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今年は誰も見られない「武漢の桜」

中島恵ジャーナリスト
日本の象徴である桜は中国でも愛でられているが、今年は・・・(写真:つのだよしお/アフロ)

 桜といえば日本の象徴だが、今年は桜の開花予想もあまり盛り上がらない。もちろん、新型コロナウイルスの問題が大きな影を落としているからだ。

 東京都の小池百合子知事が「お花見の宴会はご遠慮いただけないか」と発言したこともあり、控えめなお花見になりそうだ。

 しかし、お花見があまりできなくて残念に思っているのは日本人だけではない。中国でも今年は静かなお花見になると思われる。

中国にも多い桜の名所

 中国では以前、お花見をする習慣はほとんどなかったが、5年くらい前に大きな変化が起きた。海外旅行ブームとなり、日本のお花見を体験して以降、自分たちの国でもお花見をするようになったのだ。

 中国人の場合、日本人のようにレジャーシートを敷いてお弁当を食べたり、宴会をしたりすることはあまりなく、桜の木をバックにして自撮り写真を撮ったり、友人と散策したり、凝った桜の写真を撮ってSNSに投稿することが特徴だ。

 北京や上海、南京、杭州などの公園や湖の付近にはたくさんの桜が植えられており、ここ数年、そうしたところにわざわざ出かけていく人が増えたのだ。旅行会社が「お花見ツアー」を主催するようにもなった。

 ところが、今年は新型コロナの影響で、「中国風のお花見」もあまりできそうにない。北京や上海などでは一部のレストランが営業を再開し、少しずつ平常に戻りつつあるが、まだ武漢のように厳しい措置を取っているところもあり、精神的なダメージも大きいからだ。

 実はその武漢は、桜の名所として中国では以前から有名なところだった。

武漢大学に咲く1000本の桜

 日本では新型コロナの問題が起きる前は「武漢」といっても知名度が低かったが、中国で武漢といえば交通の要衝であり、春になれば桜が美しいことで知られていた。

 とくに有名なのは1893年の創立で、中国の中でも名門といわれる武漢大学だ。同大学のキャンパス内にある約200メートルの並木道には1000本以上の桜の木が植えられている。

 以前は外部の人も自由に見学できたのだが、ここ数年、あまりにも有名になったため、ネットでの入場予約や顔認証などを取り入れ、入場料も取るほどの人気ぶりになっていた。

 武漢大学の桜は、もともとは日本軍が植えたものだといわれている。1938年、武漢作戦(日中戦争の節目の一つとされる戦い)によって同大学の施設は日本軍に接収されたが、その際、日本軍兵士の士気を上げることを目的として桜が植樹されたという。

 また、日中国交回復後には、田中角栄元首相が中国の周恩来元首相の夫人に贈った桜が、同大学に寄贈されたといわれている。その後も植樹が行われ、武漢大学は現在のような「中国随一」と称されるほどの桜の名所になった。

 日本と少なからず縁のある武漢の桜だが、武漢在住の知人によると、今年は大学の授業もまだ再開されておらず、キャンパス内は閑散とした状態だという。武漢市民も含め、誰もその1000本にも上る桜の花を愛でることができない。

 中国は日本よりもずっとオンラインが発達しているが、お花見は自分の足を運び、自分の目で見て楽しむもの。部屋の外に出られないで我慢を強いられている人々は今、あの桜を目に浮かべ、その尊さを噛みしめているに違いない。

ジャーナリスト

なかじま・けい ジャーナリスト。著書は最新刊から順に「日本のなかの中国」「中国人が日本を買う理由」「いま中国人は中国をこう見る」(日経プレミア)、「中国人のお金の使い道」(PHP新書)、「中国人は見ている。」「日本の『中国人』社会」「なぜ中国人は財布を持たないのか」「中国人の誤解 日本人の誤解」「中国人エリートは日本人をこう見る」(以上、日経プレミア)、「なぜ中国人は日本のトイレの虜になるのか?」「中国人エリートは日本をめざす」(以上、中央公論新社)、「『爆買い』後、彼らはどこに向かうのか」「中国人富裕層はなぜ『日本の老舗』が好きなのか」(以上、プレジデント社)など多数。主に中国を取材。

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