ノルウェー地元メディアのノーベル平和賞予想、平和賞について思うこと
今年のノーベル平和賞には、329の団体・個人が候補者としてノミネートされている。ノーベル賞といえばスウェーデンだが、平和賞だけは隣国ノルウェーで発表・授与される。
217の個人と112の団体の中から、選ばれる可能性が高いのは?
平和賞受賞者の予想は、どこの国でも人気がある。国際平和研究所(PRIO)などよりも、地元のメディアが、独自のネットワークで調べた候補者のほうが、当たる可能性が高い。
ノーベル委員会のメンバー5人は、ノルウェー国会の大政党らが推薦する人々で構成されている。結果、政界の元大物や影の助言者が揃う傾向にある。
10年間、平和賞のニュースをノルウェー現地で追っていて思うこと
今から書くのは、私個人の意見だ。
他国の機関の平和賞予測よりも、平和賞予測が大好きな人や、平和賞に違和感を感じる人は、下記に敏感になっていたほうがいいのでは、と私は個人的に思う。
ノルウェー語ができないと、追いにくい情報かもしれないが、ノーベル委員会と平和賞に対する考え方や、みえてくる背景が、私のようにがらりと変わるのではないか。
- ノルウェーで普段どういう国際事情がニュースになっているか
- 委員会メンバーを推薦した政党の特徴
- 委員会メンバーらのこれまでの言動
- 委員長のこれまでの言動
- 平和賞受賞者が、結果としてノルウェーに打撃を与えないか(劉 暁波氏に平和賞を授与し、中国政府を怒らせたノルウェーは、深く反省した) 「人権よりも利益(養殖サーモン)を優先する責任の重さ ノルウェーの葛藤」
- 今年の候補者の推薦者に、ノルウェー関係者、特に国会議員や大臣がいないか(よくいる)
- 受賞者発表の前日に、ノルウェー国営放送局NRKとテレビ局TV2が出す予想をチェック
- ノルウェーという国で、人々はどのような価値観を持っていて、毎日どのようなニュースが重要視されているか
- ノルウェー地元で、ノルウェー国外から、委員会はどのような批判を受けているか
- 委員会の現地でのごたごた問題 「ポピュリスト現役議員、ノーベル委員会入りを阻止される 新メンバーの顔ぶれは?」
ノーベル委員会は、受賞者選別において、ノルウェー国会と関わりはなく、政治的ではないとしている。
これを、そのまま信じるかは、あなたの自由だ。
委員会メンバーは、地元ではノルウェー語で講演などをしたり、自分を推薦した政党とも関係が続いている。
ノルウェー国会の議員らの考え方などを理解しておくといい理由は、元政界関係者が多い委員会メンバーも、同じような思考をしていることがあるから。
ノルウェー現地でどういうことがニュースになって、議論されているか敏感になっておくといい理由は、委員会メンバーもノルウェーに住んでいて、その議論を見聞きしているから。そのことは、かつて暴露本を出した委員会の元秘書も語っていた。
平和賞を授与する委員会は、人間の集まりだ。ノーベル委員会が、日本人5人の集まりだとしたら?もし、自分が委員会メンバーだったら?人の考えは、無意識に影響する。
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ノルウェーは人口520万人と、小さな国だ。どこにいても、知り合いがいる。人と人がつながっている。
情報の透明性も高いことから、「まだ公式じゃないんだけど……」的な情報も、流れてくる。人脈が広いほど、情報は自然と集まる。私の立場でも結構オフレコを入手できるので、平和賞に限らず、ノルウェーの大手報道機関はかなりの情報を事前に集めているだろう。
ノルウェー地元メディアの予想が一番当たるのは、たまに委員会メンバーが漏らすから。また、現地にネットワークをはっている報道機関は、政界関係者やノルウェーのエリート層の思考も一番理解しているし、独自のルートと人脈で調査しているから。
ただ、委員会側から情報が洩れるのは、数年前はもっと当たり前だったが、2015年にトールビョルン・ヤーグラン氏が解任され、カーシ・クルマン・フィーベ 氏(保守党の元党首)が委員長になってからは、漏れることは少なくなった。
ヤーグラン氏は左派・労働党元党首で、政権交代後に保守派政権に解任された。フィーベ 氏は2017年に乳がんで死去。
ノルウェーの首相は、委員会が公式発表する前に、すでに受賞者が誰かを委員会から知らせを受けていたが、その習慣もなくなった(この時点で、委員会と政府とのつながりを、政治的ではないと他国に説明するのは、無理がある)。
国営放送局NRKの前夜の定番行事、候補者リストの公開
さて、ノルウェー国営放送局NRKは、おなじみの行事、受賞者が発表される前日の夜22時に、予想リストを公開した。
NRKは、ここ数年で注目を集めた、5つのテーマをあげる。
- #MeToo
- 報道の自由
- 難民問題
- 人権を守るためのたたかい
- 冷え切っていた隣国との関係を、修復しようとする試み
MeTooは可能性あり。スウェーデンでのノーベル文学賞にも影響を与えた。ノルウェーでも大きな運動がおこり、各党からも大物政治家のセクハラ、レイプ行為などが明らかとなった。
MeTooを推薦したのは、ノルウェー労働大臣。
別記事「#MeToo ノーベル平和賞候補に推薦 ノルウェー労働・社会問題大臣」
ノルウェー首相がいる保守党でも、国会議員などによるセクハラ問題が明らかとなった。党のセクハラ対策の責任者のひとりは、ノーベル委員会のメンバーだ。
NRKによると、女性が直面する問題に関係する人物が、受賞する可能性が高い。
過激派組織ISの人質となったNadia Murad氏が、候補者の一人に入っている。彼女はすでにノルウェーを訪れて、自分の体験を話しており、大きな反響を呼んだ(動画はこちら、NRKニュース)。
イラクの女性人権活動家 Yanar Mohammed 氏、コンゴの産婦人科医デニス・ムクウェゲ博士の名前もあがっている。
難民問題は、候補にあがるのは初めてではない。だが、もし受賞したら、多少私は驚く。
委員会メンバーのひとりは、ノルウェー国会では「極右」、「右翼ポピュリスト政党」に位置する進歩党が推薦した人物だ。彼は、今でも地元メディアで、積極的に社会議論で寄稿している。その言論からは、今も進歩党的なナショナリズムの香りがぷんぷんする。委員会のテーブルで、難民問題に彼がそこまで積極的か、疑問だ。もし、難民関連が受賞したら、「難民申請者を受け入れよう」の論調が、また、まいあがるかもしれない。
WFP国連世界食糧計画などの関連団体、世界人権宣言が採択されてから70周年を迎えることもあり、人権のために活動した団体や人物があげられている。
最後に、近隣の国との関係正常化に努めようとしているとして、韓国・文在寅(ムン・ジェイン)大統領の名前もある。
詳しくは、ノルウェー語ではあるが、NRKやTV2の記事に、さらっと目を通しておくといいかもしれない。
Photo&Text: Asaki Abumi