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欧州王者スペインがスロバキアに勝利でEURO予選首位。前人未踏のEURO三連覇はなるのか?

小宮良之スポーツライター・小説家
「ティキ・タカ」を信奉するスペイン、その変化の象徴であるジエゴ・コスタ。(写真:ロイター/アフロ)

9月5日。スペインの北、アストゥリアス地方のオビエド。2016年欧州選手権の予選を戦うスペインはスロバキアとの天王山に挑み、ジョルディ・アルバ、アンドレス・イニエスタの得点で2-0と難なく勝利している。この日の勝利で首位に立ったスペインは本大会出場に一歩近づいた(上位2チームは自動的に本大会出場)。

ボール支配率75%と危なげない試合で最大の話題になったのは、ジェラール・ピケへのブーイング。今年6月、FCバルセロナの三冠を祝うセレモニーで、レアル・マドリーの躓きを茶化したことへの抗議だが、「残念と言うしかない」とビセンテ・デル・ボスケ監督は反応をたしなめている。スペインは国中にマドリーのファンが多く、カタルーニャへの民族的な反発も混ざるだけに、その根は深い。もっとも、ピケのプレーはほぼパーフェクトだった。

戦術的関心事としては、デルボスケがパス戦術の中で浮いた存在のFWジエゴ・コスタ起用に拘泥していたことだろうか。チェルシーのエースFWは前半、片手で数えるほどしかプレーに関与できなかったが、その一つのプレーがPKを呼び込み、成果は悪くはない。ゴールキックをセルジ・ブスケッツがセンターライン付近で跳ね返し、それをセスク・ファブレガスが一気に裏に入れ、ジエゴ・コスタが抜け出す形だった。チェルシーで同僚のセスクは、ジエゴ・コスタの縦の速さ強さ、推進力を積極的に生かそうとしていた。

「コスタは他の選手よりも脅威を与えられているし、味方にスペースも空けていた。敵がこれだけ完全に引いた状況では、簡単にシュートは打てない」

デル・ボスケ監督が擁護しているように、ジエゴ・コスタは少なくとも一人のセンターバックを引き連れ、彼が動くことでDFラインそのものが撓むのも事実だった。

異色のピースははまるのか?

欧州王者はカオスをも力に転換しようとしているのかもしれない。

ジエゴ・コスタという異色のピース

2008年欧州選手権、2010年ワールドカップ、2012年欧州選手権。

スペインは欧州、世界の覇権をつかみ取ってきた。

ティキ・タカ。

ボールをリズミカルに弾く模様を擬声語にした彼らのスタイルは、瞬く間に世界を魅了した。シャビ・エルナンデス、イニエスタ、ブスケッツらを中心にしたパスワークは、どの代表チームも真似できない洗練されたものだった。なぜなら、3人のMFは皆が皆、バルサ所属。圧倒的なパスゲームで攻め崩すのが、伝統のクラブである。他にもバルサ組はCBカルレス・プジョル、ピケ、左SBアルバ、MFセスク、FWペドロ、ダビド・ビジャらが大会に参加していた。

しかし、王者は2014年のブラジルW杯でその座から滑り落ちることになった。開幕のオランダ戦で自慢のパスワークのつなぎ目を狙われ、ショートカウンターを浴びて轟沈。チリ戦もショックから立ち直れておらず、連敗でグループリーグ敗退が決定した。

では、欧州での覇権も風前の灯火なのか?

王者スペインはたしかに世代交代を余儀なくされている。EURO08,南アフリカW杯でMVP級の活躍を見せたプジョル、EURO08のプレーメーカー、マルコス・セナらは引退。ブラジルW杯後にはシャビ、シャビ・アロンソ、ビジャらが主力選手が次々に代表引退を発表した。他の主力選手も着実に年齢を重ねおり、2018年のロシアW杯では現主力のほとんどがオーバー30となるだろう。

新陳代謝が必要なことは間違いない。

世代を変えるとき、安定した力を出せなくなるのはどんなスポーツでもどんな集団でも同じだろう。惨敗を喫したブラジルW杯はまさしく転換期だった。ずれた歯車は大きな狂いとなっていた。

ただ、スペインが凋落した、という表現はとんちんかんだろう。

2013年のUー21欧州選手権、スペインUー21はイタリアUー21と決勝で対戦し、4-2と完勝で優勝を飾っている。先発メンバーには事態を旋回せしめるルーキーが居並んでいた。GKデ・ヘア(マンチェスター・U)、右SBモントーヤ(インテル)、CBバルトラ(バルサ)、イニゴ・マルティネス(レアル・ソシエダ)、左SBモレーノ(リバプール)、MFイジャラメンディ(レアル・ソシエダ)、コケ(アトレティコ)、チアゴ(バイエルン)、FWイスコ(マドリー)、モラタ(ユベントス)、テージョ(ポルト)。全員が代表招集経験あり、有力クラブで経験も積み重ねている。

加えて、今年7月にはUー19欧州選手権でもスペインUー19は決勝でロシアUー19を2-0で下して優勝。CBバジェッホ、MFマルコ・アセンシオ、FWマジョラルはマドリーが所有権を持ち、将来が嘱望される。ちなみに年代別の欧州選手権は、欧州ではUー17W杯、Uー20W杯以上の価値がある。

イケル・カシージャス、セルヒオ・ラモス、イニエスタ、ダビド・シルバらベテランに若手が融合すれば―。その力量は他を凌駕するはずだ。

懸案は、濃厚だったバルサ色が薄まりつつあることだろう。

変化の象徴はジエゴ・コスタで、彼は縦に速い攻撃の先鋒となるタイプのストライカーで、猛烈なプレッシングと裏へのランニングによって独力でゴールに迫る。ディエゴ・シメオネやジョゼ・モウリーニョの奉じる「リアクション型カウンター」で生きる選手で、ポゼッションを基調とするティキ・タカではどこか息苦しげに映る。

デル・ボスケは周囲の反対を押し切り、ブラジルW杯にジエゴ・コスタを帯同させ、故障上がりの彼を先発で起用し、裏目に出た。その采配は批判されて然るべきだが、指揮官はチームのパワーダウンを感じていた。ティキ・タカのリズムは研究され、狂い始めつつあった。スロバキア戦も、パスに酔う時間帯があり、カウンターでスピードダウンするなど、指揮官は異端を注ぎ込むことで改善したい意図があるのかも知れない。なにしろ、当のバルサが2014-15シーズンにはカウンター色を強めてタイトルを取っているのだ。

2016年にフランスで開催される欧州選手権。スペインは前人未踏の3連覇達成に向け、新たな戦いを見せられるのか―。スロバキアに勝利後、9月8日にマケドニアとの一戦を予定している。

スポーツライター・小説家

1972年、横浜生まれ。大学卒業後にスペインのバルセロナに渡り、スポーツライターに。語学力を駆使して五輪、W杯を現地取材後、06年に帰国。競技者と心を通わすインタビューに定評がある。著書は20冊以上で『導かれし者』(角川文庫)『アンチ・ドロップアウト』(集英社)。『ラストシュート 絆を忘れない』(角川文庫)で小説家デビューし、2020年12月には『氷上のフェニックス』(角川文庫)を刊行。他にTBS『情熱大陸』テレビ東京『フットブレイン』TOKYO FM『Athelete Beat』『クロノス』NHK『スポーツ大陸』『サンデースポーツ』で特集企画、出演。「JFA100周年感謝表彰」を受賞。

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