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三冠バルサを束ねるルイス・エンリケのリーダー学

小宮良之スポーツライター・小説家
ベンチで戦況を見つめるルイス・エンリケ監督(写真:なかしまだいすけ/アフロ)

サッカーにおける名将の条件とは、なんだろうか?

決断力と統率力。

それはきっと、この二つに尽きる。

もしかすると、その二つは実社会のリーダーにも通じるかもしれない。どのようなキャラクターのリーダーであっても、どちらかが欠けていたら、上に立つリーダーとしては失格。どんな策を講じるのか、という実務的仕事は部下でもできるし、あるいは部下の仕事と定義しても差し支えないが、リーダーは結果を恐れずに物事を決断し、その上で集団を束ねて目的に突き進ませるもので、その資質こそが問われる。

当然、肩が軋みそうな重い責任を担うわけで、目的を実現するための精神的タフネスは欠かせない。

6月6日、欧州チャンピオンズリーグ決勝。ベルリンでユベントスを3-1で撃破したFCバルセロナ(以下バルサ)は王位に就いた。バルサはリーガエスパニョーラ、スペイン国王杯も制しており、監督を務めるルイス・エンリケは、「名将の仲間入りを果たした」と言えるだろう。

この一戦でもしたたかな采配が光った。

前半、ルイス・エンリケはリオネル・メッシを中盤の選手のように配置し、数的優位を保ちながら敵数人引きつけ、左足ロングパスで一気に左サイドのネイマールへ展開させていた。これが先制点につながり、出鼻を挫く。後半は一転、メッシにバイタルエリアへ侵入させて守備陣形を撓ませ、その崩しから追加点。終盤は高さのあるジョレンテに対抗し、マテューを投入して守備を固め、オープンスペースの有効活用が得意なペドロ投入でだめ押しした。

バルサで最強伝説を作ったジョゼップ・グアルディオラ監督と比べれば、ルイス・エンリケは革命的仕事は成し遂げていない。縦に速く、個人の力で試合を決めるという効率を重んじたカウンター型のスタイルに移行。「圧倒的にボールを回し続け、相手をひれ伏させる」という高潔なクラブ哲学との不和を揶揄する声もある。

しかしながら、リーガエスパニョーラ、スペイン国王杯に続く三冠を達成という結果は、燦然と輝きを放つ。優れた選手も組み合わせ次第の勝負の世界。それだけに、そのリーダーシップは検証の価値があるだろう。

ルイス・エンリケは独自の色彩を放つリーダーである。例えば昨年まで監督をしていたセルタ時代は、「俯瞰した練習風景が見たい」と3階の足場を練習場に作り、ビデオ撮影した。前代未聞の試みだったことで、一部の記者からは色物扱いもされたが、周りの反応など少しも斟酌しなかった。

<目的達成のために有効な手段を見つけたら、常識に囚われず、その行動に少しの逡巡もない>

それはリーダーという"一個の機関"としての機能性を意味するだろう。

「いいトレーニングをしない選手は、試合でも使わない」

ルイス・エンリケはそう公言し、スターやベテランでも特別扱いはせず、なにより日々の鍛錬を重んじる。練習における緊張感と競争力がチームとしての勝負強さになると信じている。怠惰な練習をする選手は、どれだけ才能があってもメンバーに入れない。その意味では、彼はかなりの頑固者だろう。頑なさは、ネガティブに語られることもある性格だが、名将は外聞に負けない信念がなければ、集団を一つの方向に導けない。

ルイス・エンリケは頑固だが、頑迷ではなく、むしろ物事の論理性を追求する。2013-14シーズンに彼がセルタを率いたときは、前半戦で19位まで沈み、「解任すべき」という声が高まった。練習中はサングラス着用という容姿も含め、その異端さがやり玉に挙げられた。しかし指揮官は態度を変えず、一方で守備面の修正や攻撃力アップのディテールは積極的に修正。その結果、後半戦になると順位は急上昇し、最後は9位でシーズンを終えた。

その振る舞いとチーム上昇カーブは、今シーズンから指揮を執ったバルサでの1年目も同様だった。

前半戦は試行錯誤の中でレアル・マドリーの後塵を拝し、その手腕に懐疑的な声が多く聞かれた。ところが後半戦はリオネル・メッシを中心にした攻撃陣がとりわけカウンターにおいて爆発的な得点力を見せ、同時に守備陣も堅牢さを誇示すると、見事に栄冠を手にすることになったのだ。

「ルイス・エンリケは、決断がはっきりとしているのがいいね」

バルサなどで活躍したブルガリアの英雄、フリスト・ストイチコフは、ルイス・エンリケについてそんな批評を述べている。

「シーズン中も様々な問題にあったが(信頼していたスポーツ・ディレクターのアンドニ・スビサレータが解任に近い契約解消など)、ルイス・エンリケは腹を括っていた。ロッカールームの選手たちを束ね、戦わせるだけのマネジメント力があることを証明したよね。一言でいえば、彼は不屈の男さ。それは選手時代の猛烈な戦いぶりでも証明されているだろ? ルイス・エンリケにはリーダーとして欠かせないパーソナリティがあるんだよ」

パーソナリティという言葉は、キャラクターという表現にも置き換えられるが、和訳するのが難しい。人間性、性格というのが直訳だが、半分も説明し切れていない。人間力と訳す人もいるが、それもどこか薄っぺらく聞こえてしまう。あえて言えば、「一人の志ある人間として、周りを惹きつけ、物事を動かす力を持つ」とでも解釈できるだろうか。

その点、ルイス・エンリケは一つのパーソナリティである。

決断し、統率する。

その二点においてルイス・エンリケが名将の仲間入りしたのは必然なのだろう。しかしこの二つを持っていても、物事がうまくいかないこともある。勝利を収めるには、リーダーとしての天運が欠かせない。運と言ってしまうと、元も子もないと思われるかもしれないが、運を引きつける力は、パーソナリティの一部であるとも言える。天の下に生まれた、そんな表現が似つかわしいリーダーがときにいるもので、それはときに論理を超越している。

ルイス・エンリケは「故障者ゼロ」という万全の状態で決戦の日を迎えており、天運の持ち主だった。

スポーツライター・小説家

1972年、横浜生まれ。大学卒業後にスペインのバルセロナに渡り、スポーツライターに。語学力を駆使して五輪、W杯を現地取材後、06年に帰国。競技者と心を通わすインタビューに定評がある。著書は20冊以上で『導かれし者』(角川文庫)『アンチ・ドロップアウト』(集英社)。『ラストシュート 絆を忘れない』(角川文庫)で小説家デビューし、2020年12月には『氷上のフェニックス』(角川文庫)を刊行。他にTBS『情熱大陸』テレビ東京『フットブレイン』TOKYO FM『Athelete Beat』『クロノス』NHK『スポーツ大陸』『サンデースポーツ』で特集企画、出演。「JFA100周年感謝表彰」を受賞。

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