「絶対に返せない」卓球のサービス動画が話題 その正体は幻の反則技だった
絶対に返球できない卓球のサービスの動画が公開され、卓球マニアの間で話題を呼んでいる。出しているのは、元日鉄住金物流の全日本ランカー、現在は卓球用品メーカー「アンドロジャパン」社員の濱川明史さんだ。まずは動画をご覧いただきたい。
打ち返そうとしているのはいずれも中級以上の選手たちだが、まるで初心者のように翻弄されていることがおわかりだろう。おそらく日本代表選手がやっても同じだ。
実はこれ、ラケットではなく指を使ってボールに回転をかける「フィンガースピンサービス」というもので、由緒正しい反則技なのだ。卓球選手は、相手がボールを打つときのラケットの動きから回転の方向を判断して打ち返すので、その情報がない状況ではこのように一球も返球できない。野球のような他の球技なら指で回転をかけるのは普通のことだが、卓球でこれをやると壊滅的な事態となる。
といって、相手は空振りをしているわけではない。ラケットには当たっているのに、跳ね返る方向が上下左右あらゆる方向に変化して返せないのだ。これが卓球の回転の威力だ。よくテレビなどで卓球の回転の威力を説明するのに軌道が曲がることが強調されるが、特別な場合を除き、そんなことでミスをする卓球選手はいない。軌道に現れない、触るまでわからないボールの回転こそが脅威なのだ。卓球競技の本質である「回転の威力」を示す見事な動画と言える。
「フィンガースピンサービス」の歴史は古く、1930年代にアメリカとハンガリーの選手が世界選手権で使って大流行した(指で回転をかけたあとでラケットにも当てるのでこの動画とは少し違う)が、あまりの威力のために禁止された。以来、卓球のサービスは「手のひら」すなわち”指のない部分”にボールをおいて出すことになった。さもないと、いつまた指で回転をかける不届き者が出てくるかわからないからだ。
その後、さまざまな修正を経て、現在のルールでは「手のひらの上に自由に転がる状態でボールを乗せて静止させ、ボールに回転を与えることなく投げ上げてから打つ」ことになっている(実は回転にまつわる更に狡猾な歴史的反則技が他に二つあり、それらを封じるための規制もあるのだが、ここでは割愛する)。
写真の伊藤美誠のように、現代の卓球選手たちがサービスのときに、やけに指をピンと伸ばして手のひらにボールをおいて、もったいぶったように静止するのは、何も几帳面な性格だからとか慣例だからとかではない。ルールだからだ。しかし、なぜそういうルールになっているのか、ましてその背景に「フィンガースピンサービス」という歴史的反則技があることを知る人は卓球界でも少ない。
当の濱川さんも「フィンガースピンサービス」の存在も名前も知らず、独自に思いついて遊びで始めたという。
そんな単なる昔の反則技の動画が、なぜ卓球マニアの間で話題になっているのかといえば、あまりにも昔の技なので情報が少なく、今では実演できる人がいない「幻の技」になっていたからだ。
YGサービス(※)の名手でもある濱川さんの天才が生み出した「絶対に返せない」サービス。図らずもそれはその誕生からおよそ90年の時を経て蘇った幻の反則技だった。そしてそれは、卓球競技の本質とルールの成り立ちを鮮やかに写し出すネガフィルムだった。
参考:「卓球にはなぜカットマンがいるのか」(文春オンライン)
参考:「進化する卓球」(NHK解説委員室)
※YGサービス:フォアハンドでラケットを体から遠ざける方向にスイングして、通常と逆方向の横回転をかけるサービスの一種。1990年代に欧州の若い世代(Young Generation)が使い始めたことが名前の由来。YG、ヤンジェネとも言う。
卓球用語辞典 /YGサーブ(ラリーズ)