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岡崎レスター初優勝 リチャード3世効果 昨年の再埋葬後、勝率は倍の63%に

木村正人在英国際ジャーナリスト
初優勝を喜ぶレスターの選手(Fuchs選手のツィート)

[レスター、ロンドン発]サッカーのイングランド・プレミアリーグで悲願の初優勝を果たしたレスター・シティ。ラニエリ監督がかつて率いたことがあるチェルシーが2位トッテナムと2-2で引き分けた結果、レスターの初優勝が決まりました。これがバーディー選手の自宅に集まって喜ぶ選手たちの瞬間です。

プレミアリーグが1992年に発足してから優勝杯を手にしたクラブはマンU13回、チェルシー4回、アーセナル3回、マンチェスター・シティ2回(初優勝は2011-12)の「ビッグ4」以外は94-95年のブラックバーン・ローバーズ(現2部チャンピオンシップ)だけ。レスターの初優勝は英国サッカー史に残る歴史的な快挙です。

キング・パワー・スタジアム(筆者撮影)
キング・パワー・スタジアム(筆者撮影)

本拠地キング・パワー・スタジアムのあるレスターはロンドンのセント・パンクラス駅から列車で約1時間半の歴史のある街です。本拠地キング・パワー・スタジアムの収容能力は約3万2千人と、筆者が応援しているアーセナルのエミレーツ・スタジアムの約6万人に比べるとかなり小さいです。

レスターを応援するディスプレー(同)
レスターを応援するディスプレー(同)
ブルー一色に飾られたレスターの街(同)
ブルー一色に飾られたレスターの街(同)

今か今かと悲願の初優勝を待ち兼ねるレスターの街はチームカラーのブルーに飾られ、紋章の「フォクシーズ」が掲げられています。初優勝がかかった1日のマンチェスター・ユナイテッド戦をレスターのスポーツパブで観戦しました。地元クラブがイングランド・プレミアリーグで優勝できるかどうかは親子2世代かかっても1度体験できるかどうかの出来事です。

地元のパブでレスターを応援するサポーター(1日、筆者撮影)
地元のパブでレスターを応援するサポーター(1日、筆者撮影)

息苦しいほどの人いきれの中で、サポーターは応援歌を合唱したり、「カモン・レスター」と叫んだり、最初から最後までエネルギー全開でした。レスターのDFモーガンがセットプレーからヘッドで同点ゴールを決めた時はサポーター全員が躍動し、恥ずかしながら写真を上手く撮れませんでした。

同点ゴールに歓喜するレスター・サポーター(筆者撮影)
同点ゴールに歓喜するレスター・サポーター(筆者撮影)

リチャード3世ブーム

リチャード3世(同)
リチャード3世(同)

レスターは今、2012年に駐車場の下から遺骨が見つかったイングランド王リチャード3世のおかげで観光ブームが起きています。リチャード3世の遺骨は昨年3月、死後530年を経て駐車場の近くにあるレスター大聖堂に埋葬されました。参列したエリザベス女王は「リチャード3世もこれでようやく安らかに眠れるでしょう」とメッセージを送りました。

レスターのスカーフをまいたリチャード3世の像(同)
レスターのスカーフをまいたリチャード3世の像(同)

リチャード3世は1485年、ボズワースの戦いで戦死しました。英国の劇作家シェークスピアの『リチャード3世』では、背骨が曲がり謀略を操る憎まれ役として描かれていますが、リチャード3世を倒したテューダー朝によって悪役に描かれたと歴史愛好家団体「リチャード3世協会」は主張しています。

レスターの旗が掲げられたレスター大聖堂(同)
レスターの旗が掲げられたレスター大聖堂(同)

遺骨を調べたところ、頭部には2カ所の致命傷以外に絶命直前に負ったとみられる損傷が9カ所も見つかりました。致命傷は鋭利な武器が頭蓋骨を貫通しており、胴体部分にも鎧を引き剥がされた後にできた傷が2カ所ありました。複数の敵に襲撃されたとみられています。

リチャード3世の遺骨の再埋葬場所をめぐっては子孫がリチャード3世の権力基盤だった北部ヨークのヨーク大聖堂に再埋葬すべきだと署名活動を展開、レスターでの再埋葬を求める発掘者側との争いは法廷に持ち込まれ、2014年5月に英高等法院は発掘者側の主張を認め、レスター大聖堂への埋葬を命じる判決を言い渡しました。

リチャード3世協会議長のフィル・ストーン氏(筆者撮影)
リチャード3世協会議長のフィル・ストーン氏(筆者撮影)

「リチャード3世か、ラニエリ監督のどちらがレスターの快進撃にインパクトを与えたのか誰に判断できるでしょうか。リチャード3世の遺骨がレスター大聖堂に再埋葬されたあと、サッカーのレスターの奇跡的な快進撃が突然、始まったのは何という偶然でしょう」

「いったい誰に分かるでしょう。おそらくラニエリ監督の指導力はほんの少しだけリチャード3世のご利益を必要としていたのかもしれません。確かなことは私には何もわからないということです」

こうリチャード3世協会議長のフィル・ストーン氏は筆者に話しました。汚名がそそがれ、安らかに眠れるリチャード3世もレスター初優勝を喜んでいるかもしれません。ちなみに英大衆紙サンによると、リチャード3世の遺骨が再埋葬された後のレスターの勝率は63%とそれ以前よりほぼ倍増しており、リチャード3世効果が数字の上でもはっきりしています。

グッド・カルマ

レスターには以前、浦和レッズから阿部勇樹選手が移籍しており、岡崎選手はクラブで2人目の日本人選手です。オーナーはタイ人のヴィチャイ・スリヴァッダナプラバ氏。タイの免税店「キング・パワー」の経営者で、10年にレスターを買収しました。

レスターは昨年6月、オーナーの母国タイに遠征した際、選手3人が現地の女性をホテルに連れ込み、複数で性的行為に及びました。スマートフォンで撮影された映像が流出し、身体的な特徴を揶揄したとして懲戒解雇という重い処分を受けました。

処分された3人のうち1人は当時のピアソン監督の息子でした。プレミア残留の功労者だったピアソン監督も更迭され、後任にラニエリ監督が選ばれたのです。

11年の国勢調査によると、レスターの人口32万9千人のうち白人の英国人が占める割合は45%(全国的には 80% )です。01年には、その割合は 63.9%でした。多様性がレスターの強みになっているのです。多民族の地元サポーターのことを考えると懲戒解雇という重い処分は当然でした。

このグッド・カルマ(業)がヴィチャイ・スリヴァッダナプラバ氏とレスターに幸運をもたらしたのは間違いないでしょう。

黄金の仏像で知られるバンコクの仏教寺院の僧侶プラ・ポムマンカラジャン師は、レスターのオーナーの依頼を受け、これまで十数回、7人の僧侶を連れてレスターを訪れています。最初は仏教徒ではないレスターの選手たちは怪訝な顔をしていましたが、プラ・ポムマンカラジャン師は選手を聖水で清めたり、お守りを渡したりしてきたそうです。

今季開幕時点で賭け屋によると、レスターが優勝する確率は5千分の1でした。今季、レスターの選手はけがが少なかったです。リチャード3世の武勇とタイ仏教のグッド・カルマに導かれて、レスターは奇跡を成し遂げたと言っても過言ではないかもしれません。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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