尾八段の攻めが一段落したあとの83手目。藤井竜王は松尾陣に角を打ち込んで反撃に出ました。

藤井「▲7一角から攻めに出て、そのあたりは調子がいいかなと思ってました」

 89手目。藤井竜王は左側の金を五段目に進めます。もともと守り駒だった金を臨機応変に攻めに使い、相手玉に迫っていく。藤井竜王の相掛かりでしばしば見られる勝ちパターンでもあります。

藤井「こちらの玉がまだ寄らない形なので、▲7五金でつながっていそうかなと思いました」

 松尾八段は目を閉じてうつむきます。一局を振り返って反省し、心の整理をする時間だったのでしょうか。

 消費時間は3分。松尾八段は上着を着ます。そしてグラスに注がれた冷たいお茶を飲み、正座に直り、次の手を指さず、右手を駒台に添え「負けました」と告げました。藤井竜王も深く一礼を返し、夜遅くにまで及ぶ対局が終わりました。

 両者、しばらくの沈黙のあと、松尾八段が口を開きます。

松尾「ちょっと(▲5三)桂成をうっかりして・・・」

 星取りがいっそう厳しくなった松尾八段。「B級1組の番人」という呼ばれ方は、常にA級昇級候補であり続けてきた本人にとっては不本意かもしれません。しかし逆にいえば、降級することなく13期もの間「鬼のすみか」で戦い続けてきたわけですから、今期もここから底力が発揮されるかもしれません。今後も残留を目指しての戦いが続きます。

 藤井竜王の直近1年間の先手番成績は31勝1敗(勝率0.969)となりました。

 強敵ばかりを相手に、信じられないような成績を収め続ける藤井竜王。どこかでストッパーは現れるでしょうか。

将棋ライター

フリーの将棋ライター、中継記者。1973年生まれ。東大将棋部出身で、在学中より将棋書籍の編集に従事。東大法学部卒業後、名人戦棋譜速報の立ち上げに尽力。「青葉」の名で中継記者を務め、日本将棋連盟、日本女子プロ将棋協会(LPSA)などのネット中継に携わる。著書に『ルポ 電王戦』(NHK出版新書)、『ドキュメント コンピュータ将棋』(角川新書)、『棋士とAIはどう戦ってきたか』(洋泉社新書)、『天才 藤井聡太』(文藝春秋)、『藤井聡太 天才はいかに生まれたか』(NHK出版新書)、『藤井聡太はAIに勝てるか?』(光文社新書)、『棋承転結』(朝日新聞出版)など。

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