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「ロシアに届く長距離ミサイル使用をウクライナに認める?」――首脳会談はもの分かれでも欧米で増える支持

六辻彰二国際政治学者
訪米してバイデン大統領と会談するスターマー英首相(2024.9.13)(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)
  • 米英首脳会談では「先進国兵器を用いてウクライナがロシアに直接攻撃するのを認めるか」が焦点になったとみられる。
  • これにロシアは強く反発していて、対立エスカレートへの懸念からか、米英首脳会談では合意に至らなかった。
  • しかし、欧米では先進国製兵器をロシア領内でウクライナが使用することへの支持が広がっていて、いずれ認められる公算は高い。

イギリスを警戒するロシア

 ロシアによるウクライナ侵攻が始まって以来、イギリスは兵士の訓練をいち早く引き受けるなど、先進国の中でもとりわけ支援に積極的な国の一つだ。

 そのイギリスのキア・スターマー首相は9月14日、ジョー・バイデン大統領と会談した。会談の焦点はロシア領内に届く長距離ミサイルの使用をウクライナに認めるかにあった。

 ウクライナ政府は海外から提供された兵器をロシアへの直接攻撃で使用する許可を援助国に求めている。

 これに対して、ロシアのプーチン大統領は「もし長距離兵器の使用をウクライナに許可すれば先進国が戦争に直接参加したとみなす」と警告している。

 そのため先進国には慎重論も根強く、実際バイデン政権ウクライナ軍が米製兵器をロシア国内で使用することを正式には認めていない

 これと対照的にイギリス政府は8月中旬、いち早く「ウクライナ政府は海外支援の兵器をロシア国内で使用する権利がある」と発表していた(ただし“英軍兵士が兵器を使用することはない”と強調している)。

 ロシア政府は米英首脳会談の前日13日、ロシア駐在の6人のイギリス外交官に、“スパイ容疑”などを理由に国外退去を命じたが、これはイギリスがウクライナ支援の一つの軸になっていることへの警戒だったとみられる。

会談の焦点はStorm Shadow

 バイデン・スターマー会談でとりわけ焦点になるとみられたのは、空中発射巡航ミサイルStorm Shadowの使用許可だった。

 イギリスは自国兵器をロシア国内で使用することをウクライナに認めたが、Storm Shadowはその例外にしてきた。

 英仏共同開発のStorm Shadowは射程250kmで、これをウクライナ軍航空機が使用すれば、クルスクなどウクライナに隣接するロシア領の攻撃が容易になるとみられる。

 ところが、Storm Shadow使用規制の撤廃について、米英首脳会談では何も決まらなかった。

 会談後のホワイトハウスは「ロシアに対するイランや北朝鮮の兵器提供、中国による軍事産業支援に深い懸念を共有した」と短く発表しただけだ。

 一方のスターマー首相も「我々は個別のステップや戦術についてではなく、“戦略”を集中的に議論した」と述べるにとどまった。

兵器使用に前向きな世論

 ロシアの報復に対する警戒が強かったためか、今回の米英首脳会談ではStorm Shadowを含む長距離兵器の使用規制が一気に緩められることはなかった。

 ただし、今後この規制が段階的に緩和される公算は高い

 欧米では、ウクライナが提供された兵器でロシア領内を直接攻撃することを支持する世論が高まっているからだ。

 例えばアメリカの場合、バイデン政権は“レッドライン”維持を重視している。しかし、7月に発表されたピュー・リサーチ・センターの世論調査では、共和党支持者の46%、バイデンの支持基盤であるはずの民主党支持者に至っては65%が「アメリカ製兵器をロシア領内での攻撃に用いること」を支持している。

 単純化していえば、欧米では「“即時停戦”はロシアによるウクライナ東部の実効支配を認めることになりかねないため認められないが、戦争の長期化によって支援の負担も大きい」という反応が強くなっている。

 そのなかで「先進国の兵器でウクライナ軍がロシアを攻撃することを認める」のは、膠着状況を打開する方策として支持を広げているのだ。

「ロシアの“核の脅し”は本気でない」

 こうした論調は市民レベルだけではない。

 米CIA(中央情報局)のウィリアム・バーンズ長官は「ロシアによる核の脅迫を過度に深刻に受け止めるべきではない」と指摘する。

 その主張の先には「だから先進国製兵器を使ったロシア攻撃をウクライナに許可しても大丈夫」という暗示をうかがえる。

 その根拠としてバーンズは「プーチンが核を使用するタイミングはこれまでにあったのに、実際には使用されなかった」ことをあげる。例えば昨年9月、ウクライナ北部ハルキウ周辺からロシア軍は撤退した。ハルキウはウクライナ第二の都市で、この攻防は戦争の行方に大きく関わるものと注目されていた。

 バーンズは「ハルキウ撤退の前後に戦術核が使用されてもおかしなくなかった」と指摘する。同様の指摘は、8月のウクライナ軍によるクルスク制圧でもあがっている。

 こうした意見がバイデン政権の高官から出てくること自体、アメリカでレッドラインを見直す動きが広がっていることを示す。

 アメリカ屈指のシンクタンク、戦略国際問題研究所は6月のレポートで、NATO加盟国がウクライナに提供した戦闘爆撃機F-16についても「将来的にはウクライナ領内での使用に限定する運用を見直すことも選択肢」と提案している。

 ウクライナ戦争がさらに長期化すればするほど、こうした意見が強くなる公算は高い。先進国は今、ウクライナ戦争により深くかかわる一つの分岐点にいるのである。

国際政治学者

博士(国際関係)。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学などで教鞭をとる。アフリカをメインフィールドに、国際情勢を幅広く調査・研究中。最新刊に『終わりなき戦争紛争の100年史』(さくら舎)。その他、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、『世界の独裁者』(幻冬社)、『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『日本の「水」が危ない』(ベストセラーズ)など。

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